【第10回】ECと実店舗を行き来する「ハイブリッド消費者」調査から見えてきたもの
「売るを買うから考える。」という言葉をスローガンに2003年より活動している博報堂買物研究所(以下、買物研究所)の取り組みを紹介する本連載。第10回は、 博報堂DYグループのECプロフェッショナル集団であるHAKUHODO EC+と買物研究所が実施した「ECと実店舗のハイブリッド消費者調査」をもとに、ECと実店舗の利用実態や生活者の買物意欲の変化について話を聞きました。
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(写真左から)
澤田 有彩美
HAKUHODO EC+
博報堂 コマースコンサルティング局
マーケティングプラニングディレクター
瀧本 晃裕
博報堂 買物研究所 マーケティングプラニングディレクター
飯島 拓海
博報堂 買物研究所 副所長
「ハイブリッド消費者」はEC市場の8割を占める

【図1】
- 飯島
- 今回実施した「ハイブリッド消費者調査」ですが、どんな狙いや意図があったのでしょうか?
- 瀧本
- コロナをきっかけにECの利用が日常化した昨今、多くの生活者はオンラインとオフラインの双方を自由に行き来しながら買物をしています。今回の調査では、ECと実店舗が混在する購買体験の中で「生活者にとっての理想的な体験とは何か」という観点から、「ECと実店舗で月1回以上の頻度で買物をした、かつ、ECと実店舗で1年以内に同じカテゴリーの買物をした生活者」を対象に、使い分けの基準やチャネルへの期待を深掘りしています。
- 飯島
- 具体的にはどんなタイプの人たちなのでしょうか?

【図2】
- 瀧本
- 例えば、食品を直近1年以内にECでも実店舗でも購入している人です。このような「ハイブリッド消費者」がどのくらいいるのかを調べてみたところ、全体の半数を超える52.3%が該当し、かなり多い印象でした。【図2】
さらに、このハイブリッド消費者が「ECでどれくらいお金を使っているか」を確認すると、EC全体の購買金額の8割以上を占めていました。つまり、EC市場の“主要顧客”と言っても差し支えない存在になっているんですね。
- 飯島
- なるほど。ハイブリッド消費者はどのような特徴がありますか?
- 瀧本
- 傾向として見えてきているのが、ハイブリッド消費者は「すごく賢く買物をしている生活者」だということです。ポイントやクーポンを積極的に活用する人が多かったり、買物を便利にする機能があれば積極的に取り入れたりする特徴があります。そうした工夫を通じて、時間や手間、お金を上手に節約したいという意識が強いということが調査結果からもわかってきました。

【図3】
また今回の調査では、ECと実店舗をまたぐ買物体験に対して、ハイブリッド消費者の約半数が「満足していない」と答えており、それが原因で「購入や利用をやめた経験がある」と回答したのは約4割に上りました。【図3】
これは事業者にとって機会損失が発生していることを意味しています。
不満の内容で最も多かったのは「欠品に関するストレス」でした。店舗に行ったのに売り切れていて、「いつ買えるのかも、ECで買えるのかもわからない」という状態が大きな不満につながっていました。さらに、ECと実店舗のポイントが連携されていなかったり、価格が異なったりしているのも不満の上位に挙げられています。
20~30代の若年層ほどシームレスな購買体験に前向きな傾向
- 飯島
- 「ECと実店舗の横断体験に対する不満を持つハイブリッド消費者が半数いる」というのは、見方によっては意外な結果だと思うのですが、この辺りはどう考えていますか?
- 瀧本
- 正直なところ、オンラインと実店舗の両方を使えること自体が生活者にとっては便利だと思っていたので、横断的な買物体験に対する不満があまり出ないというのが当初の見立てでした。
ところが実際には、生活者の中に「両方使えて当たり前」という前提ができあがっていたことから、連携ができていないブランドやサービスに対して不満が生まれていたのです。「不満を感じて購入をやめたことがある人」は全体の4割程度ですが、横断体験に不満を抱いた人に限れば、約8割が実際に購入を取りやめているんです。
一度でも購入をやめてしまうと、その後に自社の店舗に戻ってきてもらえる可能性は大幅に低下します。自社の売上やシェアを失うことになりますので、企業は離脱のきっかけを排除し、競合に遅れを取らないことが大事になります。

