Hakuhodo DY ONE 広告技術研究部レポート「デジタル社会の未来」vol.2ヒューマノイド
目次
いま、AIに並ぶテクノロジーとして世界的に注目されているヒューマノイド。AIの進化との関連性や、日本および海外の最新動向、今後の可能性まで、Hakuhodo DY ONEの永松範之、王凱、陳辰に、博報堂 研究デザインセンターの島野真が聞いていきます。
■世界のヒューマノイド開発市場
- 島野
- いまヒューマノイドが注目されている理由は何でしょうか。
- 永松
- ヒューマノイド型のロボットはこれまでも話題に上がっていましたが、近年は生成AIまわりの技術の進化によって、ロボット開発領域で大きな変化が起きています。「フィジカルAI」という言葉が示すように、デジタルの中で動くAIではなく、現実世界でAIがどのように作用するかに関心が移ってきているのです。
- 島野
- 去年の CES のキーノートセッションでも、NVIDIA の ジェンスン・フアンCEO が「AI の進化はこれからフィジカル領域に拡大していく」と語っていました。その言葉通り、この一年はAIを搭載したロボット開発市場が非常に盛り上がりましたね。
- 王
- ヒューマノイドに注目すべき理由は、数字を見ても明らかです。
今年に入りさまざまな投資銀行やベンチャーキャピタルがレポートを発表しており、2030年代には、4.7兆ドルという巨大市場になるといわれています。市場をリードしているのはテスラで、イーロン・マスク氏は今年7月、「これまでのヒューマノイドを設計し直して、量産のフェーズへ移行する」「テスラは電気自動車からヒューマノイドメーカーへと変わる」といった発言をしています。アメリカを中心にスタートアップに対する資金調達も活発化しています。NVIDIAやGoogleといったプラットフォーム企業もヒューマノイドの研究開発への投資を積極的に行い、自社AIモデルの進化を目指しています。
- 島野
- 中国でも、ヒューマノイド開発が盛り上がっていますね。
- 王
- 中国ではさまざまなメーカーが切磋琢磨しながらヒューマノイド開発を推進しています。今年の夏に上海で開催された世界最大級のAI展示会「WAIC World(人工知能大会)」には、なんと60社のメーカーが自社開発のヒューマノイドを出展していました。また北京でも「世界ヒューマノイド運動会」が開催され、運動能力や薬の分包といった基礎的な業務遂行能力が競われました。今後も中国は積極的な輸出攻勢を強めていくのではないでしょうか。
- 島野
- 「世界ヒューマノイド運動会」の動画を見ました。陸上の1500m走などでは、成人男性の平均速度にも達しているようですね。斜面や悪路を歩く技術なども性能が上がっている印象を受けました。
日本のロボット開発の歴史も決して短くはありませんが、現状はいかがでしょうか。
- 陳
- 日本も昔からロボット開発に取り組んでおり、分野によっては現在でも世界をリードしています。ただ、現在注目を集めているヒューマノイドはAI活用が主眼であるのに対し、日本ではよりロボティクスに重点を置いた開発が多い印象です。たとえば先の大阪万博では、「未来づくりロボットWeek」にて、トヨタがヒューマノイドによるバスケットボールのパフォーマンスを披露し、川崎重工は介護領域での想定活用例を展示していました。ロボットに組み込むアクチュエーターを製造するTHK は、ロボットによる世界最高水準の走行スピードを訴求し、メカニクス部分での優位性をアピールしていました。
■ヒューマノイド開発に求められるハードウェアとソフトウェアの高度な融合
- 永松
- ヒューマノイドの技術的特徴について教えてください。
- 陳
- ヒューマノイドに必要不可欠なのは、ハードウェアとソフトウェアの高度な融合です。
先ほどお話しした通り、日本はハードウェア開発が得意ですが、ソフトウェア開発は他国ほど進んでいません。世界では、AI の進化によってソフトウェアのレベルが一気に高まり、高度にロボットを高度に動かせる段階になっています。
例えば、ロボットに人間と同じような動きをさせる場合、人間ならばまず環境を認識し、その環境に対して何らかの作用をするとして、「おそらくこう変わるだろう」という予測をしながら動きます。そして実際に動いた結果、変わった状況を新たな環境をフィードバックとして再度認識します。予測と結果を照らし合わせながら学習するというループを何度も繰り返し実施して、作業を習得します。この流れをロボットで実現することはこれまで非常に困難でしたが、「フィジカルAI」や継続的学習を行う「エンボディッドAI」、さらに予測機能を持つ「ロボットファンデーションモデル」などの技術が登場し、ロボットを人間のように動かすための技術がようやく整ってきたわけです。
もう少し具体的に言えば、たとえば従来のロボットは手に持っている物体を離せばそれが落下する、つまり重力の存在から教え込む必要がありました。しかし、AIの進化によって、現実世界の構造や行動結果を予測・学習するAIモデル「世界モデル」を活用することで、1から教えなくとも学習可能になりました。「ロボットファンデーションモデル」などの基盤技術によって、現実世界を認識した上で、人間の指示に応じてさまざまなタスクに対応させることができるシステムが実現しています。

- 島野
