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デジタル時代のマーケターが身につけたい「プロトタイピング発想」とは?
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デジタル時代のマーケターが身につけたい「プロトタイピング発想」とは?

「これまで」の方法論が、あらゆる局面で立ち行かなくなっています。それはメディアに携わる、私たち広告会社や制作会社にとっても他人事ではありません。その流れに拍車をかけるのが、テクノロジーの急速な変化です。

博報堂アイ・スタジオでクリエイティブ・ディレクターを務める望月重太朗が、その変化に対応するために実践しているのが「プロトタイピング発想」です。情報爆発の現代においても、自分たちらしい仕事をいかに遂行するか。今回は、クリエイティブだけでなく、マーケターやあらゆる職種にとっても同様の発想が求められる理由を語ります。

未来に対する順応性を上げるための発想法

プロトタイピング発想は、到来するかもしれない未来に対して仮説を立て、先行してその道筋を「自分たちで」作っていこうとする活動を指します。

たとえば広告は、新聞、ラジオ、雑誌、テレビというメディアの流れに、近年では大きな変化が起きています。インターネットの表現空間が進化し、スマートフォンが発達しただけではありません。「メーカーズムーブメント」と呼ばれるように、3Dプリンターやレーザーカッターを用い、ArduinoやRaspberry Piといった小型PCが手に入ることで、造形物も作りやすくなりました。それを支える通信インフラも進化しています。

つまり、2010年前後から、SNSやIoTなどを始めとする「コミュニケーションする場」が増えたことで、コミュニケーションの多様化と、メディアのフリー化が起きているのです。

全てに当てはまる話ではありませんが、このインターネット以降の技術革新に、広告会社は付いていかなければいけません。これまでの広告会社はメディアを受け持ち、そこに載るコンテンツを提供することが仕事でした。メディアがフリー化すれば、従来の戦い方は通用しない部分も出てきます。

一方で、IBM、Adobe、Googleといったテクノロジーの巨人たちが、自ら採取したデータでコミュニケーションを推し進めています。彼らのようなプラットフォーマーが作り出すビジネスの状況にいち早く対応し、新しい可能性にいち早く手を伸ばしていくためには、「自分たち」が未来に対して仮説を立て、順応できるように訓練しなければいけません。その近道こそ、試作(プロトタイピング)を行い、その操作性や機能性を体験しながら、必要なものをビジネスへ反映していく発想だと、僕は考えています。

自分たちの領域を拡張することと、現状を打破していく自分たちの自力を上げること。それらのケイパビリティを高める過程で、ビジネスの可能性が見えたり、評判が得られたり、あるいはリクルートにつながるポイントも見えてくるような余波が期待できるのです。

プラットフォーマーが築く新たなデファクトスタンダードに左右される時代に

僕が「プロトタイピング発想」の必要性を感じたのは、Flashに関するある出来事がきっかけです。2008年頃まで、Flashという技術がコミュニケーションやプロモーションにおける表現の主軸でした。操作性の良さや導入の易しさから、エンジニアリングに携わったことのない美大生など多くの人がFlashに参入し、実際にデジタルのクリエイティブも向上しました。

そこに、iPhoneが生まれ、PCからスマートフォンへと流れが変わっていきます。AdobeとしてはiPhoneのアプリをFlashを流用して書き出せる機能をリリースして、一つの強みとする目算がありました。

しかし、そのタイミングでAppleは、Flashによって書き出されたアプリをApp Storeに申請しても、全てリジェクト(※申請を却下し、配信を認めないこと)することを発表しました。Flashを使って仕事をしてきた人々は変更を余儀なくされたのです。

この状況を見た瞬間に、「今まで信じてきた技術や環境ひとつとっても、プラットフォーマーが方向を変えたら何もできなくなる仕事をしているのだ」と、多くの人が気づきました。だからこそ、プラットフォームを持つことで強みを得るのか、あるいはプラットフォームに依存しない自分たちのプランを作っていくのかといった、先見性が求められるようにもなりました。

この一件もあり、僕は2011年頃から、次に来るプラットフォームを予測して、そこに対応できる状況を作るように自ら手を動かし、踏み込んでいく必要性に駆られたことから、プロトタイピング発想による実践をはじめました。

情報爆発の今、聞きかじりの知識では限界がくる

では、なぜ「自ら手を動かすこと」が未来の洞察につながるのでしょうか。

インターネットで語られていること、あるいはニュースとして届くことは、事象の一側面でしかありません。そこからある程度は未来の洞察も可能でしょうが、自ら手を動かす過程で技術を知ったり、専門性を持つチームとワークしてみたりすると、使おうとしているプラットフォームがどのようなポテンシャルを持っているのかが体感できます。

たとえば、食事に置き換えましょう。美味しいと噂の料理も、食べてみたらそれぞれ感じ方が違うはずです。「美味しいけれど毎回食べるには胃がもたれる」と思うかもしれない。それは、グルメサイトの口コミや著名人の評価だけを見ていても感じられません。まずは自分が食べて判断しないと、可能性の伸びしろにタッチできないのです。

近年でいえば、AIやIoT、ロボティクス、データコミュニケーションといったトレンドに対して、聞きかじった知識で企画を立てるのは、やはり危険だと感じます。SNSによって、現代のユーザーや社会にあまりそぐわない「不味いもの」の情報流通は早く、場合によってはそれが最悪のケースを引き起こすかもしれません。それを防ぐためにも、少しでもそれらに触れてみることで自分に情報を貯め、より深い会話ができるようになることが必要です。

絶対に取りくむべきことを経営層に説得する、クライアントに起きうる問題へのリソース確保を提言するなどを、自らの体験をベースに話しましょう。自分と向き合っている世界と、これから来るかもしれない未来としての接点に、親和性があるのです。

