Cookieless時代の顧客とのエンゲージメントにはどう備えるか?【アドテック東京2020レポート】
プライバシーの観点から、生活者を特定する情報に対して技術的・法的規制が進んでいます。CookieやIDによらないCookielessの時代に向けて、ブランドの価値向上や顧客とのエンゲージメントはどうしていけばよいのでしょうか。本稿では、10月29日、30日に開催されたアドテック東京2020のセッション「Cookieless時代突入!顧客とのつながりをどう強めるのか?」の模様をお届けします。広告会社や事業会社それぞれの立場からの取り組みについての意見交換がなされました。
伊藤里佳子
博報堂DYメディアパートナーズ プラニング&コンサルティング局
荒川拓氏
株式会社電通デジタル
ソリューション戦略部 データサイエンスグループ マネージャー
横塚知子氏
デル株式会社 部長
モデレーター
加藤英也氏
株式会社Legoliss
データアーキテクト
■各視点から見たデータ取得をめぐる課題感と現在の取り組み
- 加藤
- モデレーターの加藤です。昨今はCookieやIDと呼ばれるもの、ユーザーを特定する情報に対し、プライバシーの観点から技術的・法的規制が進んでいます。我々は、顧客をどう特定しつながっていけるのか、あるいはどのように意識を変えていかなくてはならないのか。技術的な側面も含め現状どのような環境にあるのか、またブランドがどういう課題を抱え、現実的にどのようにとらえているかといった流れでディスカッションしていけたらと思います。
- 荒川
- 電通デジタルの荒川です。私からはまずCookielessのトレンドと、主にデジタルのプラットフォーム環境はどのように変化しているかをご紹介し、ディスカッションの前提として情報共有できればと思います。
現状の動きをおさらいすると、いわゆるITPやChromeのCookie制限があったり、iOS14のIDFAの制限に代表されるように、キーIDと呼ばれるものがなくなったり、制限がかかっています。それと同時に、個人情報保護法の改正に代表されるように、個人データを守る動きも強化されていて、結果的にプラットフォーマーはなかなか情報を外に出さなくなっている。このような環境下で、我々のような広告会社、またメディア会社、さまざまな立場で、ファーストパーティのようなIDをどのように確保し、活用していけるかがポイントになってきます。
ここでご紹介したいのが、データクリーンルームです。クリーンルームという名の通り、白衣を着た方が無菌室に入って手術をするようなイメージで、データの統合ないしは分析など特定の目的のために特定の人だけがアクセスできる環境で、現在大手のプラットフォーマーが安全にデータを活用できる手段として準備しているソリューションです。この限られた環境に我々広告会社や企業がアクセスをし、必要なデータを取りに行くということが求められる状況になってきます。
一方、広告会社や企業という立場が起こしうるアクション案としては、やはりいかにマーケティングに利用可能なファーストパーティデータを集めるかという点に尽きます。プラットフォーマー側のデータ環境は変わってきているので、ストックしたファーストパーティデータを目的に応じてプラットフォーマーと連携させていく。すべてを網羅的にというよりは、自社がメインで活用している場所の成功パターンを、スモールウィンで見つけていくことが重要だと考えます。そして言うまでもないですが、こうしたデータの利活用の前提として、やはりCDPやDMPの整備も必要かと思います。
- 加藤
- ではそのような環境下で、実際どういう課題に直面しているかについて、伊藤さんからお願いします。
- 伊藤
- 博報堂DYメディアパートナーズの伊藤です。私はメディアプラナーとしてクライアントと日々接する立場で仕事をしているので、今回は企業側の活用における課題についてお話します。ポイントを大きく3つに分けると、まず、自分たちで購買データを持たない業種は特に、ファーストパーティデータの確保は大きな課題だということ。次に、ファーストパーティデータが確保できない状況下で可能なターゲティングとは何かということ。そして、そもそも広告の世界の課題ではありますが、データが分断された中でいかに媒体間の効果測定を行うのかということ。まず最初に、ファーストパーティデータ確保に関して、最近増えてきている取り組みをご紹介します。