- 人間は生まれてから大人になるまで、転んだりけがをしたりして、「これは痛いんだな」「こうすると転ぶんだな」と繰り返し学習をしながら成長します。同じことがAIによって非常に高速にできるようになったわけですね。これまでは一から十まで教えなければならず、しかも世界は無限に広いのでそれも難しかった。従来のロボットが特定領域でしか適応できなかった理由がわかりました。今のロボットなら、濡れた路面で一度転んだら「ここは滑る」「だったらこうすればいい」と自ら学ぶことができるのですね。
- 陳
- その通りです。
一方、ハードウェアの面でも進化が見られます。ロボットの関節や筋肉に相当する、日本が世界トップシェアを誇るのがアクチュエーターです。かつては出力が弱かったり油圧を使う必要があったところ、電動モーターの性能向上や構造進化により、現在ではほぼすべてのロボットで電動アクチュエーターが選ばれるようになりました。そのほかにも、システムオンチップや特殊なニット、高性能樹脂といった部品や素材も誕生しています。
- 島野
- ありがとうございます。
AI領域とヒューマノイドの融合の背景には、AI自体が賢くなり、多くのデータが集まったことで、いよいよヒューマノイドから得られる現実世界のデータを学習データとして活用し、AIのさらなる進化を目指すという狙いもあるようですね。
■ヒューマノイド開発を後押しするEV技術との互換性
- 永松
- ヒューマノイドの現在の進化を語る上で、EV技術の進化も重要なポイントになっています。というのも、EVとヒューマノイドは、技術基盤、いわゆるアーキテクチャーが比較的近しい部分があるからです。
- 陳
- なぜいまヒューマノイドが注目されるのか、なぜ中国が開発に力を入れているのか、それは「オーダー通りに動く」という点に着目するとわかります。実は次世代のクルマといわれる「SDV」と人型ロボットである「ヒューマノイド」は、技術的にかなり似通っているのです。車もヒューマノイドも、事前に予測して事態に対して対処するという点においては同じ機械とも言えます。このため、基盤を含めて流用できる技術が多く存在します。実際にEVとヒューマノイドは70%の互換性がありますから、すでに基盤技術を保有する中国がヒューマノイド開発に力を入れる必然性が見えてきます。
- 王
- 中国ではもともとヒューマノイド含む先進製造技術を強化する方針を掲げています。2023年に「ヒューマノイドイノベーション発展 指導意見」という指針が発表され、「2025年にヒューマノイドを量産し、2027年に世界トップになる」という明確な目標が示されました。それを受けて各省・市は、スタートアップに補助金出したり、税制の優遇を行ったり、ファンドを作ってスタートアップへ直接投資するなどの支援を展開しています。スタートアップ以外にも、部品メーカーなどサプライチェーンの支援も行っています。象徴的なのが、ヒューマノイド開発に関わるプレイヤーを集めた産業集積地が各地に続々と誕生しています。私が訪問した深圳市では、市の下に人工知能やロボットを管理する行政機関が設けられ、大学の研究者とスタートアップを連携させるための組織や研究員を育成しています。開発の過程で出てきた課題や、自社で解決できない案件を研究員に持ちかけ、共働して解決策を探る活動もしています。また同じく深圳市には「ロボット街区」があり、ロボットの社会的な実用性を確かめるためのデモンストレーションを行う施設なども整備されています。

- 島野
- 中国はまさに産官学連携によって、手厚い開発体制を整えているのですね。アメリカの場合はいかがでしょうか。
- 陳
- アメリカは主にプラットフォーマー主導です。先述のロボットファンデーションモデルやエンボディッドAIの研究はやはりGoogleやNVIDIAが主体となって開発しています。サプライチェーンの構造上、多くの企業がNVIDIA の基盤上で学習することになる。またアメリカはスタートアップへの投資も活発ですから、商業的な部分で資金投入していく動きが強く見られます。
- 永松
- 実際にどのようなシーンでの活用が実現しているのでしょうか。社会実装のユースケースを教えてください。
- 王
- まずは産業領域です。主に仕分けや運搬、品出しなど、工場内でのさまざまな作業を担っています。建設現場といった危険な環境での活用も始まっています。またマーケティング領域では、キャラクターやインフルエンサーとして活用したユースケースもあります。表情や動きで人間とコミュニケーションをとり、高いエンゲージメントを生み出しています。日本でも店舗内の接客を行なうロボットが登場し、中国では中国工商銀行の案内ロボットも登場しています。ライブコマースでヒューマノイドがロボットドッグを紹介し販売するといった事例もあります。。ただし、ロボット本体の価格が数百万円~数千万円と高額なため、当面はロボット人材派遣やリースといった導入しやすい形が中心となって広がっていくと思います。。家事や犬の散歩などを行う、映画に登場するような生活者向けヒューマノイドについては、本格的な普及までにもう少し時間がかかりそうですね。
■新たな生活者インターフェースとしてヒューマノイドをとらえる
- 永松
- ヒューマノイドはこれから私たちにとってどのような存在になっていくのか。
一つは労働力問題を解決する存在といえると思います。世界的にも人手不足の課題はありますし、危険な環境での代替や、僻地での労働補完といった役割が考えられます。また、社会的孤立の緩和にも役立つ可能性があります。特に高齢化社会においては、会話相手や介護現場での活躍が期待されています。

将来、私たちの介護を担うのはヒューマノイドかもしれないし、孫世代が成長するころにはヒューマノイドが子どもの相手をしてくれたり、家庭教師になる時代になっているかもしれません。映画やアニメで描かれるシーンがどんどん現実化するイメージですね。
