【コンテンツファン消費行動調査2019分析リレーコラム】#4(スポーツ編) 「スポーツ・サブスクリプションユーザーは スポーツビジネス活性化に向けた存在となりうるか?」
2019 年度におけるコンテンツビジネスラボのリレーコラムでは、音楽、映画、アニメにおけるサブスクリプションサービスのユーザー動向とビジネスへのインパクトを中心に解説してきたが、スポーツでもサブスクリプションサービスが生活者に浸透し始めており、新しいスポーツ消費行動を生み出している。DAZNは日本に上陸して約3年が経過し、Jリーグを始め、最近ではヨーロッパリーグのサッカーや日本のプロ野球も放映されるようになりサービスが徐々に拡大。他にもパ・リーグTVといったスポーツ競技単位で運営されているサブスクリプションサービスもあり、新たなスポーツ体験環境として期待される。
今回のコラムでは、スポーツビジネスにおいて存在感の高まりが著しいスポーツ・サブスクリプションユーザーの特徴を見つつ、今後のスポーツ・サブスクリプションサービスがビジネスに与える影響について考察していきたいと思う。
1.スポーツ・サブスクリプションユーザーはお金を持っている既婚子あり男性が中心
コンテンツファン消費行動調査2019より、スポーツ・サブスクリプションユーザーの動向を確認していきたい。図1は「試合観戦」「スポーツ番組」のライブストリーミング利用者数の推移である。こちらを見ると2019年は約259万人と、聴取し始めた2017年から大幅に増加している。
<図1:スポーツストリーミング利用層の推移>
次に2019年のスポーツ・ストリーミングユーザーの性年代属性を表したのが図2である。こちらを見ると、スポーツ・サブスクリプションサービス利用層は男性20-40代が多く、平均年齢が37.3歳と若年層での利用が多いことがわかる。またライフステージでみると、未婚男性と既婚子あり(同居の子供が20歳未満)が多い。さらに平均世帯年収が758.5万円と比較的お金を持っている層となっている。今後スポーツを活性化していく上でスポーツ・サブスクリプションサービスユーザーはお金を動かすポテンシャルが高い層でありそうだ。
<図2:スポーツ・ストリーミングユーザーの性年代・ライフステージ>
2.スポーツ・サブスクリプションユーザーは、デジタルとリアルを行き来するコンテンツアクティブユーザー
次にスポーツ・サブスクリプションユーザーがどれくらいコンテンツ全体にお金を使っているのかを見ていきたい。図3は年間のコンテンツへの平均支出金額を見たものだが、スポーツ利用層の年間86,429円に比べ、スポーツ・サブスクリプションサービス利用層は約2倍の189,746円で、コンテンツ全体に対して支出が多いことがわかる。
<図3:コンテンツへの支出金額>
さらに図4はスポーツ利用層、スポーツ・サブスクリプションサービス利用層がどのような費目に年間いくら使っているかを見たものだが、リアルイベントに63,550円、グッズ関連に51,352円、パッケージ関連に39,329円、マルチデバイスに29,284円とデジタル上に閉じずに従来型のスポーツビジネスの支えとなっているリアルな場での支出が多いことがわかる。サブスクリプションサービスの普及による懸念事項として、試合を見に行かなかったりグッズが売れなくなるという指摘がよくあるがむしろ逆で、ユーザーはライブ観戦も楽しみ、グッズも買い、さらに家に帰ってサブスクリプションサービスで改めて試合を振り返るといった、リアルとデジタルを行き来しながらコンテンツを楽しんでいることがうかがえる。
<図4:項目別コンテンツ支出金額>
このことから、スポーツのサブスクリプションサービスは試合中継が中心だが、ライブ中継とSNSのようなアクティベーションとの連携や、ライブコマースなどでのグッズのタイムセールを実施しECとのサービス連携を組み合わせていくことで、新たなスポーツビジネスが活性化するポテンシャルを秘めているとも言えるだろう。
3.サブスクリプションユーザーは複数のスポーツジャンルを行き来する、プロ顔負けのスポーツジャーナリスト
最後にスポーツ・サブスクリプションユーザーがどんなスポーツジャンルを利用しているか見てみたい。図5はスポーツ利用層、スポーツ・サブスクリプションサービス利用層におけるスポーツジャンルの利用率をグラフにしたものである。まずスポーツ・サブスクリプションユーザーは、以下のスポーツジャンルにおいて平均6.6個のスポーツを見ており、年間を通じて複数のスポーツを利用していることがわかる。またスポーツ利用層と比較して差が大きいトップ5を見ると、サッカー(+19%)、野球(+15%)、バレーボール(+13%)、ラグビー(+13%)と、チーム競技かつ日本代表に注目が集まりやすい競技が多いのが特徴だ。
<図5:利用するスポーツジャンル>
また、スポーツ・サブスクリプションユーザーのスポーツ観戦における重視点を見ると(図6)、「選手・チームの作戦・戦術・システム」(+19.4%)、「選手・チームの戦歴(+18.7%)、応援、応援スタイル」(+14.9%)、「選手・チームの過去のストーリー」(+13.5%)、「選手・チームの出身地」(+12.4%)と、プロのスポーツライター顔負けな視点でしっかりと情報収集し、その情報を持ってスポーツの観戦や見立てを楽しむ層なのではないかと想定される。
<図6:スポーツ利用時の重視点>
まとめると、サブスクリプションサービスを利用するスポーツファンは、複数の競技をまたがり、代表戦はもちろんのこと通常のリーグ戦も欠かさずチェックし、個人個人が“試合におけるハイライトを自分視点で解説できる”レベルのユーザーが多いことがうかがえる。
4.スポーツビジネスのさらなる活性化のために~スポーツファンベースのデジタルトランスフォーメーションの必要性
図7はスポーツ利用層とスポーツ・サブスクリプションサービス利用層における情報機器、SNSの利用状況を表したものだが、スポーツ・サブスクリプションユーザーはスマホやタブレットの利用時間が比較的長い。また、Twitterやインスタグラムの利用率がスポーツ利用層よりも15%以上高く、デジタルサービスを使いこなしている層であるとも言える。
<図7:情報機器の利用率(毎日1時間以上利用)、SNSの利用率(月1回以上利用)>
そのため、スポーツビジネスをさらに活性化させていくために、スポーツファンをベースとしたデジタルトランスフォーメーションも重要になってくると考えるが、具体的にどのような施策が有効だろうか?
