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生活者をみる。歴史を知る。真摯なマーケターに必要なのは「俯瞰力」 佐藤尚之×森永真弓
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生活者をみる。歴史を知る。真摯なマーケターに必要なのは「俯瞰力」 佐藤尚之×森永真弓

インターネット広告が誕生してからおよそ30年の歴史を『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』にまとめた博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の森永真弓。今回、書籍に推薦文を寄せていただいたコミュニケーション・ディレクター、さとなおこと佐藤尚之さんと、マーケティングの歴史を振り返り、俯瞰することの意味について語り合いました。
本稿では、博報堂DYグループ内のセミナーイベントの内容を編集してご紹介します。

生活者がどう変化し、それにどう対応するか。歴史を知ると俯瞰できる

森永
出版の際には帯を書いていただきありがとうございました。この本ではインターネット黎明期から歴史を遡っていますが、その頃デジタルをやっていた人たちって、ちょっと“端っこの人”みたいな扱いをされていて、電通も博報堂も関係なく、端っこ同士の仲間意識みたいなものがあったよね、と思ってぜひお願いしたかったんです。
佐藤
そうそう、端っこ同士で仲良くなるみたいなね(笑)。これ本当にいい本だと思うし、歴史に触れたことで一石を投じた感じがあるよね。
森永
ありがとうございます。帯の話をしているときに、さとなおさんが「僕も必ずさとなおラボ*で歴史の話をするんだよ」とおっしゃっていて、さとなおさんはどんなことを大切に歴史の話をされているのか伺ってみたくて。
*2013年夏からスタートした「さとなおオープンラボ」。広告/コミュニケーションの基礎的知見の共有を目的とし、これまで東京11期、関西3期、計400名以上が参加した。
佐藤
ラボは1期につき全10回。毎回5~6時間は話すから、合計50~60時間話してることになるんだけど、その中で何度も繰り返すのがここ30年の広告コミュニケーションの歴史のことなんですよね。はじめて来た人はみんな「歴史ですか?」ってびっくりするんだけど、ここに全部入ってる。生活者がどう変化していってそれにどう対応するか、それを俯瞰することがどれだけ大切かを伝えています。ここから少し、俯瞰の話をさせていただきますね。

メディアは「マス」から「マン」へ、広告は「妨害型」から「共感型」へ

佐藤
まず、ものすごく引いた視点からみると、人類の産業には農業→工業→網業という大きな流れがあると思っています。田畑を耕す時代から、産業革命で工業がおこり、いまは網業。これは単にインターネットという意味ではなくて、繋がりという意味の“網”です。
一方、広告はマスメディアとかマスマーケティングという効率的な手法から、マン(人)の繋がりがメディアになってきている。つまりマンメディアとマンマーケティングの方向に変わっていくんですね。マスではなくてマンの感情を扱うからとても非効率的なんですが、マスからマンの大きな変化を捉える必要があります。

この変化の中でも、僕がマーケティング的に最も重要だと思っているのが2005年の大転換点。なにが大転換かというと、この2005年から世の中に流れる情報量が一気に増えるんです。僕は情報“砂の一粒時代”と言っているのですが、その年から増え続けて2020年には約59ゼタバイトの情報が流れたと言われています。1ゼタバイトは世界中の砂浜の砂粒の数と言われていますから、2020年1年で地球59個分の全砂浜の砂の数分の情報が流れたということです。無限ですよね、企業の広告なんて情報量的にはそのうちのほんの一部になってしまいます。情報産業である広告コミュニケーションにとって、この大きな変化を無視することはできません。

情報爆発が起こる2005年以前は情報ってありがたかったんですね。こんなキャンペーンやってますよ、プレゼントもらえますよっていうのは大切な情報ですよね。広告は重要な情報源のひとつだったから、みんなそれなりに喜んで受け止めてくれた。だからこそ「妨害型」の広告が通用したんです。たとえばCMってテレビでドラマとかを見ている人の前に突然現れて、ドラマを見ている気持ちを妨害してその人の脳みそに入り込もうとしますよね。そういう妨害型の手法が通用したのが、2005年以前なんです。情報がまだ少ないから、妨害して入り込もうとしてもそれほど嫌われなかった。

でも2005年以降、情報は過剰に増えていきます。そうなるともう情報はうざいものになってきます。もちろん広告はうざい情報の代表格です。だからもう妨害型は通用しません。だからコミュニケーションは「共感型」に変化していくわけですね。

