「メディアイノベーションフォーラム2019」 DIRECT_多接点時代のつながり方
「多接点時代」がやってくる
「私たちの生活を変えるサービスは何か」「次のメディア環境はどのようなものになるのか」
メディア環境研究所では、ここ数年間、こんな問いをもって、研究にあたってきました。そうした視点で、この1年ほど数百社以上にのぼるサービスやプロダクト、企業取材を行ってきた中で、私たちが今強く感じていることは「多接点時代」がやってくるということです。
「多接点時代」とは何でしょうか。これまでの過去20数年間にわたって進んできたデジタル化は、情報という世界の中での出来事でした。パソコン、スマートフォン、テレビなどの限定的なスクリーンが接点となっている時代だったと言えます。一方で、これから進んでいく生活のデジタル化では、自律走行のクルマ、スマート家電など多様なデジタルデバイスが、生活者をとりまく接点となっていき、情報だけでなく、生活空間全体のデジタル化が進んでいきます。(図1)
(図1)
これまでの限定的なデジタルスクリーンが接点である時代では、生活者はメディアを通じて情報を知り、それを記憶し、調べるといった行動をし、そのあと、実際に買う、使うといったアクションをしていました。昔から言われているAIDMAというプロセスがまさにそうです。生活者がひとつひとつのアクションを行い、ステップを進めてきた訳です。 ところが、これからの「多接点時代」では、生活者をとりまくデバイスなどの接点が拡大し、さらに身近になっていきます。例えば、移動中という生活シーンに情報が入り込むとしたらどうでしょう。自分でいちいち調べることなく、ロケーションに応じた情報が、自律走行のモビリティの中に届くような暮らしを想像してみてください。現在の私たちは、毎回スマートフォンを持ち上げ、ロックをはずし、アプリをたちあげて、なんらかのアクションをするという作業を繰り返していますが、多接点時代では、行動しているさなかに情報が生活の中に入りこんできます。そして、憶えたり調べたりもせずに、即、なんらかのアクションをすることが可能になります。そんな未来を改めてイメージしますと、こんな疑問がわいてきました。
「多接点時代の生活者とのつながり方はどうあるべきなのだろうか」
「企業はそのたくさん生まれてくる接点において、どんなふるまいをすべきだろうか」
かつて、10年ほど前に、スマートフォンの普及がキャズムを超えたときに、広告やメディア業界で「モバイルシフト」「モバイルファースト」という掛け声がかかった時代がありました。そんなモバイル時代と同じように、これから生まれる新しい多接点のデバイスにどんどん情報を出していくだけでは、事足りないのではないか、と私たちは考えました。
Direct=生活に直接的に作用する」つながり方とは
この「多接点時代のつながり方とは」という問いの答えとなるのが、「Direct」という概念です。「直接的に」という意味ですが、マーケティングにかかわっている皆さんの中にはDirect marketing、通販のことと思われる方もいらっしゃるかもしれません。今回、私たちメディア環境研究所が捉えている「Direct」という概念は、そうした売り方だけでなく、多接点時代の生活者とのつながり方全般を捉える大きなキーワードとして捉えています。
メディア環境研究所は、この一年あまりの取材を通じて、こうした新しいつながり方に、いち早く取り組んでいる企業を多数発見しました。彼らは、多接点のデバイスに、とにかくどんどん情報を出すということだけでなく、生活に直接的に作用するような生活者とのつながり方を始めていたのです。
この新しい「Direct」という概念は、これまで私たちにとってなじみの深かった、会話、コンテンツ、コミュニティといった、企業が生活者とつながる3つのすべを、大きくアップデートしています。(図2) 改めて、会話、コンテンツ、コミュニティと聞くと、既に耳になじんだ言葉ですが、その実態と意義は、多接点時代に向けて大きく変わろうとしている様子がみえてきました。では、順番にご紹介します。
(図2)
DirectなConversation
