画像認識AI×絶景で旅の可能性を広げるサービスの舞台裏
クリエイティブ×テクノロジー領域を横断できる人材育成を目的とする博報堂の社内研修「クリテク」によって、今年7月、画像認識のAI技術を活用して“世界の絶景と似ている日本の絶景を提案してくれる”というWeb企画「ソックリトリップ」(http://sokkuri-trip.jp/)がローンチされました。このサービス開発を手がけた3人の若手クリエイターに、開発の背景を聞きました。
――はじめに企画の中心となったお三方の自己紹介をお願いします。
- 小渕
-
PR戦略局の小渕です。普段はクライアントのPRコンサルティングとプランニングをしています。
- 久野
-
プロモーション出身の久野です。今はグループ会社でテクノロジーに強いSIXに出向していますが、広告、イベント、WEB、キャンペーン、PRから研修の企画まで幅広く経験してきました。
- 根岸
-
この春に博報堂に入社した、アクティベーション企画局の根岸です。大学では機械学習を研究していたので、その縁で今回久野さんに「クリテク」の受講メンバーに誘ってもらいました。
クリエイティブとテクノロジーの融合を目指す
――根岸さんは、学生時代からすでにテクノロジーの素養をお持ちだったんですね。そうすると今回実際にサービスローンチしたAIを活用した企画では、裏側の仕組みをかなり担当されたのでしょうか?
- 根岸
-
そうですね。今回の「クリテク」のテーマにGoogleの技術を使うということが掲げられていたので、ときどきGoogleのエンジニアの方に質問させていただいたりしました。
――まず「クリテク」という研修制度について教えてもらえますか?
- 久野
-
2015年からスタートした取り組みで、「クリエイティブ×テクノロジー」をブリッジした人材を育てる企画です。「テクノロジー」というとまだまだ「先端的な内容」と捉えられる面があると思います。しかし生活者の目線に立ってみるとデータにしろAIにしろ、もう生活の一部として表れ始めています。そんな背景からクリテクの狙いは「テクノロジーの真ん中化」とされています。普段のプランニングの中に、テクノロジーという武器を自然に扱えるようになることを目指して、毎回テーマが設定されます。今回はGoogleのテクノロジーを活用することが前提になっていました。集まっているメンバーは、広告領域で比較的テクノロジーに明るい人、コピーライターなどクリエイティブ系の人、そして両方ある程度わかる中間的な人がちょうど3分の1くらいでしたね。今回、外部の制作会社に加わってもらったのはフロントのデザインだけなんです。AI技術の部分はすべて根岸くんが実装しています。
皆が楽しめるAI技術を使った企画って何だろう?
――すると、皆さんを含め、様々なバックグラウンドを持った人が、ひとつのチームとして取り組んだのですね。どのように企画が進んでいったのでしょうか?
- 小渕
-
まず、根岸くんを中心にどういった技術が使えるのかという候補を出しながら、一方でユーザーの行動や意識を深堀りしていきました。その両側から掛け算して、週1で1カ月ほどブレストした段階で、150くらいアイデアが上がっていましたね。
- 久野
-
最初から旅行や画像認識という切り口があったわけではなくて、たとえば「年をとる遺影」とか、「泳げない子どもが泳げるようになるAR」といった案もありました。ただ、アイデア出しの段階である程度はフィジビリティー(実現可能性)も確認していたので、VRのヘッドセットを着けたら泳げない子どもは余計泳げないよね、みたいな話があったりして(笑)。最終的に、今回のローンチした「ソックリトリップ」の「世界の絶景を投稿すると似ている日本の絶景を提案してくれる」という発想が出てきたのは、小渕くんのひらめきが大きいですね。
――なぜ、そっくりな“絶景”を提案するという発想が生まれたのでしょう?