妨害型の手法は目立てばいいんです。とにかく目立つための手法。でも共感型はまったく違います。よく「混ぜるな危険」って僕は言うんだけど、、「妨害型」の手法と「共感型」の手法を混ぜてはいけないんです。妨害型は興味関心のない人振り向かせるためのものだし、共感型はもともと興味がある、もっといえばファンとかじゃないと、ただでさえ情報が天文学的に多すぎるんだから見てくれない。妨害型が通じた頃は露出すればそれなりに伝わったけど、もうそのやり方を変えられない限り、伝わるのは相当難しいということになります。

今後も次々とあたらしい手法や技術が出てくると思いますが、以上のような広告コミュニケーションの大きな流れがわかっていれば基本的に慌てることはないですよね。

それに、いまはマスメディアもマンメディアもすべてが使える時代。みなさんインターネットって国民全員が使っているような錯覚に陥っているみたいですけど、例えばニールセンの調査によると、ソーシャルメディアを普段から活用している人は1000万人くらいだし、ECもそれ以下だったりします。東京以外では新聞、特に地方紙とかやっぱりすごく読まれているし、テレビが効く層もたくさんいる。自分の周りの小さい世界だけじゃなく、いろんな生活者をちゃんと見る必要があると思いますね。

ちなみに、いまの60代70代、つまり会社の経営層は、マスメディア全盛の頃に成功体験をもっている方が多いので、どうしてもマスマーケティング偏重の考え方が抜けません。時代はマンマーケティングに移っていると言っても、通じないことも多いんです。
森永
経営層やマネジメント層の人たちとコミュニケーションをとって説得するためにも、デジタル側の人もマスのことを学んでおかないといけないということですね。

佐藤
歴史の流れを知っていると、以前どういう手法だったものが、どういう流れで今どういう風になっているか、全部俯瞰してわかるので、相手の企業がどういう状況にあっても、それがちょっと前の意識でも、今の意識でも、対応できるんですね。

大切なのは、生活者に伝わるか。生活者をみることをおろそかにしない

森永
この本を読んだ若い世代の子から「なぜ上の世代の人と齟齬が起きるのか、それは考え方の原点が違うからなんだとわかりました」と感想をもらって。やはり仕事をするうえで沢山の関係者がいるなかで、自分とは違う立脚点で考える人のことを学ぼうとするとき、俯瞰の視点とか歴史を学んでおくことが非常に重要なんだと感じました。最新のデジタルのことがわかっていれば、昔のことはいいんだって言っちゃうの、もったいないなと思いますね。
佐藤
デジタルだとか最新だとか、全然関係ないよね。
森永
私がよくきかれるのが「TikTokの次にくるのは何ですか?」っていう質問。そのときいつも答えてるのが、TikTokの次に何がくるかを考えるんじゃなくて、次に何がきてもいいように体制を整えて人を育てることですよ、ということ。
佐藤
そうなんですよね。僕は基本的に生活者に伝わるテクニックがいいテクニックだと思うから、とにかく生活者を見ましょうよということに尽きると思うんです。地方に行って本屋をみるだけでも、フードコートで何が流行ってるか見るだけでもものすごくいろんなことがわかるわけ。自分の周辺だけをみて、みんなデジタルメディアが中心でソーシャル疲れしてるなんて言ってる人たくさんいるけど、生活者をきちんと見ることをおろそかにしちゃいけないと思うな。

森永
これはセミナー受講者の方からも質問をいただいているんですが、さとなおさんは情報アップデートのためにほかにどんな方法をとられていますか?
佐藤
先ほどの59ゼタバイトの話じゃないけど、全部を追うのは到底無理ですよね。だから、自分が信頼できる何人かをキュレーターとして追ってますね。あとは新聞を活用しています。ネットで検索するより動画を見るよりずっと便利。30分あれば世の中で起きていることがきちんと優先順位をつけて一覧できる。しかも自分が興味ないことも目に入ってくる。これはネットでは無理ですよね。
森永
キュレーター的にしている方というのはどのように選んでいるんですか?
佐藤
自分と価値観のあう友人が半分くらい。あと半分はあえて価値観の遠い人を選んでいますね。僕と違う人生を送っている人の意見も読んでおきたいから。森永さんは?
森永
私はTwitterで数千人以上フォローすることにしていて。多様な意見が常に流れてくる状態を保って、情報を浴びている感じですね。1つの社会課題について世の中が賛否両論で揺れたら、療法が流れてくるようにフォローを増やしたり減らしたりとバランスを取ったりします。たしかに売れているはずのコンテンツの情報が流れてこないことに気づいたら、なんかズレてるんだなと思ってフォローを足したり。中学生とか高校生とかもいるから、あ、もう中間テストの時期なんだなとか、そろそろ○○県ではお祭りがはじまるのね、とか。そんな雑多な状態にも関わらず、複数目にするようなニュースがあったりするんです。テレビのニュースには取り上げられていないけど、Twitterでは流れてくるようなもの。そういう違和感に注目していますね。なんか引っかかるぞ、みたいなのを鍛えている感じ。

