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米国スポーツ&メディアビジネス最前線【Media Innovation Lab レポート41】
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米国スポーツ&メディアビジネス最前線【Media Innovation Lab レポート41】

ここ数年、米国ライブスポーツの放映権が高騰し続けています。米国におけるライブスポーツ業界を取り巻くトレンドや、放映権ビジネスの全体像などについて、博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター兼Media Innovation Labの島野真が、同じく博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター兼Media Innovation Labで、長らくシリコンバレーオフィスでエグゼクティブディレクターを務めた吉田弘に聞いていきます。

■コロナが明け、多くの人がスポーツ観戦に回帰しているアメリカ

島野
最近はアメリカのスポーツ界が非常に盛り上がっているそうですね。最近ニュースを見ていても、スポーツビジネスが活況を呈しているのを感じます。
吉田
アメリカは国土も広大で、人口も多く、メジャーなプロスポーツではアメリカンフットボール(NFL)で32チーム、野球(MLB)で30チーム、バスケ(NBA)で30チーム、アイスホッケー(NHL)で32チーム、サッカー(MLS)で29チーム、さらには各州の大学スポーツチームもあって、スポーツ観戦が非常に多くの国民に親しまれています。2020年のコロナ禍におけるロックダウンの間は、スタジアムを一部に限定したり、無観客状態で試合を行うなどの対策を取っていましたが、それが多くのアメリカ人にとっては非常に辛い体験となりました。それもあって、コロナ後はスポーツ中継番組の視聴者数が大きくリバウンドしています。また、アプリを通じた商品のオーダーやタッチレス決済、顔認証での入場など、スタジアムでのDXが進んでサービスや観戦体験が一気に改善されたことで、スタジアムへも続々と観客が回帰していきました。

アメリカではテレビの視聴率自体、長期的には低下傾向にありましたが、スポーツ関連の視聴率に関してはここ2、3年で上昇しています。たとえば去年のNFLレギュラーシーズンの中継は、1998年以来の平均視聴者数に回復しましたし、今年2月のスーパーボウル中継は、1969年のアポロ11号月面着陸中継以来の平均視聴者数を獲得しています。

島野
そうでしたか。テイラー・スウィフトさん観戦の話題性だけではなく、そもそもそういった土台があっての、盛り上がりだったんですね。
吉田
そうですね。それから、野球のMLBでは、投球間隔に制限を設けるピッチクロック導入(ピッチャーの投球間隔に時間制限を設ける)が好評で、視聴者数の回復につながったとも言われています。バスケットボール、アイスホッケーも同様に、視聴者数は上昇傾向にあります。
島野
コロナ禍を経て、リアルに集まって一緒に熱狂できる体験が見直され、さらにはDXでスタジアム体験がより改善された。またピッチクロック導入など、柔軟にルール改正を行うことで、観戦体験そのものをより豊かにするための取り組みを続けたことが奏功したようですね。

吉田
そうですね。複合的な理由がありますが、やはり一番大きいのはコロナ禍の経験でしょう。スポーツの楽しみ方、またその価値が、大きく見直されるきっかけになったのだと思います。

それからもう一つ抑えておきたいのは、スポーツドキュメンタリー番組がビジネスモデル化していることです。

島野
どういうことでしょうか。
吉田
ここ最近、アメリカでのF1人気が高まっているのですが、そのきっかけは、Netflixで配信されていたDrive to Surviveというドキュメンタリー番組と言われています。アメリカではF1レース自体そこまで人気はなかったのですが、F1ドライバーの見栄えの良さもあってか(笑)、この番組が非常に人気を博した。すると本戦の方への関心も高まって、来場者や視聴者が増加していきました。以来、NetflixはじめAmazonプライムなどでもスポーツ関連のドキュメンタリー番組が増えていっています。競技自体の人気を受けてドキュメンタリーがつくられるのではなく、F1の場合は逆のパターンだったのが面白いですよね。

