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ファッションは「差別化」から「共通コード」へ ~37年間の若者ファッション画像解析・後編~【デジノグラフィ・トーク vol.13】
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ファッションは「差別化」から「共通コード」へ ~37年間の若者ファッション画像解析・後編~【デジノグラフィ・トーク vol.13】

博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)が提唱する、デジタル上のビッグデータをエスノグラフィ(行動観察)の視点で分析する手法「デジノグラフィ」。
生活総研では、これまでも数々のデータホルダーと共同研究を行ってきましたが、今回は若者のファッションを1980年から街頭で定点観測しつづけているアクロス編集室とコラボレーション。同編集室が40年にわたって撮影・蓄積してきたファッション画像は、まさにビッグデータと呼ぶにふさわしいボリュームを誇ります。今回は、そのうち1万5000枚を解析。そこから見えてきた「若者のファッションの変遷」を、前編・後編に分けて紹介します。
後編では、メディア環境学者の久保友香氏、アクロス編集室の高野公三子氏、中矢あゆみ氏、大西智裕氏と、生活総研の佐藤るみこが、今回の分析結果をもとにフリーディスカッションを行い、ファッションの変遷から「時代の空気」を読み解きます。

久保友香氏/メディア環境学者
高野公三子氏/株式会社パルコ 「ACROSS」編集長
中矢あゆみ氏/株式会社パルコ 「ACROSS」編集室
大西智裕氏/株式会社パルコ 「ACROSS」編集室
佐藤るみこ/博報堂生活総合研究所 上席研究員

メディア史とファッションの相関が一目瞭然

佐藤
今回、アクロス編集室からご提供いただいた、過去37年分の若者女性のファッション画像1万5000点を解析した結果、次のような傾向が見えてきました(前編参照)。

①近年は暗い色が減少し、明るい色が増えている。
②色の数は1990年と2012年にピークを迎えているが、近年は減少傾向にある。
③ここ2年ほどは「白やベージュなどの明るいベースカラーを少ない色数でまとめるスタイル」に収斂している。

以上の分析結果について、久保先生から興味深い考察をいただいていますので、改めて先生からご解説いただければと思います。

久保
私はファッションに詳しいわけではないのですが、私の専門である「メディア環境学」の観点から、今回の分析結果を興味深く拝見しました。

先ほど、色数の変化を見ると、2回のピークがあったというお話がありましたよね。そこで、最初のピーク(1990年)のあたりを起点に、対象期間を「色数が多い時期」と「色数が少ない時期」で区切ったところ、次の4期に分けることができました。

Ⅰ期:1989年~1995年頃 色数が多い
Ⅱ期:1996年~2007年頃 色数が少ない
Ⅲ期:2008年~2015年頃 色数が多い
Ⅳ期:2016年~ 色数が少ない

この区切りが何と相関しているのかを私なりに考えたとき、「ファッションを囲むメディア環境と関係があるのではないか」という仮説が浮かびました。特に、一般の女の子たちがファッションのお手本にするメディアの変化と関係があるのではないかと考えています。

まず、「Ⅰ期(1989年~1995年頃)」は、従来型のファッション誌が大きな力を持っていた時代です。そこでは大部分が、アパレル企業が提供した服をプロのモデルが着用して、それをプロのカメラマンが撮影した写真で構成されていました。つまり、「服装」そのものが大きくクローズアップされていたわけです。

それが「Ⅱ期(1996年~2007年頃)」に入ると、ストリート系のファッション誌に取り上げられる街の一般人が影響力を持つ時代になります。服の細部よりも、街の離れたところからでも見てわかる、「全身」のスタイルが重要になります。

さらに「Ⅲ期(2008年~2015年頃)」になると、ガラケーで自撮りをする時代になります。この時期は「今日のコーデ」をケータイブログに上げて、それを見せ合ったりするコミュニケーションが盛んになりますが、ガラケーの小さい画面やカメラで見たり撮ったりするという制約上、再び「服装」がクローズアップされていきます。

そして直近の「Ⅳ期(2016年~)」では、ついにスマホとインスタグラムの時代が到来。高画質な大画面の中では、服装だけでなくロケーションも含めたシーン全体でファッションが表現されるようになります。さらに、動画が主流になると、ますます服の細部よりも「全体」の印象が重要になっていきます。

以上をまとめると、「服装」がクローズアップされる時代は、細部の変化でファッションを表現するため色数が増え、「全身」や「シーン」が注目される時代は、大枠の色でファッションを表現するため服装自体の色数は減る、という分析になります。

ファッションは「差別化」から「共通コード」へ

佐藤
お手本となるメディアが変わることによって、ファッションの見せ方が変わるという久保先生の考察はたいへん興味深いですね。その中で、ここ2年ほどでファッションが「均質化」している傾向については、皆さんはどうお考えになりますか?
高野
40年のストリートファッションの歴史を振り返ると、昔は憧れの対象、今でいうインフルエンサーはすごく限られていました。それが、メディア環境の変化、特にSNS以降は誰もが情報発信できるようになったことで、アイコニックな存在がわかりにくくなったという背景があります。

