狙いは「粒違い」の人材による「創発」―博報堂のデータ人材戦略【後編】
※本記事は『Insight for D』(インサイト フォー ディー)に2017年9月20日に掲載された記事を、許可を得て転載しています。
記事内容の要約
- Bコース採用の入社試験問題は、作成のために部門を越えて専門チームを組成
- 挑戦心をかき立てる綿密な採用プロセスによって、非広告志望層へのリーチが可能に
- 多用な人材がかけ合わさることで “創発”をおこし、化学反応を生む
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「暗号解読」や「じゃんけん大会」などをテーマにしたユニークな試験問題で注目される博報堂/博報堂DYメディアパートナーズの新卒採用「Bコース」だが、求めているのは単に専門スキルを持った学生ではないという。世間のデジタル化やデータドリブンマーケティングを見据えた取り組みではあるものの、その背景には本業や企業文化を踏まえた複雑な意図がある。必要な人材を呼び込むための問題作成の方法や、応募者の実像と入社後の動向、さらに、同社が考えるデジタル時代の人材像について聞いた。
条件は“学生がワクワクすること”――問題作成の裏側
Bコース採用のポイントは、なんといっても問題の内容だ。データ分析の素養や数学的センスを問うといっても、同社の採用チームは必ずしもその道の専門家ではない。Bコース採用の作問にあたって採用チームが協力を仰いだのが、博報堂グループの社内シンクタンク的な存在である研究開発局だった。同社の研究開発局研究員の坂井良樹氏はこう語る。
「作問はすべて社内で行っています。研究開発局には、データ解析領域の課題解決を専門とするメンバーがおり、私もその1人です。採用チームと一緒にテーマやモチーフを決めたうえで、研究開発メンバーが具体的な問題に落とし込んでいきます」
そして坂井氏はこう続けた。
「作問にあたって重視したのは、挑戦してくれる学生がワクワクしながら取り組んでくれることでした。必ずしも広告業界に興味がない学生でも、弊社で活躍するポテンシャルを持つ方はたくさんいると思います。そういった方でも、『博報堂でこういう問題があるよ』とついつい友達に話したり、SNSでシェアしたくなったりするような、ワクワクする要素や話題性を試験内容に取り入れたいという思いがありました。
たとえばテーマはその年に話題になりそうなものに合わせています。2018年度(2017年実施)の試験は『どうぶつせんきょ』(*1)というテーマにしたのですが、この年には世界的に話題になった選挙がいくつもあり、『選挙』という仕組みについて社会全体で興味が高まっているよね、という実感が作題のきっかけとなりました。
また『どうぶつせんきょ』の課題では、自分の解答がいま全応募者のなかで何位なのかがわかるようにしているのですが、それも仕掛けの1つです。仮に自分がよい成績を取れていることがわかれば、さらに試行錯誤を促す意欲にもつながりますし、友達へ自慢してくれるかもしれません。広告業界が第一志望でなかった方でも『1位が取れた』ということがきっかけで、弊社でのキャリアを真剣に考えてくれるかもしれないと期待しました。
また当然ですが、頑張っただけ報われる内容にすることも大切です。成績が偶然の運に左右されてしまう問題では、鋭い学生さんには甘さを見抜かれてしまいます。素養のある方やきちんと知恵を絞って工夫をした方がよい結果が出せる問題になるよう、問題の理論的背景は慎重に設計していますし、われわれも事前にトライしてみたりしています。学生にワクワクしてもらうことと、頑張りがいのある問題にすること。その2つの要素を両立させることがポイントです」(坂井氏)
Bコースのプロセスは、ウェブサイトの問題が入り口であり、そのあとには論述や面接も控えている。設問は、試行錯誤や道筋の立て方といった思考プロセスやクリエイティビティ―を評価する意図でつくられているので、面接時にはそれを確認するために具体的な解法を聞いているという。
研究開発局研究員の熊谷雄介氏はこう話す。
「すでに専門的スキルを身につけた方であれば、機械学習や統計解析の手法を適用してみたり、自分でプログラミングをして効率的に解いたりと、非常に高度な技術を駆使されていて私たち出題者も驚くことがあります。対照的に、地道に紙とペンを使って計算してきたり、表計算ソフトで1つひとつ関数を組んだりして解いてきた人もいて、スマートとはいえませんが、その根性も素晴らしい才能です。スキルがあってサラッと解ける人、歯を食いしばって解く人、それぞれに個性や魅力があります。即戦力を期待する中途採用ではなく、あくまでも学生なので、素養や伸びしろを評価するようにしています」
