【SXSW2019現地レポート】もうテックカンファレンスではない。 「Humanity ヒューマニティ」を考える総合フェスティバルとしてのSXSW
2019年3月7日~18日に米国・テキサス州オースティンで開催された、世界的な音楽・インタラクティブ(テクノロジー)・フィルムの祭典SXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)2019のレポートです。本レポートは、具体的なテクノロジーのトレンドに言及するのではなく、前年との変化などをふまえた現地の様子、気づき、改めてSXSWがどのような場であるかを捉えなおしてみたいと思っています。今年のSXSWで感じたことは、データやテックが当たり前の環境になったとして、その先にどのような世の中、どのような生活を得たいかということが問われる場でした。このことを考えるのは日本での日々のデータドリブンマーケティングの実践を考えるうえでも重要だと思います。
まず、2019年のSXSWで印象的だったことについて紹介していきたいと思います。
オースティン空港に降り立つと、配車アプリで車を呼び寄せる専用のレーンに行くことになり、早速昨年からの変化を見せ付けられた私たちは、ダウンタウンに近づいて、さらに新たな発見をすることになります。
“あの芝生に捨てられている大きなキックボードはなんだろう...。”
そう思っていたのも束の間、それに乗って車道をビュンビュンと走り去っていく集団が眼に入ってきます。配車アプリを運営する各社が町中で電動キックボードレンタル事業に乗り出しており、今年のオースティンは、町中に乗り捨てられたキックボードと、車道や歩道関わらずキックボードで爆走する大人だらけだったのです。今回のSXSWに参加した人に最も印象的だったことを聞けば「電動キックボード」と答えるに違いありません。
―力強く立ち上がるマイノリティーの存在感
SXSWの会期中だった3月8日は、「国際女性デー」であり、SXSWでも関連する催しが沢山行われていました。昨年2018年は、2017年末に#metooが話題となったため、セクシャルハラスメントの問題や映画業界における女性の立場についてのセッションが多くありました。怒りや悲しみといった感情がそこにあったように思います。
しかし、今年は、女性たち、それだけでなくLGBTQの人々の、パワフルさ、生き生きと毎日を送る姿勢というようなものが感じられました。セッションでは、STEM領域(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリングなどの領域)を学ぶ有色人種の女の子を支援していく組織がワークショップを開いたり、ハリウッド女優グウィネス・パルトロウが、女優観ではなく、母でありながらEC事業を手がける企業CEOとしての生き方を語っていたりしました。また、LGBTQ向けのメディアの台頭や、インクルーシブな職場づくりについて等が各所で話し合われました。元々SXSWがインディーズのミュージシャンが発表する音楽フェスだった空気が残っており、そうした独立心を持ったマイノリティーのアクションをクールだと尊敬する姿勢があるように感じられました。
―ファストな世界で身体を整える必要を感じる人々。
Self-care, Health-tech, Yoga, Meditation....
今回視察に同行したはじめてSXSWに参加した同僚の最初の発言は、「ここって何のイベントだっけ」でした。この発言に現れているように、インタラクティブ・ミュージック・フィルムにカテゴライズされない催しが多く開催されているのが目に付きました。実際にヨガをするイベントは満員御礼状態でしたし、トレードショーでも、瞑想アプリの紹介や、病気の治癒だけでなく日常的な健康維持のためのヘルステック領域のブースの多さが目立っていました。情報スピードが速く、慌しい毎日のなかで、自分の心身と向き合う時間の必要性を感じている、という兆しを感じました。
ここまでで、もはやSXSWは最新テクノロジーを知るということにとどまらないイベントになっていることをお伝えしてきましたが、ここからは、タイトルに書いた「ヒューマニティを考えるフェスティバルSXSW」という気配について触れてみたいと思います。
―問いかける場としてのSXSW
印象に残っている展示は皆、私たちに問いかけてきました。
「テクノロジーは人のクリエイティビティを豊かにするでしょうか?」
「あなたの人生において障壁となっているものはなんでしょうか?」
「(国際女性デーではない)他の364日をあなたはどのように過ごしていますか?」etc...
