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人口1万人の町で実現した先進的な住民サービスプラットフォーム「LoCoPiあさひまち」【富山県朝日町】
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人口1万人の町で実現した先進的な住民サービスプラットフォーム「LoCoPiあさひまち」【富山県朝日町】

富山県朝日町と博報堂で、2020年から公共DXサービス開発・実装がスタートしています。朝日町の笹原靖直町長、山崎富士夫副町長、「みんなで未来!課」の住吉嘉人課長の3人をお招きし、昨年から始まったマイナンバーカードを活用した公共サービスパス「LoCoPiあさひまち」の取り組みと、同町における官民協業の意義について、博報堂のメンバーと語り合いました。

笹原 靖直氏
富山県朝日町 町長

山崎 富士夫氏
富山県朝日町 副町長

住吉 嘉人氏
富山県朝日町 みんなで未来!課 課長

畠山 洋平
博報堂 地域共創プラットフォーム事業推進局 局長

堀内 悠
博報堂 ストラテジックプラニング局 局長補佐

町から県、県から全国へ

──朝日町と博報堂の取り組みがスタートしたのは2020年でした。はじめに、このコラボレーションの意義についてお聞かせいただけますか。

笹原
官民連携の取り組みは全国各地で進められていますが、リソースの問題等から限定的な連携にとどまるケースが少なくありません。一方、朝日町と博報堂の皆さんとの関係は、5年間の長きにわたっています。このような長期的関係によってさまざまな価値を生み出す取り組みこそが、真の官民連携であると私は考えています。それを全国の自治体に先駆けて実現してきた点において、私たちは官民連携の「ファーストペンギン」である。そう自負しています。大臣や全国の首長が相次いでこの町に視察に訪れたのも、公共と民間企業のコラボレーションの一つのお手本となるケースだからだと思います。

山崎
私が町の職員になって40年以上になります。その間、県庁などに出向したこともありましたが、このような形で官民連携が実現したことは過去には一度もありませんでした。人口1万人に満たない小さな町で、全国の自治体の先端を行く取り組みができていることを誇りに思っています。

──そのような関係を育むことができたのはなぜなのでしょうか。

畠山
共通したビジョンがあることが一番大きいと思います。朝日町だけがよくなればいいというのではなく、朝日町から富山県、富山県から日本へと価値を広げていく。この小さな町から日本の未来を創っていく──。そんなビジョンを僕たちは共有しています。

博報堂側の視点で言えば、グループのフィロソフィーの一つである生活者発想を取り組みのど真ん中に置いてきたことが継続性につながっていると考えています。通常のクライアント支援のビジネスでは、「企業の先にいるエンドユーザー」として生活者を捉えることが多いのですが、自治体においては僕たちも生活者に直接対峙しなければなりません。そのぶん、生活者の課題やニーズをダイレクトに知ることができます。その知見や感覚を何よりも大切にしてきたことが、5年間という長期的連携の基盤となっていることは間違いありません。

マイナンバーカードを生活インフラに

──「LoCoPiあさひまち」のサービスがリリースされたのは2024年1月でした。このサービスの概要や特徴についてご説明ください。

堀内
最大のポイントは、マイナンバーカードを活用したサービスである点です。マイナンバーカードの保有率は全国で8割近く(2025年4月25日時点)に達していて、子どもから高齢者までが保有しています。このいわば国民的インフラを地域の課題解決に活用できないかと考えました。

マイナンバーカードにはICチップがついています。このチップには空き領域があり、いろいろなサービスに活用できるような仕様が提供されています。全国的には、まだまだ利用事例が少ないのですが、僕たちはこの空き領域に着目し、①朝日町町内の施設利用によるポイントサービス ②子どもや高齢者の見守りサービス ③公共から民間事業者まで活用できる地域通貨サービスを、マイナンバーカードに組み込むことにしました。