■スター選手の登場で盛り上がる女子スポーツ

島野
そういった中でも、今は特に女性スポーツが盛り上がっていると伺いましたが、詳しく教えてください。
吉田
前提としてアメリカでは、たとえばオリンピックの時は体操や陸上、水泳の女子選手が注目を集めますし、女子サッカーの代表選手は常に人気があります。一方で、年中試合を行うようなチームスポーツにおいては、あまり女子選手が注目されることがありませんでした。そんな中、1人の女子選手の登場で一気に注目度が高まったのが女子バスケットボールです。アイオワ大学のケイトリン・クラークという選手が、2022~23年のシーズンで一試合平均30点近い得点を挙げる活躍を見せ、女性マイケル・ジョーダン(プレースタイルはステファン・カリー)とも言われるほど人気を集めました。

大学バスケは3月と4月に全米大学バスケットボール選手権が行われ男子は「マーチ・マッドネス」(3月の狂乱)と呼ばれるほどの人気を博していますが、2022年からは女子バスケットボールも男子と同様「ウィメンズ・マーチ・マッドネス」と称されるようになりました。2023年の決勝は1000万人という女子スポーツでは考えられない視聴者数を記録、2024年の決勝ではさらに1870万人という視聴者数で、これは2011年サッカー女子ワールドカップ決勝以来の数字となりました。普段スポーツを見ない層も、ケイトリン・クラークが出ているという理由で中継を見るようになったわけです。

島野
1人のスター選手の登場が、そこまで影響を及ぼすんですね。
吉田
彼女はこの5月からインディアナ・フィーバーに所属しプロとして活躍していますが、全40試合のうち36試合が全国放送されるようになりました。昨年はわずか22試合のテレビ中継でしたから、大きな変化です。ちなみにドラフトで所属先が決まった瞬間に彼女の名前入りのジャージが売り出されましたが、男子を含めた他スポーツのドラフト時の歴代最高となるジャージを売り上げたそうです。
島野
ある種の社会現象にまでなっていますね。
吉田
そうですね。またここしばらく、男子選手と女子選手の間の待遇の差が問題視されているのですが、ケイトリン・クラーク選手の登場以来、遠征の際など男子と同じように女子もチャーター機を使えるようになった。そうしたポジティブな変化が起きています。
島野
選手にとっての環境も良くなりつつあると。それによって女子スポーツの裾野もぐっと広がっていきそうですね。
吉田
広告主も、もちろんこうしたスポーツ界の盛り上がりには注目していて、スポーツ番組のライブ中継のスポンサー広告は、数年前から売れ行きが好調です。ドラマやバラエティ番組などは視聴率が低下してなかなか売りにくい環境ではありましたが、今年あたりからはもう明確に、スポーツ番組を中心に盛んに広告売買が行われています。

通常アメリカのテレビ広告は、「アップフロント」という毎年5月に行われる新番組のプレゼンテーションイベントで放送局が番組ラインナップを紹介し、レギュラーシーズンの広告枠を先行して交渉、セールスするのですが、全体の取引のうち、通常25%くらいが常だったスポーツが、今年は4割くらいを占めるようになった。2026年には5割がスポーツになるのではないかと予想する人もいます。

島野
広告市場としても圧倒的な成長を見せているんですね。
吉田
テレビビジネスが苦戦しているアメリカで視聴率が好調なのは、スポーツ中継を始め、アカデミー賞やグラミー賞などのアワードも含めたライブイベントです。つまり、リアルタイムで同時に見られるという点において、視聴者とエンゲージしやすいのでしょう。
島野
SNSをやりながら見るという視聴スタイルもあるでしょうしね。放送の楽しみ方が多様化する中で、スポーツというジャンルの魅力が増してきているということですね。
吉田
ちなみに、これまでスポーツ中継のスポンサー企業といえば、年配の男性視聴者を狙ったアルコール飲料や自動車、保険などが一般的なイメージでしたが、最近は菓子メーカーやコスメブランド、トイレタリーなども参入してきています。それだけ視聴者層や数が拡大していることの証左だと思います。