あくまで一例ではありますが、プラットフォーマーと連携したデジタル販促についてお話いたします。実際の店舗での販売など、データがとれなかったところをデータ化し、さらにその後のコミュニケーションにつなげていくというもので、特に飲料、食品、日用品メーカーで最近増えています。これまでチラシや店頭のPOPなどアナログでしたが、電子チラシやビーコン、電子決済を活用、プラットフォーマーと連携して積極的にデータを集め、デジタル販促を進めていくというものです。
このようなファーストパーティデータの構築は中長期的に取り組まなくてはいけない課題ですが、ここからはCookielessの中、今できるターゲティングについてお話できればと思います。大きく二つあると考えており、一つはIDデータをリッチに持つパブリッシャーと連携し、オーディエンスターゲティングを行っていく。これは実際に最近増えてきているケースで、各プラットフォーマーと、日々テストしながら効果的なターゲティングを探っています。もう一つは配信面を絞ってターゲティングするような、コンテクスチュアルターゲティング。たとえばDSPを使って、自社のターゲットが見ていそうな面だけをホワイトリスト化し、配信していく。あるいはその人が見ている媒体をピンポイントで狙っていく。そんなふうにして、そのクライアントにとってのベストを見つけていくということを今実施しています。
最後のポイントは、本当に明確な解がなく難しいところなのですが、プラットフォーマーごとに分断されデータがシェアされない中で、どういう効果測定ができるかということ。考えられる方法は二つあり、一つはマーケティングミックスモデル(MMM)のような形で、時系列のデータを使って分析していく方法があります。これは1年、2年といった長期的な分析を前提としてはいるんですが、あえてPDCAサイクル内で使えるよう、短いタームでどんどん更新していくようなMMMの新しい形にもトライアルし始めています。それから、トラッキングが可能なオンライン購買をとっていく。ただこれに関しては、オフラインがメインのクライアントにとっては十分ではないですし、データクリーンルームなどを活用しながらいかにオンライン/オフラインのデータを統合して分析していけるかが大きなテーマになってきます。
- 加藤
- ではブランドの現場ではこれをどう乗り越えようとしているのか。横塚さんお願いします。
- 横塚
- デルの横塚です。デルはダイレクトマーケティングで成長した会社であり、KPI重視のカルチャーが強い会社です。顧客との関係強化に取り組む以前は、マーケットシェアは非常に小さく、マーケティング予算は数年前まで100%刈り取りの広告に配分していました。これにより一定の投資額を超えるとROIがまったく上がらなくなり、我々は何らかの改善が必要だと感じていました。そこであらゆる分析をした結果、投資配分を見直して2つのアクションをとりました。一つは認知拡大を目的としたテレビ広告の再開。そして顧客とのつながりを強化させる施策の開始です。後者を具体的にご紹介すると、2016年、リアルな体験と生の声を通じて共感を広げることをミッションにしたデルアンバサダープログラムを立ち上げ、現在までに1万8000人の会員組織に成長させました。どれだけビジネスに貢献するのか社内で疑問視する声もありましたが、4年経った現時点での結論としては、顧客との関係強化によりマーケティング全体の効率は上がっていて、我々の仮説は間違っていなかったと思っています。