生活者の欲や悩みを引き出し解決する会話
まず、一つ目の会話について見ていきましょう。会話ときくと、SNSでのおしゃべりなのかな、などと素朴な印象をもたれる方もいるかもしれませんが、いま、会話の概念は変わりつつあります。昨年あたりからConversational economyという概念も注目されはじめており、会話が実体経済につながり、既に大きな市場を生み出しているというニュースも増えてきました。
象徴的な例として、米国企業のケースをご紹介します。米国では数年前から、D2Cと呼ばれるモノづくりをするメーカーが小売りを介さず直接生活者に販売を行う業態が台頭し、急拡大しています。 その中でも複数のブランドが「会話」を通じて、顧客のあいまいな欲求を引き出すことに成功しています。例えば、「DIRTYLEMON」という名前の清涼飲料水メーカー。500mlで1000円ほどの高級栄養飲料のD2Cブランドなのですが、この企業はSNSではなくSMS、電話番号に直接メッセージを送るショートメッセージサービスで顧客とつながることを重要視しています。ユーザーに様々なアプリをダウンロードさせたり開かせたりする手間なく、簡単に会話をはじめることができます。私たちも実際にSMSで会話してみました。(図3)「いま、疲れているんだけど、おすすめありますか?」と相談すると、「ターメリック(ウコン)の飲料はいかがですか」という回答がありました。少しタイムラグがあることが、向こう側で人が対応している様子を感じさせます。「それ、買います」と伝えると、該当商品がカートに入った状態のURLが届きます。そこに必要情報をインプットすればすぐに購入完了という流れです。
(図3)
この企業以外にもスキンケアブランドが顧客の肌の改善のために実施したり、大手流通のコンシェルジュサービスが買物選択に迷う顧客のために商品を絞りこんだ提案をしたりするなど、様々な業態で「生活に作用するような会話」が、既に行われています。中には、売上のうち1割が「会話」経由でなされているというブランドも出てきています。「会話」が企業と生活者とのつながりのみならず、利益にも貢献しているのです。
注目したい点は、生活に作用するために、会話を通じて人と直接向き合い、欲や悩みを引き出し解決する、という新しいつながり方が行われている点です。この新しい会話は、現在行われているレコメンドなどのアルゴリズムだけでなく、会話を通じて、生活者の言語化できない欲や悩みを引き出していきます。そして、会話から自然にその欲や悩みの解決までを導いていくのです。そこでは企業と生活者はきわめてフラットな関係です。サービス提供者側がことさらにへりくだるわけでもなく、かつ、上から目線でもなく、常時つながっているからこそ友人のような親しさで生活者と向き合っています。
これまでは、こうした役割はカリスマ店員と言われる方やSNSでの企業アカウントの中の人など、限定的な役割の方々が担っていました。多接点時代の会話では、生活者と企業の間で同時多発的に、たくさんのよい会話が可能になります。そして今後、スマートフォン以外のデバイスでも、チャットやボイスを通じて、生活者の欲や悩みをその場で解決に導くようなつながり方が可能になって行くといえるでしょう。
DirectなContent
生活者の願望を後押しし、かなえるコンテンツ
続いて、コンテンツについてです。メディア企業の方は、自社が読者や視聴者に見せるコンテンツ、という意味合いでとらえているでしょうし、広告主の方は、コンテンツマーケティングなど、マーケティングの手法の一環でとらえている方も多いと思います。これからご紹介するのは、そのどちらでもないコンテンツです。生活に直接的に作用する、Directなコンテンツとはいったいどういうものでしょうか。
中国のテックジャイアント、「アリババ」の杭州本社横の商業施設で展開しているスマートミラーについてご紹介します。「新しい服にチャレンジしたい」という願望を、スマートミラー上のファッション診断コンテンツで後押しするものです。
(図4)
メディア環境研究所の研究員も実際に試してみました。洋服店店頭のスマートミラーの3Dカメラに顔と全身を映し出すと、体の厚みも読み取った上で、その人にあう洋服一式を提案してくれます。