- 小渕
-
そうですね、これまでのAIソリューションの活用などをみていると、かなり絞られた人に向けたサービスが多いような感じがしたんです。ギークな人(特定の分野の知識が深い人)なら楽しめるけど、ごく一般の人だとちょっとおもしろさがわからないような。なので、クリエイティブ側からの発想としては「皆が楽しめるテーマって何だろう」と考えてみたんです。“旅行”は、そこから出てきました。
すると、インスタ映えが全盛の今、絶景の写真をSNSにアップしている人もすごく多かったんですね。むしろインスタ映えありきで旅行している若い人たちもいるとわかったので、そこから「画像認識のAIを使って絶景にそっくりな近場の画像を紹介したら、インスタ映えもするし旅行の活性化にもなるんじゃないか」と思いつきました。旅行関係なら、クライアントもいろいろと候補がありそうだと考えました。
“自主プレ”先を探して企画をチューニング
――なるほど。一般的には、研修だと企画プレゼンまでで終わりだと思いますが、クリテクではプロトタイプをつくって提案先を探して…と、その先があるのが特徴的だと思います。その経緯はどんな様子だったんですか?
- 久野
-
自分たちで提案先候補を探して、プロトタイプをつくって自主プレゼンをするという想定の流れはわかってはいたものの、やはり簡単ではなかったですね。先ほどの150案からさらに数回のミーティングでひとつに絞り込んで、そこから提案先に合わせた企画のチューニングをしていきました。実際に10社ほどに打診し、プレゼンまで聞いてくれたのが4社ありました。
――企画のチューニングということは、最終形も流動的に考えていたんですね。
- 久野
-
そうですね。なので「近場の絶景を提案して誘導する」ということをコンセプトに、航空会社なら予約動線につなげる、レンタカー会社ならさらに現地までのルートを出す、といった形で応用していきました。
――自主プレだと、そのあたりはこちらの推測や仮説も大きくなりますよね。
- 小渕
-
そうです。いわゆるクライアントの課題解決のための業務ではなく、ソリューションを開発して提案した感じに近いですね。今回はご縁があって、とある旅行キュレーションメディアが賛同してくれました。「世界の絶景と似た日本の絶景」というのはご提案する前提でブラッシュアップしたものです。近場の紹介から一歩踏み込んで、日本の良さを伝えることにフォーカスしたらどうかな、と考えました。
色と形、要素という2方向で類似性を判断
――それは、すごくわかりやすいストーリーですね。
- 久野
-
皆、意外と日本のことを説明できなくて、たとえば2020年を機に外国から来た人に「お勧めの場所は?」といわれて「うーん、浅草かな…」としか言えなかったら、ちょっとどうなんだろう、と。“絶景”を切り口に日本をより深く知るという部分と、旅行メディアとしての特性がマッチして、GOサインをもらえました。
テクノロジーの発展によって、できることの幅はもちろん広がっていますが、クリエイティブの側でも広げられるはずです。で、僕らができることはアイデアの力でそこにストーリーを掛け算することだと思っているので、今回は小渕くんが話した「皆が楽しめる」ことや、「日本を知る意義」といった発想を織り込んでいきました。
――そうなんですね。先ほどから、プロトタイプを作成して、という話も上がっていますが、ではこの時点でサイトの原案のようなものはつくっていたんですね?
- 久野
-
はい、やはり見てもらわないとわからないので、そっくりな画像を出すという部分で、根岸くんが尽力してくれました。絶景って空や海の面積が多い場所が多いんですが、そもそも画像上で空と海の区別がつかないこともけっこうありました(笑)。
- 根岸
-
そうでしたね(笑)。人間がそれを見間違えることはないのですが、機械に完全に同じことをさせるのは難しい部分がまだありました。なので、このサービスで使っている技術では、似ているかの判断に2つの基準を設けています。ひとつは「見た目の類似性」、もうひとつは「写っている要素の類似性」です。
――見た目、そして要素…ということですが、もう少し詳しくご説明していただけますでしょうか?
- 根岸
-
「見た目の特徴」は、写真同士に含まれる、形や輪郭のような写真の特徴となる部分を抜き出して比べるということです。これはディープラーニングによるものですが、単にピクセル同士で比べるよりも、画像全体の特徴に即した比較が可能になりました。
写真としてどれだけ似ているか?ということならばこれでも十分可能なのですが、今回は「旅行先としても似ている」という条件がありました。例えば、見た目がほぼ同じような写真でも、そこが海なのか湖なのか、そこに建物があるかどうかなどで旅行の体験は違ってきます。その旅行先には具体的に何があるのか?含めた比較が、旅行先の体験を考慮する上で必要でした。そこで2つ目の「写っている要素の類似性」を加えることになりました。
「要素の類似性」というのは、それぞれの写真について「寺」「海」「空」など、そこに写り込んでいるものを認識して、両方に「寺」が写っていたら類似していると判断する、といったことです。
この2つの基準を合算してスコア化し、サンプルに挙げているような「イタリアのカレッツァ湖と福島県耶麻郡の五色沼のソックリ度は…96%」といった「そっくり度」を算出しています。
調査データを使ったリリースが奏功
――なるほど。具体的に、どのように最終版のAIを構築していったのでしょうか?