■ファンコミュニティプラットフォームの構築
サブスクリプションサービスは、基本的に企業やリーグが運営しているため、放映権や映像の二次利用にかかる費用面の課題もあり、ユーザー視点で試合の良し悪しをデジタル上で語れるような環境を提供するのはなかなか難しい。
メディアサイドもスポーツの試合結果を報道することが中心で、ユーザーが試合結果や試合内容について意見・感想を語ったり、感動したプレイをプラットフォーム上で簡単に見られるような環境にはなっていない。
一方、サブスクリプションサービスユーザーは前述した分析結果から、スポーツの楽しさや感動ポイントを、プロのようにいろいろな視点で語れる人が多いと思われる。そのため、彼らの視点や声を集約するスポーツ・ファンコミュニティをデジタル上に作り、それぞれの試合の見どころや注目選手などをユーザーが発信していかれるような仕組みも有効なのではないだろうか。試合のハイライト映像がアップできたり、良かったプレイをユーザー目線でタグ付けして編集できるようなシステムなど、テクノロジーを活用したファンエンゲージメントサービスはいろいろと考えられる。また、メディアサイドが作った選手やクラブに関するリッチなドキュメント映像、過去のヒストリー映像といったコンテンツを、一部無料で検索できたり投稿できるようにすれば、新規顧客を増やすことも充分に可能と思われる。
サブスクリプションサービスユーザーが、ファンコミュニティを通じてスポーツの多様な魅力を発信することで、「試合をまた見たくなる→メディア・報道側のサービスも充実していく→スポーツファンがさらに喜ぶ」という好循環を生み出し、ユーザーはスポーツビジネスを活性化させる潤滑油的な存在になっていくかもしれない。
■各スポーツクラブの垣根を越えた連携
また、スポーツ・サブスクリプションサービスユーザーは複数のスポーツを楽しむ人が多いため、自分の応援するクラブの拠点があるエリアを中心に、地域密着で複数のスポーツを行き来している可能性が高い。ここで提案したいのは、各クラブが保有するユーザーIDを個人情報に配慮することを前提にしながら連携し、例えば野球とサッカーとバスケットボールのファンを行き来しやすくする相互送客を目的としたCRM施策を活性化させることで、地域全体のスポーツファンを増やしていくことができるのではないかということである。例えば、同じエリアに住む野球ファンに、同じエリアを拠点とするサッカーのチケットを割引価格で提供するといったインセンティブ施策を積極的に実施していくのも一つの手だ。
その際に、初めてのスポーツ観戦はなかなか一人では行きにくいという傾向があるので、複数のスポーツに精通したスポーツ・サブスクリプションサービスユーザーに対して「お友達招待」によるインセンティブクーポンを配布し、彼らの回りにいる野球ファンをサッカーの試合に連れていくと次回のチケットを無料にする、といった施策も効果的なのではないかと考える。
現在IDの運営にはクラブごとにオペレーションコストがかかっているため、スポーツ共通のIDを作り、自治体が運営するといったことなども議論すべきポイントだろう。共通のユーザーIDを作ることは、今注目されているスマートスタジアムの施策を推進する上で大きなメリットがあるのではないだろうか。スタジアムで様々なスポーツ興行、エンタメ・イベントが行われる中、興行主によって異なるIDを運営するコストはスポーツ・デジタルトランスフォーメーション構築における課題であり、逆に構築できたプレイヤーが先にポジションを取ってしまえば、スポーツビジネス全体を席巻するチャンスがあるかもしれない。
アメリカでは新しくスポーツのスタジアム建設が計画される際に、コンテンツホルダー、自治体、ローカルメディア、メインスポンサーとなる企業、ファシリティプレイヤー、ITプレイヤーがタスクフォースを組んで、地域全体の産業にするために知恵を絞っていく。日本でも徐々にこの動きが増えてきているが、各プレイヤーが個別に最適化を目指すのではなくタッグを組み、スポーツファンのon the pitchにもoff the pitchにも“スポーツのある生活”が存在することを第一に考えることが、日本ならではの新たなスポーツエクスペリエンスを作る第一歩なのかもしれない。
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博報堂 研究開発局 木下グループ グループマネージャー
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 開発1グループ グループマネージャー2002年博報堂入社。以来、マーケティング職・コンサルタント職として、自動車、金融、医薬、スポーツ、ゲームなど業種のコミュニケーション戦略、ブランド戦略、保険、通信でのダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に携わる。2010年より現職で、現在データ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わり、Vision-Graphicsシリーズ, m-Quad, Tealiumを活用したサービス開発、得意先導入PDCA業務を担当。またAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャープレイヤーとのアライアンスも行っている。また、コンテンツ起点のビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のリーダーとして、特にスポーツ、音楽を中心としたコンテンツビジネスの専門家として活動中。