マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【vol.16】事業成長を加速させるパーセプション起点のソーシャルリスニング
マーケティング活動において、データとテクノロジーが果たす役割は年々高まっています。データ基盤整備やCDP(カスタマーデータプラットフォーム)活用、マーケティングオートメーション、AI活用といった言葉は、もはや特別なものではなくなりました。一方で、それらを「実際の事業成長」に結びつけられている企業は、想像以上に少ないのが実情です。本連載では、博報堂マーケティングシステムコンサルティング局(以下、マーシス局)のメンバーが、事業グロースに向けた「生活者発想×データ×テクノロジー」の挑戦について、日々現場で向き合っている知見や視点から発信していきます。
第16回は、ソーシャルメディアを単なる情報発信ではなく、事業成長の鍵として活用する方法を解説します。現代の顧客は、企業発信の情報より、生活者間で共有される「共感」や「信頼」に基づいて購買します。成功の鍵は、顧客の頭の中にある「買うべき特別な理由(UBP:Unique Buying Proposition)」を発見すること。そのために、ソーシャルリスニングで企業と顧客の間の「認識のズレ(パーセプション)」を正確に特定し、戦略的に解消していくアプローチの重要性とその具体的なステップを提示します。
連載一覧はこちら
上門 雄也
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 データサイエンティスト
事業活動に欠かせないソーシャルメディア活用
現代の事業活動において、ソーシャルメディアは生活者との距離を縮めるために不可欠な接点です。ソーシャルメディアでは、企業が情報を発信することができるのはもちろんのこと、生活者間でもブランドに対する様々な声が生まれます。この生活者間で共有されるブランドの声が「共感」や「信頼」を醸成し、購買行動に大きな影響を与えています。
従来の「企業が発信する情報」だけではこの信頼は得られません。そのため、ソーシャルメディアを単に「発信する場」として捉えるのではなく、生活者の声を聴く場、そして生活者間で共感を形成する場として捉えることが、事業成長において重要です。
しかし、多くの企業は「発信」に限定し、リソースを投下しているにもかかわらず事業成長に直結しないという課題に直面しています。事業成長を加速させるためには、以下の3つの要素(生活者の声を聴く、自社情報を発信する、生活者間で話題になる)を漏れなく循環させる戦略的なソーシャルメディア活用が必要です。

ソーシャルメディア活用の成功の鍵は、正しく生活者の声を聴くことができるかどうかにかかっています。生活者の声を聴き正しく理解することで、その後の情報の発信や共有の質が高まるのです。
生活者の声を聴くソーシャルリスニング
生活者の声を聴く手法として、アンケートやインタビューといった従来のアスキング調査の手法がありますが、これらには限界があります。なぜなら、生活者は調査という「場」においては、無意識に企業が求める回答を選んでしまう傾向があるからです。
ここで重要となるのが、生活者が飾らない日常の中で発する言葉や行動を捉えることができる「ソーシャルリスニング」です。
ソーシャルリスニングが現代のマーケティングに不可欠な理由は企業が一方的に主張する「自社だけの強み(USP:Unique Selling Proposition)」だけでは、生活者に選ばれにくくなっているからです。マーケティングの焦点は、「企業視点」から「顧客視点」へと移っています。
事業を成長させるために本当に必要なのは、生活者が「これは私にとって買うべき特別な理由だ(UBP:Unique Buying Proposition)」と心から納得する顧客視点の価値です。
成功するかどうかは、生活者の「頭の中」にすでに存在するこの「買うべき特別な理由(UBP)」を、いかに正確に見つけ出し、それに基づいてマーケティング戦略を立てられるかにかかっています。
UBPを発見するための最も効率的かつリアルなアプローチこそが、ソーシャルリスニングです。ソーシャルメディア上の「生の声」は、調査という枠組みの外で発せられるため、UBPの種や成長を阻む戦略的なインサイトをありのままに提供してくれます。
