独自のネットワークで新しいデータを抽出できる強みをいかす
2016年、博報堂アイ・スタジオは、IoTデバイスを活用した「TREK TRACK」を開発。2017年9月1日より、コンシューマー向けに、登山者の位置情報をリアルタイムに、どこからでも山岳地帯の生活者の行動履歴を確認できるサービスを開始しました。今回は、その開発背景と、「TREK TRACK」のデータドブリンマーケティングにおける意義、そして今後の展望を、博報堂アイ・スタジオTREK TRACK推進室の川崎順平と笹垣洋介に聞きました。
-まず、「TREK TRACK」のサービス概要について教えてください。
- 川崎
- 「TREK TRACK」をひと言で表現するとすれば、「アウトドアをよりパブリックにするプロジェクト」です。主軸となっているのは、山岳地帯での、電波が届かない場所で位置情報を外部から確認できるサービス。公式サイトにも、「自然とともに生きるライフスタイルの第一歩を提供」と書いていますが、「TREK TRACK」が行う位置情報サービスの提供によって、「リスクがあるから、なかなか山に入りにくい」という気持ちをおさえ、登山やバックカントリースキー・スノーボードなどリスクの伴うスポーツを安心して楽しんでもらおうというのが目的です。
―具体的にはどういう仕組みですか?
- 川崎
- 半径約10kmをカバーできるLPWAのネットワークを利用しています。設置したアンテナが、ユーザーに配布するデバイスの電波をキャッチし、位置情報を取得します。それをネットワークを介して「TREK TRACK」専用サーバで蓄積し、ビジュアル化された情報がアップされます。これは、山の中にいる本人だけでなく、誰でもアクセスが可能です。
―取得するデータの項目はいくつくらいあるのでしょうか?
- 笹垣
- 「緯度経度、標高、どこのアンテナに反応したか、それはいつか、受信感度やアンテナとどれくらい離れているかなど、現在は約10項目程度。それが、時系列でわかります。マーケティングの視点で言うと、登山者の行動傾向が「見える化」されるということになります。不特定多数なデータの蓄積ができるのは、「TREK TRACK」だけの技術。「TREK TRACK」を活用した新規の事業展開を考える上でも、強みのひとつになっています。
―「TREK TRACK」を自社事業としてスタートさせた理由は何でしょうか。
- 笹垣
- 弊社にはソーシャルイシューにたいしてイノベーションを起こすことを目的に自社開発のサービスのプロトタイプをつくる文化というのが根付いていて、「TREK TRACK」の前身となるものを、1年半くらい前からつくっていました。現実的なプロトタイプが見えてきて、せっかく自分たちにつくる技術があるんだから、自社事業として開発しよう、と(笑)。博報堂アイ・スタジオのエンジニア、デザイナー等、いろいろな職種の延べ20人程度手伝ってもらって事業化にこぎつけました。
- 川崎
- 博報堂アイ・スタジオのメイン事業は、クライアントの課題解決に即したクリエイティブで、実際の制作が博報堂アイ・スタジオの強みでもあります。しかし、技術の分野で言うと、制作のためのコストはどんどん下がってきているというのが現状。最新技術によって、高度なものも、誰でもつくれるようになっているというのも、要因のひとつでしょう。そこを鑑みたときに、「マーケティングの領域までいかに見て、ものをつくっていくか」ということが重要になってくると考えています。一般的にはしくみをつくると終わりというのが制作の仕事ですが、実装、運用、解析、販売。そこまでを全部通じてできる人材をつくる。「TREK TRACK」を自社事業とすることは、それを可能にすると確信していますし、今後の制作にも生きると思っています。「TREK TRACK」のプロジェクトは、位置情報だけが目的ではなく、そのデータをどう読み解いて別分野に応用していくか、というところまでを視野に入れています。
- 川崎
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「TREK TRACK」の活用については、コンシューマー事業とBtoBの2展開があるわけですが、すごくおもしろいなと感じるのは、コンシューマー事業で蓄積されたデータそのものも、マネタイズの柱にできるということです。