(図5)
人によって提案してくる服がかなり異なっています。体験する人の容姿や雰囲気をきちんと読み取った提案をしており、見ていて納得感がありました。 そしてこの提案されたファッションは洋服店でもECでも直接購入することが可能です。 このように、ただ診断コンテンツで気持ちを高めるだけでなく、その場で生活に直接作用するような関係がここでも生まれているのです。
この診断ソフトウェアが将来的に、家の鏡に搭載される未来もありうるでしょう。そう考えると現在のような、幅広く告知をし、お店に送客し、試着してもらい、何着も取り換えて、購買の意思決定をしてもらって…という段取りは減っていきます。ファッションにまつわるコンテンツが、紙やスマートフォンの中だけでなく、鏡の中で「こんな服にチャレンジしてみようかな」というように、生活者の願望を直接後押しすることが可能になります。
また、米国のフィットネス業界で注目されている「Peloton」という企業の取り組みもご紹介します。通常フィットネス器具は1回売ってしまえばそれまでですが、この企業ではエアロバイクに付属したデバイスにダイレクトにフィットネス動画を配信。ユーザーの「運動したい」願望を日々刺激し、エアロバイクで実現しつづけています。毎時間スタジオから配信される動画は、インストラクターが運動するモチベーションを高めるメッセージを語り、家でエアロバイクをこぐユーザーの気持ちを高めていきます。 ユーザーは、家でひとりで運動していても、画面の右端には一緒にこの動画を見ながら運動しているほかのユーザーと、その運動量が表示されています。 トレーナーにはげまされながら「よし!友達の〇〇には負けないぞ!!」と競争心もあおられ、さらに運動したい気持ちを高めていくのです。 まさに、動画というコンテンツで運動したい願望を継続的に高め、実現し、生活に直接作用しつづけるサービスになっているのです。
このような新しいコンテンツは、見せて終わり、楽しませて終わり、というものではありません。コンテンツを通じて、人がもともと持っている「こんな生活をしたい」という願望を高めます。そして、コンテンツから自然に、その願望の達成までを導いていきます。また、多接点の身近なデバイスに直接届くという点にも注目したいと思います。現在のコンテンツでは、たとえば「きれいになりたい」「運動したい」という欲求を高めたあと、それを実行するのは、生活者ひとりひとりにゆだねられます。スクリーンを消したらやっぱり他人事になってしまうという場面が多くみられますが、Directなコンテンツでは見ることとできることが、スムーズに地続きになっているのです。そして、継続的であるという点も重要です。一回かぎりの放送や配信、またはコンテンツマーケティング施策ということではないのです。メディアでも広告でもない場所で、企業活動の根幹にコンテンツが据えられている、新しい動きであるといえます。
DirectなCommunity
人々の生活や社会を、よりよくするコミュニティ
近年、エシカル(倫理的)であることを大きく打ち出すD2Cブランドも増えてきました。
ある米国のスニーカーブランドでは、自然素材で地球環境に対しポジティブな靴づくりをしていて、生活者が購入するだけで環境改善へのアクションにつながることを大きくアピールしています。ニューヨークにある実店舗を訪れたところ、店内は試着する場所もないくらいの大混雑でした。環境にやさしく、モノもいい、価格も手ごろということで、「どうせ買うなら環境にやさしいこのスニーカー」と現地の生活者から大人気になっています。まさに、環境に対してポジティブなアクションを企業と生活者がともに実現し、社会に直接作用するコミュニティになっているのです。
