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「投げ銭」市場最前線(後編)【Media Innovation Labレポート.4】
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「投げ銭」市場最前線(後編)【Media Innovation Labレポート.4】

前編はこちら) 動画配信サービスなどで、視聴者が配信者に対し、有料アイテムやギフト、お金を課金する――いわば現代版おひねりともいえる「投げ銭」システム。新型コロナウイルス感染拡大による生活の変化を契機に、さまざまな新しいデジタルコンテンツが誕生し、複数のプラットフォームで「投げ銭」が大きな盛り上がりを見せています。すでに中国、米国でも大きな市場を形成している「投げ銭」の現状と今後の可能性について、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム イノベーション統括本部 研究開発局兼Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)の永松範之と江口英里に、博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局兼Media Innovation Labの島野真が聞きました。
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■多種多様な配信プラットフォームにおける活用事例

――投げ銭を取り入れた各プラットフォームにはどんなプレーヤーがいて、どういった動向が見られますか。ジャンル別に教えてください。

永松
まずライブ配信のジャンルについて。オンラインライブで配信するコンテンツが、ゲームや雑談、芸能人が出演するものなど多様化しているため、総合的な配信量という意味でYouTube Liveの活用が最も多いですね。配信者にとっても視聴者にとっても身近な媒体ということもありますが、使用方法がシンプルで使いやすいというのもあります。ただYouTube Liveの場合、投げ銭システムのスーパーチャットを活用するためには、チャンネル登録者数が1000人以上、再生時間4000時間以上といった条件をクリアする必要があります。配信だけなら誰でも可能ですが、スーパーチャットの利用はそれなりにハードルが高く設定されています。
江口
17Liveは今急速にシェアを拡大しているプラットフォームです。毎月積極的にイベントを開催しており、より投げ銭を誘発する仕組みが整備されています。事務所機能も有していて、現在1万7000人が所属し、配信者育成にも力を注いでいます。
SHOWROOMは日本では比較的老舗で、AKB48や坂道グループのライブ配信を行い、業界に先駆けて投げ銭の形でデジタルギフトを導入したことが特長です。画面はバーチャルなステージを模していて、投げ銭の額が大きい人ほどステージ中央にアバターが表示され、アイドルにも認知してもらえる。ファン同士の競争原理が働くような仕組みにしています。自分のアバターをデコレーションすることで他のユーザーとの差別化を図る固定ファンもいます。また、無料ギフトを手に入れるためにはほかのアイドルの配信も一定時間見る必要があるなど、回遊を促し、箱そのものを盛り上げるような設計になっています。
DeNAが自社プラットフォームとして今非常に注力しているのがPocochaです。配信者の報酬が投げ銭だけではなく配信時間に連動してもらえるという時給制になっているのが特長で、努力してもなかなか投げ銭がもらえない配信者の救援策として導入されたシステムです。ただ、時給制になっていることで、配信者の配信時間が圧倒的に長いです。ファンにとってはいつでもその人がライブ配信をしてくれているので嬉しい反面、配信者は1日配信しないだけでランクが下がるため、継続的な配信が必要となります。
永松
ゲーム実況ジャンルで世界最大の投げ銭プラットフォームとなっているのはTwitchです。配信者がギフトをカスタマイズできるようになっていて、自分の顔をスタンプにしたものなどオリジナルのギフトを作成し、提供しています。コメント欄に配信者の顔が並んだりしていると、見ている側もくすっと笑えて楽しめたりします。競合もいますが、シェアはTwitchが圧倒的で、プロも含めたゲーム実況者を囲い込んでいる状態です。Mirrativは、スマホゲームにフォーカスした実況プラットフォームで、配信するゲームコンテンツのカテゴリーが違うため、Twitchとは必ずしも競合しているとは言えない状況です。
江口
音声ジャンルのプラットフォームでは、配信者のアバターなどが画面に表示され、トークや歌といった声による表現に特化した配信サービスで投げ銭が使われています。顔出しのハードルが高いと感じる人には、アバターによって配信のハードルが下がり、配信しやすいという側面があります。中でもtopiaは、スマホに特化したアプリサービスで、10代20代の利用が多いです。Spoonも似ていますが、こちらはよりラジオに近い感覚です。音声でライブ配信したいコンテンツがあり、それを聴いてもらいたいという人が利用していますが、topiaのような活発なインタラクションはなく、中には本を朗読するだけというものもあります。気軽に配信できるのが特長で、10人程度の小規模なトークルームも多い印象です。Radiotalkはポッドキャストやラジオアプリに似た感じのサービスです。もちろん一般人による配信もありますが、吉本興業の若手芸人が配信するコンテンツなどもあって、ビジネスモデルの一つとして投げ銭を取り入れています。
永松
コンテンツ系の配信プラットフォームとしてはnoteがあります。小説もあれば情報コンテンツとしてまとめられたものもあり、サブスクリプションに加えて投げ銭にも対応しています。アーカイブされたコンテンツに対して配信者が自由に値付けし、買ってもらうという方法をとっているのも特徴的です。これまで紹介してきたプラットフォームが場の瞬間的な盛り上がりで投げ銭しているのに対し、noteでは純粋にコンテンツの力に対しユーザーが理性的に投げ銭していると言えます。その場の雰囲気や勢い、演出では買ってもらえないため、本当にコンテンツ勝負になり、つくり手側のエネルギーも必要です。他には、bandcampという米国の音楽プラットフォームで、アーティストが自分たちの音楽を配信し、ユーザーが値段を決めて投げ銭し、音楽を購入できるというものもあります。

■投げ銭の活用における注意点と、新たなビジネスの可能性

――コロナを契機に増加した、投げ銭を利用したリアルイベントはどんな状況ですか?