- 飯島
- ECコンサルの立場でクライアント支援をしているなかでも、似たような課題について相談されることはありますか。
- 澤田
- 調査結果でも高いスコアが出ていますが「欠品商品が、いつどこで買えるか分からない」「ECで見た価格と店舗提示された価格が異なる」などの課題は、まだ十分に対応しきれていない企業も多い印象です。特に、もともとリアル店舗が中心だった企業が、ECを後から立ち上げたケースでは、とりあえずECを作ったところで止まってしまい、実店舗とのシステム連携が追いついていないケースもありますね。
- 飯島
- 今回の調査では、ECと実店舗が完全に統合された体験について、いくつかコンセプトを提示して反応を見たと思うのですが、その結果について教えていただけますか。
- 澤田
- 現状に不満を感じている人ほど、ECと実店舗が完全に統合された体験のコンセプトに対して「使ってみたい」という意向が高くなる傾向が見られました。特に20~30代の若年層では、新しい購買体験に対して前向きに反応しているという結果が出ています。
- 飯島
- 具体的にはどんな要素に対してニーズが強かったんでしょうか?
- 瀧本
- ECで買った商品を店舗で受け取れる「BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)」のような仕組みや、店舗で欠品している商品の入荷通知、実店舗とECのポイント連携、価格の統一などが特に評価されていました。
いずれも、オムニチャネルの基盤となるECと実店舗のデータ連携、全体を通じた情報設計がしっかり整っていることが前提の取り組みです。
検討期間の短い「日用品や食品」のカテゴリーでもECと実店舗が完全に統合された体験へのニーズが高い
- 飯島
- ECと実店舗が完全に統合された体験はどのようなカテゴリーで求められているのでしょうか。

【図4】
- 澤田
- 一番ニーズが高かったのは「ファッション」ですが、意外なことに、検討期間が短いとされる「食料品」や「日用品・雑貨」などのカテゴリーでもこのような体験が求められていることが分かりました。【図4】
- 飯島
- アパレルや家電のように単価が高い商品だと、「少しでもポイントを貯めたい」という気持ちが強くなるので、店舗とECでポイントが連携していないとか、価格が一致していないと不満が出やすいのは理解しやすいです。その一方で、食品や日用品といった低単価・高頻度のカテゴリーでもニーズが高いのはなぜなのか気になります。
- 澤田
- やはり日用品や食品は購入頻度が高い分、「手間を省きたい」「時間を短縮したい」というニーズが強いのかなと思いました。「もっと便利に買物したい」という生活者の意識が表れているなと感じました。

ユニファイドコマース実現への期待
- 飯島
- ここまでの話は、ECも店舗も使う広く一般的なハイブリッド消費者像について議論してきました。ここから先は少し視点を切り替えて、1つの企業の中で実店舗と自社ECをどちらも利用している人たちにフォーカスしていきます。
特定の小売チャネル内での併用に絞った「特定流通ハイブリッド消費者」というグループを定義し、世の中の約半数を占める一般的なハイブリッド消費者と比べて、どんな特徴や違いがあるのかを分析した結果を見ていきたいと思います。