- 島野
- 本当にそうですね。一方で、課題としてはどんなことが考えられますか。
- 陳
- ヒューマノイドが子守りやサプライチェーンで働くようになった時、故障や事故が発生した場合の責任の所在が議論になるでしょう。権利や個人情報の問題も当然あります。特にサイバーセキュリティは重要な課題です。ハッキングされた場合、深刻な事故につながる可能性がありますし、よりダイレクトかつ広範囲に影響が及ぶ可能性がありますから、さまざまな対策が求められるでしょう。また、雇用喪失リスクや社会的・倫理的配慮も必要です。まさしく手塚治虫先生の作品にもあるような「ロボットに権利は存在するか」というような議論も現実になるかもしれません。技術の進歩は止められませんから、将来的にこうした課題に対してどう対応していくかを考えていく必要があります。
- 島野
- 確かにそうですね。ただ、個人情報保護やサイバーセキュリティに対策は、現在進行形で進められていますよね。事故発生時の責任の所在も、たとえばパソコンがネットにつながらない時、機器メーカー、ソフトウェアメーカー、プロバイダーのどこに責任を問うべきかといった話と似通っています。ヒューマノイドに関する課題も、私たちがすでに向き合っているさまざまな課題と同様に、どう受け入れていくかが求められていくのではないかと感じました。
- 永松
- 最近ではAIエージェントという形で人のタスクを代替や支援する役割が注目されていますが、現実世界における代替を担うヒューマノイドの実装が広がってくると、人とヒューマノイドが協働する社会になっていきます。労働力問題の解決や社会的な孤立の緩和などは、人型ヒューマノイドだからこそ実現できる役割と言えます。いわゆる専門特化型のロボットではなく、人型である価値を今後どう作っていくかも大きなテーマなのではないでしょうか。
日常生活の中で、暮らしのハブとして、今後ヒューマノイドが大きな存在になっていくとすると、博報堂DYグループとしても、生活者とヒューマノイドが今後どう関わっていくのか、またどのようなマーケティングの可能性がありうるかを考える時期が来ていると感じます。
- 島野
- ヒューマノイドそのものがまさに生活者にとっての新しいインターフェースになっていくわけですから、新たな生活者インターフェース市場を見出していく価値は十分あると思います。ロボットが数百万円で手に入る時代は意外とすぐそこにあるということを前提に、その時に暮らしは、社会はどうなっていくのか、企業はどのようなマーケティングをしていく必要があるか、考え始めた方がよさそうですね。

大きな学びのある回でした。お三方、ありがとうございました!
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Hakuhodo DY ONE
テクノロジーR&D本部 研究開発局 広告技術研究部長2023年 株式会社Hakuhodo DY ONE入社。テクノロジーR&D本部 研究開発局 広告技術研究部にて、先端テクノロジーや海外エージェンシー・法規制の調査を軸に、広告領域への応用可能性を分析。AI・センサー・半導体・ゲーム・UGCなど幅広い技術潮流を俯瞰し、企業の事業機会創出に向けたナレッジ提供および新規領域の研究開発を推進
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Hakuhodo DY ONE
テクノロジーR&D本部 研究開発局 広告技術研究部2019年 株式会社デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(現 株式会社Hakuhodo DY ONE)に入社。
海外のビジネストレンドやスタートアップの動向調査を中心に、 社内の新規事業の立ち上げ支援にも従事。
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Hakuhodo DY ONE
新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局長2004年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(現 株式会社Hakuhodo DY ONE)入社、ネット広告の効果指標調査・開発、オーディエンスターゲティングや動画広告等の広告事業開発に従事。近年はAIやIoT、XR等のテクノロジーを活用したデジタルビジネスの研究開発に取り組む。専門学校「HAL」の講師、共著に「ネット広告ハンドブック」(日本能率協会マネジメントセンター刊)等。
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博報堂 研究デザインセンター 研究主幹
兼 博報堂DYホールディングス テクノロジーR&D戦略室
兼 博報堂DYホールディングス グループ広報・IR室博報堂に入社後マーケティング部門に在籍し、通信、自動車、ITサービス、流通、飲料など数々の得意先の統合コミュニケーション開発他に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング領域の新設部門でマーケティングとメディアのデータを統合した戦略立案の高度化、ソリューション開発、DX推進等を担当。2020年よりメディア環境研究所所長 兼 ナレッジイノベーション局局長として、メディア環境の未来予測他の研究発表を行う。25年より現職。