例えば、朝日町が運営する図書館や体育館などの施設に行って、設置されている端末にカードをタッチするとポイントがたまる。同じように民間施設であってもポイント端末を設置していただくことで、同じプログラムに参加できます。見守りサービスでは、子どもが小中学校の登下校時に「こども専用カード」をタッチすると、保護者にメールで知らされる。あるいは、高齢者がイベントなどに参加した際に自身のマイナンバーカードを専用端末にタッチすると、遠隔地に住んでいる家族にその旨が通知される。これらの機能を、マイカー公共交通サービス「ノッカル」や、地域教育サービス「みんまなび」といった、朝日町とともにこれまで展開してきたサービスと連携させ、生活の様々な局面で活用できるようにしました。

 「LoCoPiあさひまち」利用の様子

──さまざまな公共サービスで使える「マルチパス」と言えそうです。

堀内
令和6年度には、地域通貨「LoCoPiあさひまちコイン」をスタートしました。マイナンバーカードに現金をチャージすれば、カードをタッチするだけで買い物ができる機能で、現在町内60店舗以上の商業施設で利用することが可能です。さらに、防災機能も追加しました。LoCoPiあさひまちと同じシステム、端末を活用し、町内の指定避難所においてマイナンバーカード一枚で避難者の受付や管理を可能にする防災サービスです。

──まさに生活インフラというわけですね。

堀内
そのとおりです。マイナンバーカードは、これまで日常使いされるものではありませんでした。しかし、カードに生活インフラの機能を持たせることによって、誰もが常時持ち歩くものになります。多くの人が生活動線上のさまざまなポイントでカードを活用することになれば、自然とデータが蓄積していきます。そのデータを検証することで、住民や行政の新たな課題が明らかになり、地域生活をさらに快適にするための施策やコストの最適化を実現できる。そう考えました。今後、マイナンバーカードが運転免許証と統合されていくと、持ち歩くことはさらに一般的になりますし、防災面でも日常使いのサービスの延長線上で災害に備えるという、フェーズフリーは非常に重要だと考えています。

マイナンバーカード保有率を上げるための地道な取り組み

──「LoCoPiあさひまち」を管轄しているのは、2022年度に新設された「みんなで未来!課」とのことです。このサービスの開発にあたって、みんなで未来!課としてどのようなご苦労がありましたか。

住吉
最初の大きなハードルは、町内におけるマイナンバーカードの普及でした。「LoCoPiあさひまち」を構想した時点で、朝日町のマイナンバーカード普及率は県内の自治体中最下位でした。そこで、本庁全職員が町内全てのご自宅を一軒一軒回って、取得を促していきました。その取り組みが功を奏して、現在では83%と県内トップクラスの普及率となっています。

しかし、堀内さんからあったように、「LoCoPiあさひまち」を実現するには、マイナンバーカードを保有しているだけでなく、日常使いをしてもらわなければなりません。どのようなサービスを実現すれば、使ってもらえるか。それを考えるために、町内10地区の自治振興会に足を運び、サービスのイメージを伝え、それに対する要望などをヒアリングして具体的なたたき台をつくる作業を行いました。また、住民の代表である議会の皆さんを対象にした勉強会も何度も開催しました。そういった取り組みの結果生まれたのが「LoCoPiあさひまち」です。

──開発にはどのくらいの時間がかかったのですか。

堀内
約半年という異例の短期間で仕上げたのですが、それが可能だったのは、みんなで未来!課という組織横断型の部門があったからです。みんなで未来!課は、DXによる地域コミュニティと自治体サービスの再構築を強化するために2022年4月に新設された部署です。そのような統合的な窓口があったことで、さまざまな領域にまたがるマルチサービスとしての「LoCoPiあさひまち」が実現したわけです。