プログラムのキーとなるのは一つ一つの企画の完成度ではなくメカニズムだと考えていて、それを大きく5つのフェーズに分けています。まずは会員組織をつくり会員の拡大を図ること。会員数が1万人になったところで数字を見ると、会員が増えるにつれ売上の数字も伸びていたので、引き続き拡大路線をとることにしています。次に体験の場の提供。会員にデルのフラグシップモデルを無料で貸し出し、フィードバックをしてもらいます。この時、必ず我々と相思相愛になれる、熱量の高い方を見定めて貸し出します。3つ目は生の声を発信してもらうこと。正しくレビューしてくれる相手を選んでいるため、ネガティブなレビューは発生しません。4つ目は生の声の拡散。SNSなどで体験談を発信してもらい、私たちの公式SNSでリツイートしたり記事化したりしています。コンテンツはあくまでも会員がつくり、我々はそれをデリバーするという役割を担っています。5つ目はコミュニティの開催。実際に製品を体験していただいた方に座談会に参加していただきます。帰るときの満足度はほぼ100%で、その時点でかなりの確率でロイヤル化されている。これが大きな流れです。こうしたメカニズムと同様重要なのはインターナルの組織。座談会には30~50名ほどの会員のほか、20~30名の社員に参加してもらっていて、マーケティング、営業、オンラインチーム、プロダクト管理チームの協力でプログラムが回るような組織にしています。
熱狂的なファンが増えるとSNSでもSOVが非常に上がってくる。すると必然的にリーチが増えて、私たちが宣伝しなくても勝手に声が広がっていく。それによってブランドスコアが上がり売上に返ってくるという、非常に良い循環が生まれています。
■改めて問われるリターゲティングの意義
- 加藤
- たくさんインプットをいただいたところで、ここからディスカッションを始めます。現場で広告会社の方と話しているとCookielessでターゲティングができなくなる……という話は出るのですが、広告主側、ブランドとの間ではあまり話題にならない。これはどういう温度感なんでしょうか。
- 荒川
- もともと目に見えない世界の変化なので、やはりまだそこまでの危機感はないのかもしれません。
- 伊藤
- これは業種によって温度感が違うイメージがあり、まだ危機感を持たれている感じではないクライアントもあれば、数年前からファーストパーティデータの重要性を早くに認識し、着実に取り組みを進めてるクライアントもいます。
- 横塚
- 我々はジャパンだけではなくグローバルでも頻繁に話題にしていて、Cookieless時代に向けてどうデータベースを管理していくかといった議論を定期的に行っています。
- 加藤
- やはり先進的に動かれているところとそうではないところで温度差があるようですね。これからCDPなり、エンゲージメントなり、中長期でトライしなくてはならないことが出てくると思いますが、いかがですか。
- 荒川
- デジタル広告におけるターゲティング精度も落ちてきて、何も対策しなければ来年にかけて明確に獲得効率は悪化していくとは思います。それを受けて少しずつ、こういう変化があるんだという認識が広がっていくでしょうね。そこに対してどういうソリューションを提供できるかが広告会社は問われている。
- 伊藤
- やはり今だからこそできるターゲティングは、データを持っているパブリッシャーに集中してしまい、視点が短期的に寄ってしまっているところが正直ありますよね。
- 横塚
- 私たちもこの先に備えて、リターゲティングしないメニューにチャレンジしたりしています。ただ、そもそもリタゲって必要なのか、そこへのインベストメントをなぜマーケティングがやる必要があるのかという議論もある。追い回して買ってもらうことも大切だけど、そうしなくても買ってもらえるようなブランド価値にするためのインベストメントをマーケティングは行うべきではないか、とも考えられます。アンバサダープログラムしかり、SNSでどうコミュニケーションをとればいいかという話かもしれない。基本的に私たちは、コンバージョンに特化してたくさんインベストメントするというよりも、どうやってデルの価値を上げるかにフォーカスしていこうという考えになってきています。
- 加藤
- じゃあ広告を運用しましょうとなったときに、KPIの置き方は変わってきていますか?