- 瀧本
- 一般的なハイブリッド消費者の場合は、店舗とECのポイント連携・価格統一など、現状の不満を解消する体験が魅力とされました。しかし、特定流通ハイブリッド消費者は「パーソナライズされた提案」や「ECと実店舗での商談内容の情報連携」など、質の高い体験を求める傾向があることがわかりました。
つまり、ECと実店舗の境目を意識させずに、チャネルをまたいだ体験を滑らかにつなぐ、ユニファイドコマース※が鍵になると思っています。優良顧客のニーズに応えるためにもこうした購買体験の実現に向けた投資を検討していくことが重要になるでしょう。
※ ユニファイドコマースとは
ユニファイドコマースとは、従来のオムニチャネルやOMOの枠を超え、あらゆるタッチポイントで得られた顧客情報をリアルタイムで統合し、パーソナライズされた購買体験を提供する手法です。近年、米国のNRF(全米小売業協会)などでも注目されており、今後の小売体験を再定義する概念として注目されています。
- 飯島
- 例えば、店舗スタッフが顧客データを参照しながら最適な提案をすること自体、数年前までは未来の購買体験として紹介されていました。今では自社でEC実店舗を両方持つ企業であれば、オンラインの閲覧履歴とオフラインの購買行動を統合できれば、十分に実現可能な体験だと考えられます。
そうしたなか、チャネル間をシームレスにつなげることで、特に顧客体験が向上しそうなカテゴリーはどこでしょうか?
- 澤田
- 化粧品カテゴリーなどでは、チャネル間をシームレスにつなげていく動きが見え始めていますね。化粧品やアパレルのように「嗜好性の高い商材」は、こうした連携と相性が良いと感じています。顧客の好みや嗜好がデータとして蓄積されるため、「自分のことを理解してくれている」という提案やレコメンドが届くと、満足度がより高まっていくことでしょう。
- 瀧本
- 食品や日用品の領域でも、購買履歴や生活習慣、健康の悩みなど、様々な接点で集めたデータを基にした「自分に合う商品を提案してくれる心地よい体験」が広がる可能性があります。自分に合う商品の提案という意味では、生成AIを活用したパーソナライゼーションも相性が良いと考えられます。

買物研究所とEC+が考える買物の未来
- 飯島
- 買物研究所では、AIエージェントと協働する新しい購買行動モデルを発表していて、「買物はAIとの対話から始まる」という未来像を描いています。これまで生活者にとって、自分の情報を提供することはネガティブな印象が強く、データが裏で勝手に使われているようなイメージがありました。
しかし、今後はAIとの対話を通じて、自分の嗜好が正しく理解され、その結果として最適な提案が受けられる。そのような循環が生まれることで、データの提供自体がポジティブな行為になるかもしれません。
これは、「ブランドとつながり続ける」という考え方にも通じるもので、この領域に関しては、これからも深く探求していきたいと思っています。
- 瀧本
- AIとの対話を通じて一人ひとりに最適な商品を届ける買物体験が当たり前になっていくとすれば、顧客データを蓄積・統合する「ユニファイドコマース」の仕組みがより一層重要になります。
今回の調査のユニークな点は、そのユニファイドコマースの実装に必要となる周辺要素まで踏み込んでいることです。「どこまで自分の情報を開示できるか」「どんなレコメンドが望ましいか」といったニーズや購買データと紐づいたパネル調査から購買行動の実態も調査しています。こうした知見を組み合わせることで、企業のユニファイドコマース実現に必要な支援ができると考えています。
- 澤田
- ECと実店舗が完全に統合されたユニファイドコマース体験を実現するためには様々な困難がありますが、取り組む価値の高い領域だと捉えています。これからも、課題を一つひとつ解消しながら、より精度の高い体験設計に繋げていきたいですね。
この記事はいかがでしたか?
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HAKUHODO EC+
博報堂 コマースコンサルティング局
マーケティングプラニングディレクター2012年に博報堂に入社。デジタル・ダイレクトマーケティング、ブランドマーケティング、コマースマーケティングを融合させたキャリアに強み。顧客理解力とマーケティングを軸に、クライアントの事業成長に貢献した実績を多数持つ。MBA修士。
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博報堂 買物研究所 マーケティングプラニングディレクター2017年博報堂入社。流通・消費財メーカーを中心に、幅広い業種のマーケティング戦略立案、ブランディング戦略立案に従事。2022年より現職。著書に「売れている会社に共通するこれ買いたい! をつくる20の技術」。
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博報堂 買物研究所 副所長2022年博報堂入社。「令和の買物欲」「AIエージェントと暮らす時代の新購買行動モデルDREAM」「物価高騰と節約意識」など幅広いテーマの研究結果を発信中。
著書に「売れている会社に共通するこれ買いたい! をつくる20の技術」。

