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AIが解き放つ「暗黙考」。―プロフェッショナルの思考を民主化し、個の可能性が社会を加速させる
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AIが解き放つ「暗黙考」。―プロフェッショナルの思考を民主化し、個の可能性が社会を加速させる

博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO 兼 Human-Centered AI Institute代表の森正弥が、業界をリードするトップ人材と語り合うシリーズ対談「Human-Centered AI Insights」。

今回は、日立製作所にてグループ全社のDX戦略/ガバナンスの統括やITサービスを提供する安立 大介氏と、個人の可能性を最大化するプロフェッショナルファームBallistaを率いる中川 貴登氏をお迎えし、AIによる暗黙考の民主化と個の自律が切り拓く新しい社会の在り方についてお話を伺いました。
 

「3層モデル」で業務を整理する日立のAI活用術

まずは、お二人が現在担われている役割や、現在取り組まれている内容について教えてください。
安立
日立グループは鉄道、パワーグリッド関連、IT分野まで多岐にわたる事業を展開しており、グループ全体では約600社・28万人規模の従業員を擁しています。そのなかで、私の部署ではグループ全体のIT戦略およびDX戦略の策定を行い、ITガバナンスや社内のAI活用を主導するとともに、ITサービスを提供する役割を担っています。
中川
私は海上自衛隊、スタートアップ、コンサルティングファームを経て、2022年に株式会社Ballistaを創業しました。当社はコンサルティング・フリーランス向けサービス・新規事業開発の3つの観点から、AI時代におけるプロフェッショナルの”個”の可能性を最大化させ、社会課題の解決を目指すプロフェッショナルファームです。
AIやDX関連の取り組みをしていくなかで、企業におけるAIの導入・活用にはどのような課題があるとお考えでしょうか。
安立
未だかつてないほどAIの進化が速く、それに伴って世の中やビジネスの変化も加速しています。企業がAIへの対応策を検討し始めた瞬間に、翌日には新しいモデルやサービスが出てきますし、各国・各地域の法制度も次々に変わっていく。

従来の年間予算を前提とした開発サイクルでは全く追いつけず、「決めたと思ったらすぐに軌道修正を求められる」のが大きな課題となっていますね。

また、「AI」と一言で言っても、思い描くイメージが人によって違います。汎用型AIを思い浮かべる人もいれば、研究開発部門ではLLMやファインチューニングモデルを連想するなど、議論がかみ合わないことも少なくありません。

そこで私たちは、業務を「3層モデル」に整理しています。

第1層はコーディングの効率化や、鉄道事業の運行システムへの活用など、事業そのものを高度化するためのAI活用です。第2層は財務、調達、人事、IT部門など、バックオフィスを改善するための活用、そして第3層は議事録作成、調査、文書作成など、デジタルデバイスを使うすべての社員が行う日常業務の支援です。

このモデルを前提に、AI活用を議論する際は「いまどの層の話をしているのか」を明確にすることを心がけています。

中川
私たちは「人材のニュータイプ化」と「AI前提のオペレーションモデル構築」の2つを軸に、AI時代に適した働き方や業務フローの再設計に取り組んでいます。以前のコンサルティング業界は論点整理を行い、ベストプラクティスを提供できる人材であることが重要でしたが、現在はAIによって知識のカバレッジが向上し、情報の格差が縮まったことで、ビジネス課題に直結するような成果を出せる人材が求められています。

そのため専門性を広げつつ、対話を重視して人間関係を築いていく力など、人材のスキルセット自体のアップデートが必要になってきています。さらに、会社の仕組みや制度もAI前提のオペレーションモデルへと変えていかなければなりません。

「暗黙知」から「暗黙考」へ。熟練者の“見えない思考回路”をAIで形式化する

最近弊社グループ内で議論しているのですが、暗黙知は4つのタイプに分けて整理できると考えています。

➀引き出しタイプ:知識や経験が豊富で、その人に聞けばすぐ共有してくれる
➁型タイプ:未経験の仕事であっても、進行の枠組みやプロセスを設計できる
➂つながりタイプ:社内外のネットワークや関係性を駆使し、仕事をスムーズに進められる
➃発想タイプ:3つを組み合わせながら、新しいアイデアや解決策を生み出せる

これらを整理し、ブラックボックス化していた各人の暗黙知を形式化し、AIへの組み込みによって共有化を進めています。中川さんのおっしゃるように、AI時代においては必ずしも引き出しタイプが優位ではなく、つながりタイプや型タイプ、発想タイプの人材の力が伸びやすくなっていると言えるでしょう。