■高騰を続けるスポーツ番組の放映権

島野
このようにスポーツ人気が増し、スポンサーも視聴率も増え、スタジアムへの来場者も増えて…その結果起きているのが、放映権自体の高騰ですね。
吉田
そうなんです。アメリカの場合、コンスタントな経済成長もあって、放映権は大体10年ほどで倍になると言われています。バスケットボールのNBAはいままさに放映権の契約更新作業が水面下で行われているところですが、近年の盛り上がりを受けて、1年で3倍くらいに跳ね上がるのではないかとされています。
島野
成長のスピードが凄まじいですね。
吉田
その要因として、動画配信事業者が市場に参戦してきたことも大きいです。2018年頃から、大手プラットフォーム各社がこぞってスポーツのライブ放送の放映権を取りに来ていて、潤沢な資金がある彼らが高額で買い付けて入札するようになっているんです。

この動きの大きなきっかけになったのが、アメフトのNFLのサースデーナイト・フットボールです。この20年くらい、NFLは日曜、月曜、木曜に全国放送で1試合ずつ放映していましたが、コードカッティングといわれる、ケーブルテレビ解約の動きが活発化していき、多くの視聴者がインターネット配信にシフトしていった。NFLもそれを受けて、2018年、もともと放映していたFOXに加えてAmazonでの配信も開始。2022年にはAmazonでの配信のみということになりました。こうした傾向はほかのスポーツにも広がっていき、Appleは2022年、MLBの金曜夜の独占放映権を、2023年からはメジャーリーグサッカーの独占放映権を獲得しています。

さらに昨年末からは、Netflixが、それまでNBCが持っていたWWE(プロレス)の月曜夜の試合放映権や、今年のクリスマスに開催されるNFLの放映権を獲得しています。

NBAの放映権に関しては、今まさに最終の交渉フェイズのようですが、Amazonの参入は間違いないと言われています。

島野
規模感が日本と全く違いますね(笑)。いくら大手プラットフォーマーといえども、それだけの投資を回収するのは大変そうな気もしますが。
吉田
NetflixもAmazonプライムもアメリカでは広告を入れるようになっていますが、アメリカではサブスクリプションが家計の負担になっていていることもあり、価格の低い広告付きプランを選択するユーザーが増えているんです。その点、スポーツは試合の合間にCMが入ってもあまり苦にならず、広告との相性がいい。各動画配信事業者がスポーツに着目している背景には、そうした理由もあります。
島野
従来の放送局にとっても動画配信事業者にとっても、スポーツは優良コンテンツということですね。
吉田
両方が競い合っている状況ですから、NBAやNFLなどライツホルダー側も、これを機会に価格を上げようという動きに出ている。それが、まさにいま放映権が高騰している原因です。

■今後求められる、放映権ビジネスの発展と裾野の拡大のバランス

島野
ピッチクロックもそうですが、放送コンテンツとしてより価値が高まるように、リーグ側もかなり柔軟にルールを改正していく姿勢が印象的です。
吉田
アメリカのスポーツはよくできているなと思うのは、ある意味、テレビ至上主義が徹底しているところです。NFLなんか、何らかの理由で試合が中断した場合でも、レフェリーが勝手に試合を再開できない。なぜならその間にCMを入れているかもしれないから。放送局のディレクターからキューが出て初めて試合再開できるんです。

一方で、放映権ビジネスで難しいのは、高く売れればいいというわけでもないということ。もちろん資金が潤沢なプラットフォームが高く放映権を買ってくれるのはありがたいことかもしれませんが、配信の多くが有料だったりして、結局高いお金を払っている人しか見ることができなくなる。結果的にファンのすそ野が広がらなくなるというジレンマもあるんです。