スタートは、アウトドアをメインに圏外の位置情報サービスを展開し、関係各社と繋がり、基本機能を提供するということ。これは、「自然とともに生きるライフスタイルの第一歩を提供する」という「TREK TRACK」のメインドメインなので、ブレてはいけないと思っています。その取り組みのひとつとして、東京海上日動火災保険と組み、1日単位で入れる国内旅行傷害保険を「TREK TRACK」の公式サイトから販売しています。万が一、遭難してしまった場合でも、「TREK TRACK」で位置情報がわかるので、捜索範囲を狭めることができ、保障も手厚いという、ユーザーにとってメリットのあるサービスがつくれました。一方で、提携企業には、「TREK TRACK」による登山者の行動解析が提供でき、サービスの向上に役立ててもらうことができます。
また、アウトドア分野で、他企業が提供するソリューションと用途に応じて組み合わせ、「TREK TRACK」に新しい価値を生みだすことにもトライし続けていきたいですね。(2月10日から、NTT東日本と共同で、北海道のニコセエリアで、自動写真撮影サービスと来訪者位置情報可視化のトライアルを実施しています。) - 笹垣
- これは、「TREK TRACK」のプラットフォームと合わせてNTT東日本が提供している3つのサービスと弊社のAI技術を組み合わせて新規にプロトタイプした自動撮影システム「capture」を同時提供するものです。通常撮影することが難しい滑走時の写真など、来訪者の写真を「capture」が自動的に撮影し、そのデータをオンラインストレージサービスにアップ、来訪者はデジタルサイネージで閲覧でき、Wi-Fi経由で自分のスマホにダウンロードできます。テーマパークなどで、ジェットコースターの滑走時を自動撮影して画像を販売するサービスがありますが、そのスノーリゾートバージョンというイメージです。この他社が強みとするAPIに弊社の技術を連携させた新たなサービスをBtoBプラットフォームに拡充できることも特徴です。
- 川崎
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これは、「TREK TRACK」の位置情報をひとつの機能として活用した事例になると考えています。さらに、画像と組み合わせることで、より多い情報が取得できるのもデータ蓄積の視点から言うとメリットとなります。
山の中の位置情報、冬山、夏山、全国の各所、使っているユーザーの属性といったデータを持っているのは「TREK TRACK」だけ。まだ数そのものは大きくありませんが、オープンデータと組み合わせるとビックデータになります。そして、展開している様々な事業の知見をもとに、緻密なデータ解析ができるのも、弊社の強みと思っています。
元々、僕も川崎も山が好きということもあって、山のリスクは実体験として感じていて、テクノロジーが入れていないエリアに自分たちの持っている技術でできることはないか、ということはずっと考えていたんですよね。
―今後、「TREK TRACK」はどのような展開を考えていますか
これまでは、システムの土台となる部分をメインで進めてきました。これから本格的にマーケティングを始めていくという段階です。サービス全体の解析をして、生活者が使うようになるのか、あるいは、他企業が乗ってくれるか、その点も分析してバランスを図り、事業として成功する広告展開を考えていくつもりです。
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博報堂アイ・スタジオ TREK TRACK推進室長プログラム/インタラクティブデザインなど、様々な技術を横断し、デジタルテクノロジーを使って社会課題を解決するプロダクトの企画・政策や、演出、新規事業などを担当。総務省オープンデータコンテスト最優秀賞、グッドデザイン賞、CLIO Awardなどの受領歴を持つ。バックカントリーを含めたスノーボード歴20年。TREK TRACK全体の推進とテクニカル面を統括。
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博報堂アイ・スタジオ TREK TRACK推進室クリエイティブ責任者インタラクティブディレクター・アートディレクターとして大手クライアントのキャンペーンやブランディングなどに関わる。WEB、イベント、映像など、デジタル施策全般を幅広く担当。企画立案、政策、運用を行う。2016年SPIKES ASIA DigitalCraft部門のGOLD等の受賞歴を持つ。季節を問わす登山を行い、ハードな環境の現場を自身の身で知る。TREK TRACK全体の推進とデザイン制作を担当。