ソーシャルリスニングの成熟レベル
ソーシャルリスニングの導入が、必ずしも事業成長に直結するわけではありません。その成果は、企業がどの段階で活用しているかという「成熟レベル」に左右されます。
成熟レベルは、以下の4つの段階に分類されます。

Lv.0:ソーシャルメディアを全く活用していない
生活者の声を聴くプロセスが欠落している状態です。施策が社内の経験に依存するため、生活者との認識のズレが生じやすいという課題を抱えます。
Lv.1:ソーシャルメディアサイトで生の声を確認している
ソーシャルメディアサイト上で手動検索・監視している段階です。多くの場合、炎上監視に留まり膨大な投稿量の中で体系的なインサイト抽出は困難です。
Lv.2:ソーシャルリスニングツールで投稿の傾向を把握している
ツールを利用し、投稿件数やポジティブ/ネガティブといったデータの傾向を把握しています。施策の確認はできますが、「なぜ」という深層心理や文脈を見落としがちです。
Lv.3:分析をして声を整理・体系化している
収集データに「なぜ」という分析を加え、整理・体系化する段階です。投稿の文脈や発言者の意図を読み解き、事業戦略に活用できるインサイトを生み出します。
大半の企業はLv.1かLv.2に留まっています。UBPの発見、すなわち事業成長を加速させる戦略的インサイトを得るためには、このLv.3への成熟が不可欠なのです。
生活者の声から見つけるパーセプション
UBPを発見し、インサイトを得るためにはどのようなソーシャルリスニングをすればよいでしょうか。
その答えこそ、パーセプション起点のソーシャルリスニングにあります。
多くのマーケターが直面する課題として「ブランドの認知は十分とれているが、購買までつながらない」ことが挙げられます。これは、生活者がブランドを知っていても「難しそう」「自分とは関係ない」といったネガティブなパーセプションを抱き、購買行動を阻害しているために生じます。
したがって、ソーシャルリスニングの最優先課題は、生活者のパーセプションを正確に捉え、「企業の想定(理想)と生活者の認識(現実)のズレ」を解消することです。 このズレを特定し、好ましい認識へと変化させる「パーセプションチェンジ」へ導くことこそ事業成長の鍵となります。
パーセプション起点の4ステップ
具体的には、以下のステップでパーセプションチェンジを促します。
Step 1:パーセプションの軸を定義
まずは事業特性に合わせ、聴取すべき「認識の項目」を定義します。価格、品質、使用感など、商材ごとに必要なパーセプションの軸を定めることで、その後の分析の指針を作ります。
Step 2:現状のパーセプションを可視化
定義した項目ごとに投稿を抽出し、生活者のリアルな認識を明らかにします。単なる良し悪しだけでなく、どのような文脈や比較対象で語られているか、その構造を可視化します。
Step 3:ズレの特定と戦略立案
自社の想定と現実のズレを特定します。最も購買を阻害している要因を見極め、どのような変容(パーセプションチェンジ)を起こすべきかを策定します。この際、生成AIを壁打ち相手にインサイトや仮説を磨くのも有効です。
Step 4:マーケティング施策の実行
起こしたいパーセプションチェンジに合わせ、具体的な施策を実行します。誤った認識を払拭するコンテンツ発信や共感の醸成など、ターゲットの認識を動かすコミュニケーションを展開します。
「共感」を生み出し、事業を加速させるために
ソーシャルリスニングの最終的な価値は、この「認識のズレ」をデータで突き止め、成長を阻む壁を崩す戦略的アクションにあります。パーセプションチェンジへの取り組みこそが、企業が生活者との関係性を深め、持続的な成長を実現するためには欠かすことはできないのです。
この記事はいかがでしたか?
-
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 データサイエンティストコンサルティングファームに新卒入社し、テクノロジーコンサルタントとして、データ分析実行支援を中心としたコンサルティングに従事。主にアナリティクス・AI活用推進、新規AI事業立案支援プロジェクトを経験。
博報堂入社後は、得意の自然言語処理スキルを活かし、SNS上の発話をもとにしたプラニング・ソリューション企画を実施。また、MMMを使ったメディアプラニング業務も推進中。