「LoCoPiあさひまち」の推進体制。オール朝日町と博報堂で、多様なテーマを扱う社会インフラサービスを目指す。 

畠山
これまでの積み重ねがあったこと。それも短期間で新サービスを開発できた大きな要因です。博報堂が関わる以前から住民の課題を解決する町の取り組みがあり、僕たちがジョインしてからはともに各種サービス開発を進めてきました。そういった基盤がなければ、わずか半年で新しい統合的サービスをつくるのは不可能だったと思います。
山崎
私は、人間的な関係も非常に重要であったと思います。畠山さん、堀内さんをはじめとする博報堂の皆さんの熱量と、町長のエモーション。それが化学反応を起こして、大きなエネルギーになったと実感しています。

畠山
町長のリーダーシップに加えて、それに応えようとする役場の皆さんの強い思いもありました。民間企業では、リスクをとればそれだけリターンが期待できます。しかし、地方自治体はそうではありません。一般的に、行政の役割は今ある仕組みを着実に円滑に運用していくことであって、新しい仕組み、新しいサービスを生み出すことにチャレンジするのはリスクでしかなく、それに対する経済的見返りは期待できません。つまり、ハイリスクノーリターンということです。にもかかわらず、役場の多くの皆さんが新しい住民サービスを生み出すことに本気になってくださった。そのことの重要性は、いくら強調しても強調し足りないと思います。

マイナンバーカードが最も使われている町

──このサービスの仕組みやコンセプトをお聞きになったとき、どのような感想を持たれましたか。

笹原
「LoCoPiあさひまち」は、朝日町のこれまでのDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みの1つの結実であると感じました。人口1万人の小さな町でDXを進めるのは簡単ではありません。しかし私たちと博報堂の皆さんは、5年間にわたってその取り組みを着実に前進させてきました。その粘り強い取り組みから生まれたプラットフォームが「LoCoPiあさひまち」であると思っています。
山崎
「ノッカル」は現在ではたくさんの住民に利用される交通サービスとして定着していますが、サービスの形がはじめから明確に想定されていたわけではありません。朝日町と博報堂のメンバーが議論を重ねる中で徐々に現在の形となっていきました。「LoCoPiあさひまち」もまた、そういったコミュニケーションの積み重ねから生まれたものです。私自身、その議論に参加していたので、間違いなく多くの住民にとって有用なサービスになるという確信がありました。

──現段階で「LoCoPiあさひまち」はどのくらい普及しているのでしょうか。

住吉
現在は、町民の30%弱、およそ2800人が「LoCoPiあさひまち」ユーザーとなっています。これを50%まで伸ばしていくのが当面の目標です。(取材日:4月時点)そのためには、このサービスの利便性やメリットを今まで以上に周知していくことが必要であると考えています。
笹原
幸い、マイナンバーカード対応端末を設置してくれる商業施設はどんどん増えていて、その中には県内最大規模のスーパーチェーン等も含まれています。さらに今年度からは、新高校生に一人当たり5万円分相当のLoCoPiあさひまちコインを進呈する施策を実施しました。こうした取り組みによって、マイナンバーカードの取得率が上がり、カードの日常的な活用も増えることが期待できます。おそらく今後「LoCoPiあさひまち」のユーザーは右肩上がりに増えていくと私たちは見ています。
堀内
ユーザー数はまだ30%弱ですが、カードが端末にタッチされている回数は月5万回に達しています。これは、タッチされる場所が、公共施設や学校などに留まらずスーパーマーケット、病院、温浴施設など、日常生活に溶け込んだ利用がメインになってきているからです。おそらく、マイナンバーカードが日本で最も頻繁かつ広範に使われているのは朝日町です。さらに言えば、多様な物理カードの中で、ここまで日常的に利用されているカードはほかにあまりないと思います。僕たちはその事実に大きな手応えを感じています。
笹原
町外から視察に来た方々は、マイナンバーカードが日常的に活用される「住民カード」になっていることに驚かれます。カードをタンスの中にしまっておくのではなく、多くの人がいつも持ち歩いて有効に活用するようになっている。それはたいへん大きな成果です。