マーケターの全能感は過去のもの。冷静さと謙虚さを持ち続ける

佐藤
それは鍛える方向でいいかもしれないですね。森永さんは情報を浴びるようにして時代を理解するようにしているし、僕はフードコートになるべく行くようにしたり(笑)。そういうのが大事だと思います。伝えたい相手のことをちゃんと知るということ。意外とみんな、自分たちの思い込みで人を動かしてやろうとか思ってる。20年、30年前ならまだわかるけど、そういうマーケターの全能感みたいなのやめた方がいいと思うんですよね。動かせないから、人なんて。
森永
そういう全能感から脱却して、どうすれば真摯になれるのでしょうか?
佐藤
どうなんでしょうか。僕はマスメディア全盛の1995年にネットをはじめて、本当にひっくり返るような衝撃を受けたんですよね。なにか発信したらちゃんと反応がくる、ということに。それまでやっていたCMでは反応なんてわからなかったから。でも、生活者の反応をきちんと読んで方向転換していったことで謙虚さを学んだかもしれないですね。彼らの反応に本当に誠実になろうとしていたと思います。あと、はじめからネットがあった時代の人たちは、広告業界に入った段階ですでにたくさんのセオリーがあって、こうやれば人が動くと思いこんじゃってるのかもしれないですね。自分が生活者だったら動かされたりしないのにね。マーケターの先輩の言うことをそのまま聴くんじゃなくて、ちゃんと歴史を学んで、生活者をしっかり見て、自分の頭でしっかり考えればいいと思うんだけどな。
森永
自分のいる業界の「当たり前」を前提にしないとか、その界隈で語られる論調を鵜呑みにしないのは大切ですよね。私も肝に銘じていることがあって、それはいまだに日本国内で「大成功」したデジタル施策なんてない、ということ。本の中で紹介した事例もいくつかありますけど、一般的にみんなに知られていたかと言えばそんなことないんですよね。デジタルコミュニケーション界隈では有名だけど、という。当時博報堂に入社してきた学生すら知らなかったり。そういう現実をちゃんとわかって、冷静さを持ち続けなくてはいけないと思いますね。
佐藤
本当にその通り。情報産業の7~8割は東京に集まっていて、ネット検索もSNSもみんな都市部の人が使っているわけです。でも、そういう環境じゃない人たちが1億人くらいいるということに目を向けて、そういう人たちのことを考える癖をつけないと。
森永
そういう意味では電通も博報堂DYグループも、デジタルだけでなくマスも扱える環境にあるということは幸運なことですよね。デジタルに縛られるのではなく、いろいろ試せる環境を存分に生かしていきたいなと思います。
佐藤
そうですよね。地方局とか地方紙での発信はその地方の人たちには本当に響くし、それを全部使えるのは広告会社のいいところ。伝える相手のことをしっかり見る、そして歴史を知って俯瞰力をつける。それが重要なのではないでしょうか。
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  • 佐藤 尚之
    佐藤 尚之
    コミュニケーション・ディレクター
    1961年生まれ。1985年電通入社。コミュニケーションディレクター/クリエイティブディレクターとして数々のコミュニケーション開発に従事し、2011年に独立。著書に「ファンベース」ほか、「明日の広告」「明日のプランニング」などがある。大阪芸術大学客員教授。2019年5月にファンベースカンパニーを設立。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ 
    メディア環境研究所 上席研究員
    通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。 コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。 テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。 WOMマーケティング協議会理事。共著に「グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか」(マガジンハウス)がある。