永松
観客を動員した試合観戦ができなくなったスポーツイベントで、実験的に投げ銭が導入され始めています。無観客試合をライブ配信し、投げ銭により収益につなげるというもので、サッカーや野球、ボクシング、プロレスなどで見られるようになりました。ただ課題もあり、スポーツではどうしても一方的に観戦することがメインになり、スタジアムなら体験できたような“コミュニティの熱狂”が発生しない。投げ銭をしたくなるような盛り上がりを作りにくいということがあります。今後継続的に行っていくのであれば、投げ銭をしたくなるような演出や仕組みづくりが急務であるといえます。
江口
試合後のインタビューや練習の様子を中継するなど、試合以外のシーンを活用することも有効かもしれません。そして、視聴者側の習慣化という面も大きいと思います。ランダムな配信ではなく、「この時間になったらこの配信があるから必ず見る」といった習慣を作ることができれば、継続的な視聴につながりやすいでしょう。「毎日夜の11時」など、配信時刻をわかりやすくすることもポイントになるかと思います。

――なるほど。では投げ銭の今後の展開について、現時点で何が言えるでしょうか。

永松
投げ銭というツールだけを導入してもビジネスモデルとしては成立しにくいです。まずは、生活者が投げ銭したくなるようなコミュニティ形成といった土台づくりが必要かと思います。さらに、投げ銭したくなるモチベーション作りですね。リアルタイムで投げ銭することで得られる配信者からのリアクションやレスポンスが、生活者にとっては非常に重要になってきます。たとえば、大きな投げ銭をすることで思いの強さや熱量が可視化され、ファンの中でも目立ちたいという欲求が満たされたり、イベントで配信者を勝たせたいと思ったり、そういう仕掛け作りが重要です。これはプラットフォームにも配信者にも企画力が問われることになりますが、この体験設計がしっかりしていれば、気持ちよく投げ銭してもらえると思います。

投げ銭というのは、我々が扱う広告の世界――何もないところに関係性をつないで成立するビジネスモデル――とは対極にあるものだとも思います。というのも、熱量の高いコミュニケーションが求められるため、課金や物販、サブスクリプションなどに比べて配信側と生活者に強いエンゲージメントがなければ成立しにくいわけです。いわばその瞬間その瞬間の生活者の気持ちよさに対する対価なので、きちんとした付加価値を考えることが必須になります。インフラが整ってきて導入はしやすくなりましたが、継続させるにはそこを丁寧に設計していく必要があるでしょう。

――企業にとっては、具体的にどんなビジネスの可能性があるでしょうか。

永松
まずは、スポーツや音楽、映画、イベントなど、コロナ禍によってリアルな開催ができなくなったジャンルにおける、新たなマネタイズ方法、仕掛けとして活用できるのではないかと思います。それから、コンテンツ力が高くファンとの関係性も築けているけれど、なかなか広告収益が上がっていないというような小規模、ローカルなメディアでのマネタイズ手法としても応用可能ではないでしょうか。さらに技術的な面で言うと、ブロックチェーンのような技術を活用することで、プラットフォームを横断してアイテムやキャラクターの流通が可能になるような、新たなプラットフォーム構築も可能になるのではないかと考えています。

まだまだテストが必要ですが、すでにコミュニティ形成ができているブランドであれば、コミュニケーションを通した新しいファン活性化の仕組みとして投げ銭は有効だと思います。企業の収益確保にもなり、熱狂を生む場づくりができるでしょう。たとえば商品やサービス開発において、そのような場を用意し、生活者から出たアイデアに対して投げ銭してもらうとか、報酬を与える仕組みとして投げ銭を活用することも考えられます。あるいは現在、コスメ企業がオンラインでメイク方法を配信したり、食品メーカーがレシピを紹介したりといったサービスも増えていますが、これまでモノを売ることが主だった得意先が今後サービスやコンテンツを売っていくという方向に向かうとき、投げ銭の仕組みは参考になるのではないでしょうか。
このレポートが新たなビジネスアイデアの参考になることを願っています。

――お二人ともありがとうございました!

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アドトランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。
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  • デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム イノベーション統括本部 研究開発局長
    2004年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム入社、ネット広告の効果指標調査・開発、オーディエンスターゲティングや動画広告等の広告事業開発を行う。2008年より広告技術研究室の立ち上げとともに、電子マネーを活用した広告事業開発、ソーシャルメディアやスマートデバイス等における最新テクノロジーを活用した研究開発を推進。現在はAIやIoT、AR/VR等のテクノロジーを活用したデジタルビジネスの研究開発に取り組む。専門学校「HAL」の講師、共著に『ネット広告ハンドブック』(日本能率協会マネジメントセンター刊)等。
  • デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム イノベーション統括本部 研究開発局 広告技術研究室
    2018年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム入社。広告技術研究室にて最新テクノロジー全般の調査や広告業界団体の情報収集を担当。5G、音声広告、ヘルスケアテックを個人調査テーマ(関心領域)としている。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局局長 兼 Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ)リーダー
    1991年博報堂入社。主にマーケティング部門に在籍し、飲料、通信、自動車、サービスなど各企業の事業・商品開発、統合コミュニケーション開発、ブランディング業務を担当。2012年よりデータドリブンマーケティング領域で、マーケティングとメディアを統合した戦略立案・推進の高度化、DX推進に従事。2020年より博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局局長。メディア環境研究所所長兼務。共著:『基礎から学べる広告の総合講座』(日経広告研究所)