──データを使っての成果も出ていますか。

堀内
「LoCoPiあさひまち」は、住民の皆さんの移動や行動をデータとして把握し、よりよい住民サービスを提供していくことも目的の一つです。実際、ノッカルの路線やダイヤ改編に活用したり、ポイント施策に活用する事例が生まれています。今後、LoCoPiポイントやあさひまちコインの利用データを分析することで、住民の皆さんの生活ニーズを把握し、朝日町全体の活性化や行政サービスの効率化など、多様な取り組みを推進していくことが可能になる見込みです。

行政サービスと住民の関係を変えていく活動

──このコラボレーションをこれからどう発展させていきたいとお考えですか。今後にかけるそれぞれの思いをお聞かせください。

住吉
役場の職員が民間企業の方々と一緒のチームで長く仕事をする機会は、決して多くはありません。そのような機会をいただき、たいへん充実した時間を過ごすことができています。最初に博報堂の皆さんと仕事をしたとき、とても楽しそうに、前向きに仕事に取り組まれる姿に感銘を受けました。楽しく、前向きに働く。この5年の間に、その文化が役場の中にも着実に定着してきた実感があります。この文化をさらに行き渡らせて、全国自治体の先駆者として注目される取り組みを続けていきたいと思っています。
山崎
気がつけば、私たちのコラボレーションも6年目に入りますが、やりたいこと、やるべきことはまだまだたくさんあります。可能な限りこの関係を長く続けてきたいと願っています。

公務員のチャレンジはハイリスクノーリターンであるという話が先ほどありました。経済面から見ればそのとおりですが、町民の喜び、そして仕事の喜びという大きなリターンを私たちは得ていると思っています。それこそが公務員の矜持です。これからも「喜び」というリターンのために働いていきたいですね。

笹原
これまでも、一つのテーブルの上に課題を並べ、朝日町と博報堂のそれぞれのメンバーが腹蔵のない議論を重ねる中で、新しいサービスを生み出してきました。課題に取り組む体制があり、ゆるぎない信頼関係があれば、やるべきことはシンプルです。住民の課題やニーズに愚直に向き合い、朝日町をみんなが夢をもてる町にしていくこと。それがすべてです。このご縁を大切にして、シンプルに愚直に、町政を前に進めていきたい。そう考えています。
堀内
朝日町の取り組みは、クライアントの事業やサービスを支援するという博報堂が得意としてきたモデルではなく、僕たち自身が生活者に直接向き合って、サービスをデザインし、運用していくモデルです。博報堂にとっては、生活者発想が鍛え続けられるプラットフォームでもあり、博報堂DYグループにも大きな財産になると考えています。これまでの取り組みで僕たちが学ばせていただいたたくさんのことを、今後の朝日町での活動にいかしていくことはもとより、博報堂の確かな血肉としていきたいと思います。
畠山
これまで僕たちは朝日町の皆さんと、住民サービスを開発して広める活動を続けてきました。しかし僕たちがやってきたことは、行政サービスと住民の関係を変えていく活動でもあったと言えます。

一般に、自治体の住民の皆さんにとって、行政サービスに対する関心は、自分に関係のある範囲内にとどまります。小さな子どもがいれば、子ども向けのサービスのことが気になるし、年を取れば高齢者向けサービスのことが気になる。しかし、それ以外にどのようなサービスがあるかは気にしない。それが普通です。しかし、朝日町の公共サービスは、すべての住民同士がそれぞれに関心を持ち合い、みんなが参加することでよりよいものにしていくという思想が基盤にあります。あらゆる人に行政サービスを自分事化していただき、一人ひとりの力で住みやすい町をともにつくっていくという意識を定着させる。そんなチャレンジをこれからも続けていきたいと思っています。

そのチャレンジの基盤となるのは、朝日町の皆さんと博報堂のパートナーシップです。博報堂が大切にしてきたパートナー主義を、この町でもっともっと進化させていくこと。それが僕たちの大きな目標です。

※本記事は、博報堂WEBマガジン「センタードット」2025年5月28日の記事を一部編集して掲載しています。

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