- 根岸
-
それは、皆で何度も画像を投稿して「似ているかどうか」を主観的にチェックしながら、パラメーターを調整していきました。それと同時に、実際のサービスとしてローンチすることを見据えて難しかったのは、体験の設計です。どこまで行ってもレコメンドできる画像は「絶景」しかないので、似ていないということもあります。また、一般にAIのアウトプットというのは時間がかかるのですが、サービスとして見ると画像を投稿して10秒も待つと、ユーザーは離脱してしまいます。この部分はクリエイティブで補うようにいろいろな仕掛けを久野さんたちに加えてもらいました。
――クリエイティブで補う、とは?
- 久野
-
このあたりから、テクノロジーからUXの話になってきますが、「ソックリトリップ」の「ッ」の点々を目にして、キャラクターっぽくしているんですね。画像を投稿して解析結果が出るまでの間、この「ッ」が考えている風にしてちょっとマイルドにしています。また、トップ、考え中、結果画面とサービス全体で使う言葉を全体的に柔らかくして、「キャラクターっぽさ」を持たせることで、精度が高くなかったときのネガティブな印象を和らげるようにしました。
――広がりがありますね。最後に今後の展開イメージをうかがえますか?
- 久野
-
今回開発した画像認識AIを用いた「似ている風景を返す」こと自体は、様々な応用が利くと思っています。たとえば、人気ゲームの有名なシーンに似た場所を提案し、さらにそこへのバスツアーを企画するとか。オンラインゲームだと今、LTVやリテンションが課題になっているので、その解決にもなると思います。観光地の活性化にも使えそうですね。絶景に限らず考えれば、ドラマに出ている衣装の写真をインプットするとそれに似たコーディネートを提案するEC、みたいなことも出来るかと思います。
根岸くんのようなテクノロジー人材も今後増えていくと思います。プランニングチームにテクノロジーを直接扱える人がいるということはとても大きなことです。テクノロジーをベースにした企画というのは、企画書にしてしまうと実際の体験よりも陳腐に見えてしまうことがあります。企画書での説明にとどまらず、実際のモックで触ってみることでプレゼンの段階でWOWを感じてもらうことも、このようなチーム構成なら可能です。それとは逆に、「企画書上は成立しているけど実際に体験してみると意外に楽しくない」ということも未然に防ぐことができるかと思います。企画の解像度を上げることでもっと良い企画にすることができるし、これを重ねることでこれまで広告会社がアウトプットし得なかったような体験を世の中に提供していけるはずです。
クリテクの枠組みに留まらず、いろいろな模索をしていけたらと思います。
この記事はいかがでしたか?
-
博報堂 PR戦略局2015年の入社以来、PR戦略局に所属。「いい仕事は、たくさんの人に知られてこそいい仕事になる」という考えのもと、世の中で話題になる施策を理想に企画・PRを担当。商品/ブランドだけではなく、その時々の社会的な視点を大切にしています。好きな食べ物はカニです。
-
SIX2011年に入社し、アクティベーション職としてイベント、WEB、PR、映像など様々な領域のクリエイティブをアウトプット。その後SIXにジョイン。テクノロジーの見せる魔法的な瞬間が好き。工学部だったときの感覚を活かし、人々があっと驚くようなものを作れるよう奮闘中。メガネキャラに見られるが意外と視力はそこまで悪くない。顔が薄いだけである。
-
博報堂 アクティベーション企画局学生時代のラッパー/プログラマとしての活動を経て、2018年入社。アクティベーション企画局に所属し、心が躍るコピーや企画を開発見習い中。世の中をより素敵に変えるような広告づくりを目指し、手と頭を日夜動かしている。まずは勉強。頑張ります。