島野
そこのバランスは確かに大事ですね。
吉田
たとえばサッカーのMLSは、AppleTVに独占放映権を与えつつも、FOXに試合数はそれほど多くありませんが、地上波での放映権を安価で与えているそうです。
イギリスの場合、スカイ(衛星放送プラットフォーム)がプレミアサッカーの放映権を独占してしまい、これまでサッカー中継を楽しんでいた労働者階級の家庭でサッカーが見られないという状況になり、大きく問題視されたことがありました。それを契機に放送法を改正し、国民的に関心の高い大会・試合に関しては、無料放送で見られるようにしなくてはならないという、ユニバーサルアクセス権というものを法律化しています。
それから、アメリカの放映権でユニークだと思うのは、決まった曜日・時間に全国放送で試合中継を行う一方で、それ以外は徹底して地元のチームを放送するところ。僕はシリコンバレーに4年いましたが、同じカリフォルニア州でも、放送で同じエリアのサンフランシスコ・ジャイアンツやオークランド・アスレチックスの試合は毎試合見られるけどドジャースやエンゼルス、パドレスの試合は全国中継の試合しか見られなかったんです。
島野
そうやって上手に地元チームへの愛着を醸成しているんでしょうね。ファンのすそ野を広げるためのそうした知恵の絞り方は、日本も参考にできそうです。
吉田
競馬も、先日のケンタッキーダービーは30年ぶりの視聴者数を記録したそうですし、総合格闘技も盛り上がっている。ゴルフもモータースポーツも、数年単位で契約をとって、その間に放送局がしっかりマーケティングを行います。アメリカでは水泳や陸上などは、ふだんあまりテレビ中継されませんが、パリ大会の予選はしっかりNBCが中継を行っています。しかも先日開催された水泳の予選では、NFLの7万人入るスタジアムにプールをわざわざつくって予選を行い、盛り上がりを後押ししています。
島野
これだけ多種多様なカテゴリーのスポーツがあって、それぞれにこれだけの規模のファンがつく。いかにスポーツビジネスが、盛り上げようがあるかということですね。

日本のスポーツビジネスでも参考にできそうな示唆はありますか。

吉田
ここ数年は日本のスポーツも盛り上がってきていますよね。魅力あるスタジアムやアリーナが注目されることも増えたと思います。一方で、日本は地上波でなかなかスポーツ中継を見られる環境にない。
島野
みんなで見て楽しむ環境もうまく残しつつ、かつ高額な配信権を払ってもらえるところに付加価値の高いコンテンツとして提供していく。放映権ビジネスの発展と、裾野の拡大のバランスが大事ということ。そして、リアルな熱狂をうまく連動させていくことで、日本のスポーツビジネスももっと大きくなる可能性はあるかもしれませんね。
吉田
バスケットボールも新しいアリーナができたり、バレーボールも完全プロ化を想定したリーグ開設が想定されている。流れは来ていると思います。そもそも人気ある球団の試合は、毎試合4万人を超える観客が入ることが多いと思いますが、これはアメリカでもなかなかないこと。潜在力は十分にあると思います。
島野
なるほど。それをもっと広げていく発想を、アメリカの状況から学べるかもしれませんね。貴重なお話をありがとうございました!

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとHakuhodo DY ONEが、日本、シリコンバレー、アセアンを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

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  • 博報堂DYメディアパートナーズ
    イノベーションセンター 兼 Media Innovation Lab
    1988年博報堂入社。事業局、研究開発局を経て、2004年より博報堂DYメディアパートナーズへ異動。メディア環境研究所長、メディアビジネス開発センター長を経たのち、2018年より4年間、イノベーションセンター シリコンバレーオフィス駐在。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ
    イノベーションセンター 兼 Media Innovation Lab
    兼 博報堂 研究デザインセンター
    兼 博報堂DYホールディングス テクノロジーR&D戦略室
    研究主幹
    博報堂に入社後マーケティング部門に在籍し、通信、自動車、ITサービス、流通、飲料など数々の得意先の統合コミュニケーション開発他に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング領域の新設部門でマーケティングとメディアのデータを統合した戦略立案の高度化、ソリューション開発、DX推進等を担当。2020年よりメディア環境研究所所長 兼 ナレッジイノベーション局局長として、メディア環境の未来予測他の研究発表を行う。24年より現職。