安立
暗黙知を4つのタイプで整理するのは非常に興味深いですね。大企業では、社内の人材のインデックスが頭の中に入っていて、「この課題ならこの人が最適」と瞬時にマッチングできる「つながりタイプ」が求められますし、アルゴリズムの発見が得意でセンスの良い人は「型タイプ」だと思います。

一方で製造業の暗黙知というのは、どんなにデジタル化が進んでも「人間にしかできない部分」があると考えています。そのような数値化できないところを、今のAI時代にどう活かしていくのか、世代をまたいで会社の価値としていかに維持するかを考えることが肝になるわけです。

実際に、故障を診断するプロジェクトにおいて、熟練者は直感的に原因を特定しますが、新人から見ると「なぜ原因にたどり着いたか」が不明瞭です。そこを因数分解するためにヒアリングしていく。つまり、熟練者は自身の経験知から原因を逆算していて、この「見えない思考回路」を形式化することが鍵になります。

まさにおっしゃる通りで、暗黙知という言葉は「知」という字から知識だと誤解されがちですが、実際は“暗黙考”の側面が強いと思っています。

例えば、熟練者が故障の原因にたどり着いたのが「工具がいつもと違うところに置かれている状況」がきっかけだったとしたら、経験の浅い新人では見逃してしまいます。現場での気づきや着眼点、そこからの判断プロセスこそが、型タイプや発想タイプの暗黙知であり、いかにそれを形式化して外に解き放てるかが、今後の人材に求められるかもしれません。

中川
これからの時代、時間を超えて価値を生み出せる人材がより重要になるというのを、安立さんの話を聞いて強く感じました。AIをパートナーとして活用することで情報格差や物理的な制約が弱まると、コンサルティングサービスは高い属人性を持つものにこそ価値が発揮されると思っています。

そういう意味では、当社のビジョンにも入れているGRIT(やり抜く力)や認知能力が重要で、AIの普及で学習意欲低下が危惧されるなかで、「自分ならできるという自己効力感をどう育むか」も重要だと考えています。

これは個人だけでなく組織全体にも関わる話で、自己効力感と組織効力感が相互に回っていく仕組みを作ることが、プロフェッショナルファームとしての会社のあり方だと捉えています。

AIで成果をn倍化させる層をいかに増やしていくか?

30万人規模の従業員が働く日立グループでは、人材に対してどのようなアクションをされていますか?
安立
当社では、「AI人財を5万人育成する」と宣言しています。IT部門でも先述の3層モデル内の2層目(バックオフィスを改善するためのAI活用)の推進に力を入れることによって、n倍化(成果を何倍にも伸展)させようとしています。

IT・DX人財育成のプログラム委員会では、AIの具体的な使い道がわからない事業部門やIT部門向けに、他工場の担当者を招き「こういう使い方でトップラインが上がった」という成功事例を横展開しています。

また、評価制度はジョブ型モデルに移行し、社内IT18職種に「AIエキスパート」「ITグローバリスト」を新設しました。毎年、1~2年後に必要な人財をヒアリングする社内調査では約5%がAIエキスパートを選ぶなど、社員のAI活用に対するモチベーションが数字でも裏付けられています。

AIに対する社員のモチベーションはどのように感じていますか?というのも、社員によってはAI活用に対して義務感を抱く人もいる一方で、AIをポジティブに捉え、向上心や好奇心を持って取り組む人もいます。
安立
当社のIT部門は、技術が好きな人が多くて、好奇心も非常に強いのが特徴です。その点では、すでに社内ではAIのデモクラタイゼーション(民主化)におけるモメンタムが生じているわけですね。私としては、セキュリティインシデントなどの企業リスクを防ぐうえでも、技術者の好奇心を健全な形で導き、技術革新を事業価値に変える仕組みづくりが急務だと考えています。
ありがとうございます。中川さんが話した「時間を超えて価値を生み出せる人材の重要性」と、安立さんの考える「AIの民主化を妨げないための人財育成や研修」は、どちらも個人と組織の自己効力感が循環することが大事だという点が符合するなと感じました。
中川
私はモチベーションによって、人材の二極化が進んでいくのではないかと感じています。AIに強い関心を持つ層と現状維持を望む層の間には、モチベーションに大きなギャップがあるのではないでしょうか。