つまり、情報発信者があまりにも増えたことで多様化も進んだ一方、サプライヤー側もそれを活用し一緒になって発信していったことで、一人ひとりには個性があるのだけれど、全体としてはある一定の範囲内におさまっているという現象が起きている。それが、現在見られるようなファッションの「均質化」をもたらしているのではないでしょうか。

実際、定点観測で「ファッションの参考にするインフルエンサーは?」と尋ねると、答えはそれぞれ違うのに、彼・彼女らの服装は非常によく似ているんですよ。

久保
今回、80年代からのファッションの変遷を追っていて思ったのですが、おそらく「こだわりのコーディネートを人に見せたい」という欲求そのものは普遍的に存在します。ただ、その伝え方が大きく変化している。

雑誌や街でコミュニケーションしていた時は、人の視線をこちらに「集中」させる――つまり、とにかく目立つという方向性だったのが、SNSでは、いろんな人の目に触れるように「拡散」させるというように、矢印の向きが逆になっているのではないでしょうか。そういう意味で、溶け込みやすい「白(明るい色)」を着る人が増えているのではないかと思います。

高野
ビジネスでいうイノベーターみたいな、目立って影響力の強い個人がもてはやされる時代ではもはやなくて、もっと共感を呼ぶインフルエンサーが求められていますよね。「みんなちょっとずつ違うんだけど、やっぱり一緒」と言ってくれる人みたいな。そういう発信者が、YouTubeでもたくさんの視聴者を集めています。

久保先生もおっしゃるように、以前のファッションは「他の人との差別化」が一番大事だったのが、最近は「他の人と共有できる服装のコード」が重要になっている。その流れはひしひしと感じています。

2021年に「白」がもてはやされる理由

佐藤
生活総研のヒアリングでは、「陽キャに見られたい」という理由で白やベージュなどの明るい服を選ぶという大学生も、何人かいました。
大西
個人的には「陽キャに見られたいから白を着る」という感覚は、違和感があります。僕が学生だった頃は、陽キャといえば黒スキニーをはいている男の子でしたから。陽キャらしい色も、時代によって変わっているんでしょうね。
久保
やはりSNS時代になって、みんなが「世界を向く」ようになっているのではないでしょうか。

以前だと、まずは仲間内でイケていることが重要で、次に地元でイケてる人になって、次は渋谷で、あわよくば日本全国や世界でも……というふうに、自分のファッションを見せる先を徐々に広げていたのが、今だといきなりみんなが世界を向いているような感じがあります。

だからこそ、環境問題や社会問題みたいなところまで意識するようになって、「万人が共通して良しとする価値観」みたいなものを目指している。それが、当世ふうの陽キャであり、その延長に「白」というチョイスがあるのではないかなと想像しますね。

佐藤
言うなれば「SNS時代の無難色」として、白のプレゼンスが増しているのかもしれませんね。
中矢
黒を着る人の場合、「黒しか着ない」という人もいますが、白を着る人って、毎日白ばかり着ているわけではなく、黒も着るし他の色も着ると思うんです。その中で、一人ひとりの「白を着る頻度」が増えているのだとすれば、「気持ちのリセット」みたいな目的もありそうな気がしますね。
高野
最近ファッションにおけるウェルビーイングという感覚が気になっていて、私自身も素朴に白い服を着てすがすがしい気持ちになっています(笑)。
佐藤
今回のディスカッションでは、ファッションを起点に、若者の心理から社会情勢まで「時代の空気」を幅広く論じることができ、議論の活性剤としてのデータ分析の可能性を再認識することができました。本日は、本当にありがとうございました。
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  • 久保 友香氏
    久保 友香氏
    メディア環境学者
    2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など経て、独立。日本の視覚文化の工学的分析や、シンデレラテクノロジーの研究に従事。著書に『「盛り」の誕生―女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識―』(太田出版、2019年)。
  • 高野 公三子
    高野 公三子
    株式会社パルコ 「ACROSS」編集長
    パルコのファッション&カルチャーのシンクタンク「ACROSS」の代表。共著に『ファッションは語りはじめた~現代日本のファッション批評』(フィルムアート社)他。昭和女子大学、文化学園大学講師。編集室近著に『ストリートファッション1980-2020 定点観測40年の記録』(PARCO出版)。
  • 中矢 あゆみ
    中矢 あゆみ
    株式会社パルコ 「ACROSS」編集室
    1990年末より「定点観測」に参加。ファッションやライフスタイル、ウェルネス&ビューティ分野の定性調査を中心に外部企業との共同調査研究も行う。
  • 大西 智裕
    大西 智裕
    株式会社パルコ 「ACROSS」編集室
    大学院でファッション研究を行う傍ら、2014年から「定点観測」に参加。現在は古着屋や東京コレクション等、ファッションに関する取材・記事執筆を手がける他、他企業との商品開発などのプロジェクトにも参画している。
  • 株式会社博報堂 博報堂生活総合研究所 上席研究員
    2004年博報堂入社。飲料、食品、製薬、化粧品など様々な企業の商品開発、コミュニケーション戦略立案、ブランディング業務に従事。2019年より現職。
    共著に『デジノグラフィ インサイト発見のためのビッグデータ分
    析』(宣伝会議)。