- 横塚
- もちろん売上、利益、マーケットシェアをどこまでとれるかは指標として必須ですが、ビジットや電話の本数をどれだけ集めればいいということではなく、質の高いビジットをどう持ってくるかが重要。予算内で、将来のお客様への投資もあれば刈り取りしないといけない投資もあり、そのバランスをどう見極めるかが肝心かと思います。MMMはプランニングの中で多用しますし、クオーターの中で回していくにはOFA(Online Fractional Attribution)などを使っている。そしてダイレクトのコンバージョンの数字を見ながらバランスをとっていくという方法を取っています。
■「お客様とのつながりをどうつくるべきか」という問いに向き合うチャンス
- 加藤
- では課題としてはとにかく、キーとなるIDをどう集めて統合していくかになると思いますが、何かソリューション例はありますか。
- 荒川
- 結局データをどう取るかは、事業会社の意思決定になる。自社で取るならコンセントマネジメントをどうするかが重要な課題だし、逆にそれを外部に委ねるという選択肢もあるでしょう。大きな一元管理されたCDPが理想だとは思いますが、すべてのプラットフォーマーないしコミュニケーションの場がCDP上のIDと100%つながることはないと思います。そうすると、小さいCDPのようなものとしてデータクリーンルームを外部に持ってデータ連携のハブにしたり、そもそもIDを取り蓄積すること自体を外部に委ねるという方法もあるでしょうね。
- 伊藤
- 確かにクリーンルームの話は実際に出ていて、各プラットフォーマーとどんなことができるかに、現場でも注目が集まっています。
- 加藤
- ありがとうございます。では今後の取り組みについて各自教えてください。
- 荒川
- 顧客とのエンゲージメントをつくる、つまりデータを取る際のペインポイントをいかに減らすかも重要な視点ではないでしょうか。現状Cookieを取ること自体同意が必要ですし、当然ファーストパーティのIDを取るにも結構なペインが発生している。そこをどう減らし、逆にどういう対価を提供できるかを考えることが次のステップかなと思います。
- 伊藤
- 横塚さんの話にあったように、そもそもCookieでリタゲすることで本当につながりがつくれていたのか?ということをよく考えます。今後規制が入ってくることで、「お客様とのつながりをどうつくっていくべきか」をすべてのクライアントが考えるチャンスが訪れるのではないでしょうか。そしてそれは、SNSでどのようにフォロワーとコミュニケーションを取ればいいか、といった身近なところからスタートできることなのかなと感じています。
時代によってこの先もさまざまな変化はあるでしょうから、1つにスティックするのではなく、状況を見ながらどう考え方や戦い方を変えていけるかが求められるのではないでしょうか。流れを先読みし、自分たちに何ができるかを前向きに考えることが大切ではないかと思います。
今回Cookielessという言葉が前面に出ていましたが、結局第一に考えるべきは、顧客とのコンセント、距離感をどう取っていくかで、テクニカルな要素よりは感情やモチベーションの部分、顧客とのエンゲージメントといった視点が欠かせないということですね。今後また議論が深まっていくといいかと思います。本日はありがとうございました。
※登壇者の所属は登壇当時のものです
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加藤 英也株式会社Legoliss データアーキテクト株式会社セプテーニでSEM入札ツールの開発や、アクセス解析ツールを活用したユーザビリティなどテクノロジーとウェブマーケティングを掛け合わせたコンサルティングを推進。その後、サイバーエージェントにてアドテクノロジー領域の事業推進、エンジニアとして配信システムやターゲティングシステムの開発に従事したのち、Legoliss入社。現在は主にCDP関連のコンサルティング、テクニカルアドバイザーやビジネス開発・広報を担当。
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荒川 拓株式会社電通デジタル ソリューション戦略部 データサイエンスグループ マネージャー2015年電通入社以来、データ分析やDMP構築/運用業務に従事。現在は統計モデルや機械学習を用いた分析案件のリードと、データソリューション開発を担当。最近はプラットフォーマーとのデータアライアンスの仕事が多い。
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横塚 知子デル株式会社 部長大学院卒業後、ベンチャー企業を経て、2005年からデル株式会社へ。入社初年度に海外勤務を希望し、1年間中国に赴任。現在は、日本市場のコンシューマー&ビジネスマーケティングを担当し、ダイレクトビジネスの推進およびブランディングの強化にあたる。2016年12月末には「デル アンバサダープログラム」を新規に立ち上げ、ダイレクトビジネスの原点とも言えるユーザーとの直接交流に力を入れている。
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博報堂DYメディアパートナーズ プラニング&コンサルティング局2013年博報堂DYメディアパートナーズ入社。
テレビのバイイングを経験した後、2016年よりメディアプラニングを担当。
現在は主にグローバルクライアントを中心に、マスとデジタルの統合メディアプラニング、プログラマティックを活用したデジタルプラニングなどを行っている。