安立
おっしゃる通りで、当社も2023年に生成AIの独自アプリケーションをリリースし、ユーザー数をウォッチしていますが、1日1回アプリケーションを使っているアクティブユーザーは全体の約20%にとどまっている。AIを使い続けて自分の効率や成果をn倍化させていく層と、今までのやり方を継続する層とで、明確に分かれてくるんですよね。

そのため、当社ではリスキリングを通じた職種転換を推進し、HR施策と連動した人財トランスフォーメーションを設計していくことが重要になるでしょう。

中川
すごく腑に落ちしましたし、組織として人材を適材適所に配置していくことの重要性をあらためて実感しました。

AI時代の非連続な成長がもたらす組織の限界と新しい働き方の社会実装

安立
それが実現できれば、中川さんのおっしゃるプロフェッショナルとしてのキャリアパスが大幅に広がるなと思います。社内のIT部門だと、同じ仕事を40年間続けて退職するケースが多いんですけど、「あなたのスキルを求めるプロジェクトがありますよ」というのを示せれば、例えば、社内副業のような形でコーポレートの間接部門を続けつつ、一部で事業部門をサポートするといった可能性を秘めています。

中川
創業以来、多くの企業にDXや人材育成支援を行ってきましたが、なかには「代わりにやってほしい」とのご依頼を受け、実際の現場での実践を通じて手本を示すスタイルで支援してきたこともあります。

人材育成における成功のポイントを考えたとき、日立さんのようにうまくミッションと紐づけながら、社員をモチベートしていく秘訣はあるのでしょうか?

安立
まず何をもって成功と定義するか、どこにゴールを置くかが重要ではないでしょうか?人財育成は、リテンション率の向上が最もわかりやすい指標ですが、個人的には「従業員がいかにハッピーな仕事をできるか」という状態を作ることが大事だと考えています。

そのためには、「スキルセットの強化」と「組織制度の整備」が欠かせません。もちろん、従業員のハピネス度をモニタリングするのは難しいのですが、当社では年1回の従業員サーベイを通して、各部門のエンゲージメントや満足度を定点測定しています。

中川
「ハピネス」という言葉は、まさに当社のようなプロフェッショナルを育成し、彼ら彼女らの可能性を最大限に引き出すミッションに沿った話だと感じました。というのも、プロフェッショナルたちがハピネスを最大化し、自分自身の能力を極めた場合、雇用形態自体が変わってくるのではと思っています。

特にAIによる非連続的な成長は、既存の雇用制度や会社の在り方に影響を与えており、雇用形態や契約形態そのものがより弾力性のある形へシフトしていったり、従来の組織ありきの階層型から分散型自律組織 (DAO)へと変貌したりする可能性があります。

当社は過去に、可愛いAIキャラクターが従業員に仕事のこだわりをインタビューし、その情熱ポイントを引き出す取り組みを行いました。その結果と従来のエンゲージメントサーベイを組み合わせ、社員一人ひとりの大切にしている価値観を可視化したところ、あらためて社員の仕事に対する情熱や思いの深さに気づき、全社の施策やパーパスの展開方法を見直すきっかけになったんです。
安立
今やAIは、単にプロンプトに対して回答するにとどまらず、私たちに問いかけてくれるようになりました。それに対して人間が答え、AIがテキストマイニングしてくれることで自分の感情を再認識できるわけですね。
フリーランス人材の活躍が増える中、個人の能力や暗黙知が企業に蓄積しないという課題もあるかと存じます。社会全体の成長を考えたときに、この点についてどのように思われますか?
中川
やはりフリーランスがより自律的に自身の価値を発揮できるよう、両者がWin-Winになるような仕組みづくりが必要だと思います。企業に暗黙知の蓄積や共有が進まない課題に対しては、例えば、ナレッジを適切にストックすることでフリーランス側がリターンを得られる仕組みを構想しています。守秘義務や情報管理の問題があるので、設計には十分な議論が必要ですが、ナレッジをクライアント側も活用できるような世界をつくれたらもっと面白くなると思っています。
なるほど。クライアント企業の中に暗黙知が残るように仕組みを構築するのは、とても面白いアプローチですね。

AIが進化するからこそ人間の「身体性」や「創造性」が際立つ

中川さんのバックグラウンドの中に自衛隊が入っていることになぞらえて、米軍の意思決定フレームワークである「OODAループ」がAI時代にも有効なのかどうかを考えてみたいと思います。

刻一刻と状況が変わる環境のなかでObserve(観察する)、Orient(状況を判断する)、Decide(意思決定する)、Act(実行する)といったサイクルを高速で回すという考え方は、不確実性の高いAI時代において適切だとお考えですか。