確固たる解答が存在するわけではなく思考プロセスが重視されるという点では、グーグルやマイクロソフトが行っているというフェルミ推定試験(*2)に似ている。しかし、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズの場合は、仮説を立てる能力や、より実践的な分析のスキルが求められているようだ。
粒違いの個性がもたらす“創発”
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズでは「未来を発明する会社へ」というビジョンを掲げており、社内には、社員1人ひとりが新しいビジネスのあり方や仕組みを考えようという意識があるという。
そのために重視しているのが、社員同士による“創発”だ。創発とは、たとえば社員が3人集まったとき、1+1+1が4にも5にもなる成果を生み出すこと。「粒違いの人材」という考え方も、ここからきている。
博報堂人事局人事部マネジメントプラニングスーパーバイザーの西本裕紀氏はこう明かした。
「弊社はチームワーク主義ですが、同じような人材ばかり集まってもチームワークの力は発揮されません。データ分析の専門家、クリエイティブの専門家、得意先の内情を知っている営業という3人が集まって何ができるか。Bコースを突破する学生にも、新しい化学反応を起こしてくれることを期待しています」
世界的なマーケティングカンパニーをめざす博報堂グループにとって、デジタル化の波は当然避けては通れない。Bコースも、長期的な視点で見れば、デジタル化に対応する人材の質と数の向上を見据えてのことだと西本氏はいう。 「マーケターやプランナーといった職種であれば、たとえばプログラミングなどの領域はまったく関係がなかったかもしれません。しかし、今やそれらを素養として身につけてかけ算をすることで、大きなアドバンテージを得られる可能性を秘めた時代なのだと思います」 それは具体的にはどのようなことか。西本氏はこう続ける。 「たとえば最近のデジタル系のクリエイターには、PHP(*3)などを使ってプログラムを書ける人も増えています。デザイナーもそういう技術を理解していますし、JavaScript(*4)でどこまでの表現が可能か把握しているほうが、新しいクリエイティブをつくりやすい。同じように、マーケターもデータに基づいて次の戦略を立て、次の施策のためにどのようなデータを取得するべきかといったアイデアを持っているほうが活躍できます。 Bコースによってデータに関する専門性や素養を持つ人材が増えれば、クリエイターとして新領域のクリエイティブ表現ができ、マーケターとしてクライアントの経営課題を数字で語ることができる――まさに広告会社におけるビジネスの可能性が広がると考えています。いろいろな採用プロセスで集まった個性がかけ合わさるからこそ、新しい価値を模索できると思います」 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズでは、デジタルやデータ分析の素養を持つ人材を求めているが、決して「全社員データサイエンティスト化」をめざしているわけではない。広告・マーケティング会社の目的は、データの専門家となることではなく、専門家と協業しながらクライアントの課題を解決することだ。そのためには、「データの専門家」ではなく「データ活用の素養を持つビジネスプロフェッショナル」を博報堂グループの企業文化のなかで育てていくことが重要であり、そのための具体的手段がBコース採用というわけだ。 長きにわたって培われてきた広告会社の体質や文化を、新卒採用というフィールドから、時代に合わせて少しずつ変えていこうという試み。どのような形で実を結ぶのか、これからも注目していきたいところだ。
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博報堂人事局人事部マネジメントプラニングスーパーバイザー2009年に博報堂に入社。コーポレートコミュニケーション局(現・PR戦略局)にて食品会社、通信会社、飲料会社などの広報・情報戦略の立案、PRプラニングなどを担当。その後、TBWA HAKUHODOや博報堂広報室などを歴任し、2015年より人事局人事部にて新卒採用などを担当。
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博報堂研究開発局研究員大手通信会社研究機関を経て2015年に博報堂に入社。研究開発局にて機械学習技術を用いたマーケティング領域、特にメディアプラニングにおける研究開発に従事。2016年より新卒採用Bコースの企画・運営に携わる。主に書くプログラミング言語は Ruby。
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博報堂研究開発局研究員2014年に博報堂に入社。研究開発局にて統計科学や機械学習領域のマーケティング応用の研究に従事。2015年より新卒採用Bコースの企画・運営に携わる。主に書くプログラミング言語は Python。