また、それは新たなビジネスを作る上でも有用です。既存の産業がいきなり消滅することはありませんから、「どれを軸とするか」を考え、どの方向性にシフトしていくのかを選択するのにも役立ちます。

プロトタイピングは広告技術と相性が良い

プロトタイピング発想は、新規事業開発よりもユニバーサルな考え方といえます。

経験則が増えることで、より専門性のある分野や得意な人と組むこともでき、その人たちとも共通言語でしっかり話せるようになります。さらに、これは博報堂 アイ・スタジオの特色でもありますが、僕らのビジネスのユニークなところは「出口がたくさんある」ことです。クライアントからのオファーで受託開発を請け負うこともあれば、共同開発でプロダクトを製作することもあります。あるいは自分たちでオリジナルのものを作ったり、スタートアップのビジネスを共に成長させていったりなど、ビジネスにも出口が複数あるのですね。

それを横並びにして、入口から出口までのライン設計において、縦にスライスしてみるだけで別のビジネスを始めやすいわけです。僕らはこれを「P2B(Prototype to Business)」と呼んでいます。プロトタイプで得た経験を経た枝葉のように考えることで、受託業務から新規サービスを生んだり、新たなパートナー開発につなげられたりするかもしれません。

そして、この「スライス」や「枝葉のように考える」のは、広告を支えている技術の強みでもあります。ユーザーのインサイト発見、複雑なものをシンプルに伝えていくコミュニケーションデザインの視点、特定のターゲットに対するメディア戦略など、伝えたい現象を増幅するのが広告の技術です。その出口を「広告でないところ」に置き、技術を転用していく感覚に近いといえます。直面するテーマと新しいテクノロジーを結びつける意味でも、僕は“Connective Design”と呼び、その一側面として捉えています。

ただし、絶対に“How”から始めてはいけない

ひとつ、プロトタイピング発想で陥りがちな注意点としては、「技術に注目しすぎること」が挙がります。

たとえば、「働き方改革に関連して、トレンドであるAIや顔認証システムを使った何かを作る」といった課題設定です。これでは誰に向け、何を作るのかが抜けている。言うなれば“How”しかない状況です。

大切なのは、“Why”を見ることです。なぜ、あなたがこのチームで、あるいはこの企業で、置かれている課題に対して真摯に立ち向かわなければいけないのか。それを考え抜いた上で、最適な技術や使うべきテクノロジーを見定めていくという順序が必要です。

そして、メディア環境だけでなく、仕事においても関わるプレイヤーが変化しています。プロジェクト単位で人が集まれば、同じメンバーでチームを組むこともありません。僕が見たチームでは、映画監督、ロボット研究者、航空工学の専門家といった人がいたこともあります。ただ、彼らを交える場合も“How”から入ってしまうと、その専門性をいかに活かすべきかを見失いやすいのです。

「テーマに寄り添う“why”があり、それを叶えるためのチームである」というように、“why”と“what”が組み上がると、チームとしての合意形成もしやすい。この課題に向き合うからこそ自分たちが集まり、それぞれの技術を使うという芯が通ります。すると、一気通貫することでビジョンが強くなる上に、チームとの連携も取りやすい。クライアントがいる場合も、しっかりと意義を説明できるようになるのです。

プロトタイピング発想が必要な状況はさまざまありますが、その理由は、現在においては完成された一つのプロダクトやサービスで「いきなり100点を取る」ことが難しいからかもしれません。むしろ、小さなところから始めて、60点をまず取りながら、それを改善して100点に近づけていくほうが近道ということもあります。

それに、失敗の経験則があれば「この企画では失敗する」とクライアントにも言いやすくなる。ひいては、先にその失敗をしておくことで、新しい可能性も提示できるようになります。そのためにも部長職やリーダーといった人には、それを良しとするチームづくりを心がけてほしいですね。

先に述べたように、これまでの企画の考え方や、従来型のメディアでは通じた文脈が、別の畑へ移ったときに全く通じないことが増えてきています。しかし、従来に得た経験値が自分を支えているのも事実ですから、その持ちうる言葉だけで語ってしまうことも多い。結果的に、コミュニケーションがユーザーに刺さらなかったり、費用をかけた割には無駄打ちになったりしてしまうこともある。

これまでの自分のキャリアを捨てるわけではなく、今までやってきたことのエッセンスを、いかに今のプラットフォームで活かし、その経験を若い人たちに分け与え、新しい才能を伸ばしていくのか。コミュニケーションの多様化と、メディアのフリー化を迎えた今、プロトタイピング発想による経験則と、それらをつなぐテクノロジーを実装していく“Connective Design”で、みなさんにも新しいビジネスの可能性が拓けることを信じています。

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  • 株式会社 博報堂アイ・スタジオ Future Create Lab 局長 / クリエイティブディレクター 武蔵野美術大学 非常勤講師
    2003年、博報堂アイ・スタジオ入社。主にデジタルを活用した様々なプロモーション/ブランディングの企画立案・制作に従事。2014年より、同社R&D部門であるFuture Create Labを率い、過去5年間で120を超えるプロトタイプ、新規プロダクト/サービスを制作。体験とテクノロジーの双方をつなぐ独自のデザインメソッド「Connective Design」の手法を軸に、新しいビジネスの企画・開発を行っている。国内外の広告賞にて受賞多数。その他活動として、武蔵野美術大学非常勤講師、宣伝会議教育講座 講師、Border Sessions 2018 オフィシャルスピーカー、SXSW2017オフィシャルスピーカー、Cannes Lions 2016 オフィシャルスピーカー、China International Ad Festival オフィシャルスピーカーなど。