SXSWという場所を新しいテクノロジーが発表されている、あるいはこれから来るものが見つかるところだというイメージを持っている人もいまだにいるのではないでしょうか。完成した製品ではなく、ジョインする余白のある「プロトタイプ」が受け入れられる空気を持った場であることは昨年のレポートでお伝えしました。
しかし、今年一層強く感じたことは、プロトタイプという実体よりも、企業やメディアが現代社会において持っている問題意識、意思の表明がメインとなっているということ。その問いかけを補完していくためのプロダクト(プロトタイプ)やセッションを行っているという形の展示が多く見られました。新しい時代を理解していくことに積極的な姿勢をもち、知的好奇心が高く、社会をより良くしていきたいという意思を持った来場者が多く来る場所なので、出展者は問いかけて、その反応を持ち帰り、来場者は考える機会をもらって、自分のビジネス等に生かしていくというWin-winな関係が築かれています。
とある雑誌メディアは、あなたが働いている上で障害となっているものを壊してしまいましょう!というテーマで、ワークライフバランスや職場の遅れたテック環境などその問題を象徴するアイテム(古いパソコンや時計など)を文字通り叩き壊す、というアトラクションを提供していました。私たちは、今どんな問題に直面しているのか、それを自覚させてくれる場が多くあったように思います。
―Anti-digitalization?
他のテクノロジーイベントと異なり、大企業よりもスタートアップに注目が集まり、様々なジャンルでの萌芽を見出せる場所として存在していたSXSW。かつてインタラクティブ
・イノベーション・アワードでTwitterが羽ばたいていったように、テクノロジーの発展を担っていく人々の背中を押してきたSXSW。
今年、その場所には、テクノロジーに懐疑的なムードが漂っていました。セッション一覧を見渡すと、「ソーシャルメディア時代が生み出す人々の孤独」「GAFA独占時代のプライバシー、データ保護」といったタイトルが並んでいます。SXSWが少なからずその一助となってきたであろう「テクノロジー」がむくむくと成長している現在ですが、浮かびあがってきている問題、このまま進んでしまうことへの危機感を、キーノートやセッションのラインナップ、また現地で手に入れたFast Companyなど雑誌メディアから感じました。それは、テクノロジーがあくまで手段であり、私たち人間が主語としてよりよく生きていくことという目的を忘れていないからこそ、起こっている動きではないでしょうか。フィルムでは社会問題と向き合う映画が多く発表され、ミュージックでは若いインディーのアーティスト達がまさに今を生きるなかで抱いた想いを歌で伝えています。そのように見ると、SXSWは、3カテゴリが一体となって、いま人が生きている世界を考える場所となっているのではないかと思うのです。そして、今年は、その色が濃くなっているように感じました。
最新のテクノロジーの波に乗って、電動キックボードのエンジン全開で車道を走っていた私は、道路の小さな溝にタイヤがはまり込み、気づいたら身体が地面に打ち付けられていました。便利だ、革命だ、と思っていたものをとてつもなく危険な物だと気づいた瞬間でした。その日から徒歩で過ごしていた私の横を皆軽快に走り去っていきます。テクノロジーについていけないものは置いていかれる、が文字通り表されているようでした。しかし、徒歩でなければ見つけられなかった景色や人との出会いがあったように思います。
ここに記したのは、単なる私のドジエピソードではありますが、そこに、この世界の縮図と、その空気を敏感に察知した今年のSXSWがあったように感じたのです。
来年のSXSWでは、どのようなことが問われていくのでしょうか。参加する企業、参加したいと思っている人は、自分たちがその出品物で社会に何を問いかけたいのか考えてみると良いのではないでしょうか。そうすることで、同じ志や問題意識を持ったビジネスパートナーとの出会いの場としてSXSWを生かしていけるかもしれません。
次回は同行した視察団2名のテクノロジストと座談会を行い、SXSW2019でのテクノロジー潮流について説明していきます。(4月中旬公開予定)
この記事はいかがでしたか?
-
博報堂 広報室大学では美学美術史学を専攻。現代アート論とキュレーションの研究をしながら、東京都国立近代美術館にてアートワークショップの企画運営等に従事。博報堂入社後はPR戦略局にて企業ウェブサイトの企画制作をはじめとしたコーポレートPRや、女性向け商材のイベント企画、インフルエンサーを活用したPRなど、プラニング業務に従事。現在、博報堂広報室にて博報堂の取り組みを社内外へ発信している。