安立
端的に言えば、十分に活用可能だと考えています。OODAループがAI時代に向いているというのもあるのですが、AIを使うことで様々なフレームワークをもっと活用できるのではないかとも思っています。例えば広告業界のAIDMAのように、思考や判断のステップを細かく因数分解していけば、AIでも十分に再現可能だという楽観的な見方をしています。AIの使い方次第で、人間の思考を拡張したり、自分自身の気づきを再発見したりすることも可能になるでしょう。
中川
AI時代でも、大前提としてOODAループ自体は適応可能だと思いますが、「我思う、ゆえに我あり」ではなく「我あり、ゆえに我思う」というように順序が変わると考えています。

現代のスピード感では、自分が判断・決断した後にその結果を観測・検証するループが高速で回転していくので、AI時代は「我あり、ゆえに我思う」という表現の方が的確に捉えていると個人的に思います。

安立
たしかに、「自分とは何か」という哲学的な問いや身体性が重要になってきますね。身体を持つ私たちの思考は、脳内の電気信号と肉体と一体化しているところが、AIと決定的に違いますし、我々の「思う」という感覚には必ず理由があり、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」ではないですが、自己肯定感の源泉にもつながります。そういう意味では、人間を拡張してくれる存在がAIなのではないでしょうか。
AIがどれだけ進化しても、判断が最初に来るからこそ、自分の意思や方向性がぶれないわけですね。大量の情報があっても振り回されずに、自分の進む方向や意思決定の基準は揺らがないことが大事になると。
中川
おっしゃる通りで、今後はその判断ができる人材の市場価値がさらに高まっていくと感じています。瞬時に判断するセンスや、自身の経験に基づく踏み込む力、そして困難や逆境を乗り越えるレジリエンスが鍵になると思います。

また、昔と比べて「自分のやりたいこと」を追求できる社会になったことで、「夢とは何か」に気づける時代になりました。業務に追われて、夢を考える余裕のなかった時代から、夢に対して向き合えるようになったことで、それが社会を新しく変容させていく1つの要因になり得ると感じています。

安立
個人的に最近お気に入りの言葉が、UoCの市耒さんが仰った「約分されない創造性」です。AIなどに置き換えられない独自の創造性こそ、人間ならではの価値であり、そこに本質的な強みがある。この創造性が自己肯定感を生み、世の中的にも価値として認められることで、それが社会を変える原動力になると思いますね。
創造性とは何かを考えると、「より良いものを作る」という側面もあれば、「課題解決力」だと強調されることもある。しかし、根源的には市耒さんの視点に通じる「表現したい気持ち」にあると思います。AI時代になっても、個人の好奇心や表現したい気持ちを大事にしていくことで、ひいては個人の能力を伸ばし、強い組織を作っていけるのではないでしょうか。

※肩書は取材当時のものです

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  • 安立 大介
    安立 大介
    株式会社日立製作所
    ITデジタル統括本部 統括本部長
    2000年東京造形大学造形学部デザイン学科卒業、2003年早稲田大学大学院 国際情報通信研究科卒業。
    大学院在学中、株式会社ラクーン(現 株式会社ラクーンホールディングス)入社、UI/UX/CIデザイン経験を経た後、大学院卒業を機に株式会社日立製作所 情報システム事業部(現 ITデジタル統括本部)入社。コーポレートITと外販事業としてのITを両面経験すると共に、7年間の米国駐在を通じてDeep Learning/Machine Learning関連サービス事業立上げ等を経て現職。
  • 中川 貴登
    中川 貴登
    株式会社Ballista
    代表取締役社長
    防衛大学校 航空宇宙工学科卒業。デロイトトーマツコンサルティングやエクサウィザーズなどを経て現職。これまで新規事業開発、組織改革、マーケティングの3つの軸で、多数の支援実績や実行経験を有している。直近では、組織変革の戦略策定や実行、会社設立、新規事業の立上げなどのプロジェクトを担当。コンサルティングスキル、実行スキル、情熱を併せ持つ。
  • 博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer
    Human-Centered AI Institute代表
    1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。  
    内閣府AI戦略専門調査会委員、経産省GENIAC-PRIZE審査員、日本ディープラーニング協会顧問、慶應義塾大学 xDignity (クロスディグニティ)センター アドバイザリーボードメンバー 。  
    著訳書に『ウェブ大変化パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイトトーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。