また、米国の別のアパレルブランドでは、徹底的な透明性を宣言。原材料から人件費まで商品の原価をすべて開示しています。倫理的な姿勢を追求し、いまは600万本の再生プラスチックから作ったコートも売り出し中です。全米最大の買物のお祭り、ブラックフライデーに値引きしないかわりに、「社会を良くする目標」を掲げ生活者を巻き込みます。2019年は、使い捨てプラスチックを全廃するための運動に資金を投じるため、1商品の購入につき10ドルの寄付を約束し生活者に購入を呼び掛けました。2018年は海のゴミ汚染を止めるために活動するビーチクリーン団体が9000トンのゴミを回収するために必要な資金、26万ドルの売り上げが必要だと呼びかけて、目標を達成しています。このような、社会を良くするための企業の直接的な行動に、「消費」を通して生活者を巻き込んでいるのです。
環境によい生活をしたい、といったことは、生活者が自分ひとりで達成しようとすると、なかなかハードルが高い作業でした。ところが、多接点時代のコミュニティでは、簡単に参加し、つながることが可能になっていきます。マンション、学校、会社、店舗などの暮らしの中の身近な接点を訪れるだけ、またはある種の目的を明確に打ち出したD2Cブランドを買うだけで、生活をよくすることができるようになります。特に、D2Cブランドにおいては、これまでなかなかスケールしづらかった社内変革の活動を、買うことで参加できる、と位置付けることによって、直接的に社会をよくする、という仕組みづくりが行われています。企業が考える「よりよい生活」「よりよい社会」を、コミュニティを通じて実現していくというつながり方が生まれていくことでしょう。
多接点時代、企業はどうあるべきか
生活者をとりまくスクリーンや接点は今後、指数関数的に増えていきます。そんな多接点時代のメディア環境においては、「見る」「知る」だけでは生活者はもはや満足しません。
今後、メディア企業が提供するメディア体験は、「直接、生活に作用する」必要があります。メディア企業には、これまでつちかってきた、会話、コンテンツ、コミュニティといった生活者とのエモーショナルなつながりがあります。会話をつくるノウハウはラジオ局の皆さんはたくさんの知見をお持ちでしょう。テレビ局や出版社の皆さんは、やってみたくなるコンテンツづくりはもっとも得意とされているかと思います。またコミュニティや社会がかかえる課題の設定は、新聞社の皆さんや、報道にかかわる方がいままさに行っていることです。しかし多接点時代は、その先が必要なのです。会話や、コンテンツや、コミュニティでつながった先の出口が「生活に作用するかどうか」、そこをこれから設計する必要があります。
また、広告においては、売るためのチャット、目を引き付けるだけのコンテンツ、囲い込むコミュニティ、そうしたやり方だけでは、生活者とつながれない時代がやってきます。会話、コンテンツ、コミュニティでつながった先に、生活者の「よりよい生活の実現」まで導く必要があります。生活者が自身ではできないことを直接的に、企業が後押しすることが求められるのです。
テクノロジーによって、これからの生活は間違いなく変わっていきます。よく、「日本は別だ」とか「うちの業界は別だ」という方がいますが、いま世界で起こりつつある生活のデジタル化という大きな波は、間違いなく私たちの生活とビジネスにインパクトをもたらします。今後、企業と生活者の間がどれだけ多接点になっても、そして多接点のデバイスからどれだけデータが集まったとしても、まずはその中で「生活に直接的に作用する関係」をつくることが生活者との継続的なつながりの起点になります。未来のメディア環境の中で、自社が提供できる「会話」「コンテンツ」「コミュニティ」のあり方を、「Direct」という視点で考えてみてはいかがでしょうか。それこそが、多接点時代の企業の強さの源泉となると考えています。
※当日のプレゼンテーションスライドはこちら
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博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 主席研究員1999年博報堂入社。菓子メーカー・ゲームメーカーの担当営業を経て、2008年より現職。生活者調査、テクノロジー系カンファレンス取材、メディアビジネスプレイヤーへのヒアリングなどの活動をベースに、これから先のメディア環境についての洞察と発信を行っている。2018年4月より東京大学情報学環 非常勤講師。