
マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【vol.6】あなたのCRM、実は組織が原因?停滞を打破し、顧客と成長する組織の秘訣
マーケティング活動において、データとテクノロジーが果たす役割は年々高まっています。データ基盤整備やCDP(カスタマーデータプラットフォーム)活用、マーケティングオートメーション、AI活用といった言葉は、もはや特別なものではなくなりました。一方で、それらを「実際の事業成長」に結びつけられている企業は、想像以上に少ないのが実情です。本連載では、博報堂マーケティングシステムコンサルティング局(以下、マーシス局)のメンバーが、事業グロースに向けた「生活者発想×データ×テクノロジー」の挑戦について、日々現場で向き合っている知見や視点から発信していきます。
CRMの停滞は、ツールやデータだけでなく「組織のあり方」に原因があるかもしれません。データ活用不足や現場の不満など、多くの企業が陥る「CRMの罠」が存在します。第6回では、では、それらの罠を解説し、顧客との関係を深め、持続的に成長するための「組織の秘訣」を、博報堂のCRMコンサルタントがご紹介します。
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稲毛 隆之
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 マーケティングプランニングディレクター
なぜCRMは停滞するのか?陥りがちな「CRMの落とし穴」
あなたの会社や取引先の企業が導入されているCRMシステムは、期待通りの成果を出しているでしょうか。CRMの停滞要因は様々ありますが、多くの場合、ツールやデータといった技術的な側面ばかりに目が向きがちです。しかし我々は、実は組織内に潜む「落とし穴」にはまっていることも少なくないと考えます。期待通りの成果が出ないのは、ツールやデータの問題だけでなく、企業が抱える組織的な構造と深く結びついた課題が背景にある可能性もあるのです。
あなたの会社のCRMは、次のいずれかの「落とし穴」にはまっていませんか?
図:CRMの落とし穴パターン
【落とし穴パターン1:目的の曖昧化】
高価なCRMシステムを導入しただけで満足し、それが最終ゴールになってしまっているというパターンです。ツールはあくまで「道具」です。顧客との関係をどのように築き、ビジネスを成長させるかという明確な戦略がなければ、その「道具」は十分に活用されません。もし導入から時間が経つのに、現場から「結局、何に役立つの?」といった声が上がるなら、それは要注意です。CRMを単なる「システム導入プロジェクト」として捉えてしまっているかもしれません。本来のビジネス目標が見失われ、ツール導入自体が目的化している状態と言えます。
【落とし穴パターン2:データの活用不足】
顧客の購買履歴や問い合わせ履歴など、データは豊富に集まっているにもかかわらず、それを顧客理解や次の具体的なアクションに活かしきれていないというパターンです。膨大なレポートが作成されるものの、具体的な打ち手につながっていないという経験は、多くの企業が直面する課題です。データは顧客の「声」です。その声を聞き取り、分析し、戦略的に活用する仕組みやスキルが組織に不足していれば、せっかくのデータも「ただの数字の羅列」に終わってしまいます。収集した顧客データが分析・活用されない状態は、CRMが単なる情報保管庫となっている証拠です。
【落とし穴パターン3:短期思考の追求】
「今月のキャンペーンでどれだけ売れたか」といった目先の数字ばかりを追いかけ、顧客との長期的な関係性や、ブランドのファンになってもらうという視点を見失っているというパターンです。「今月中に〇件獲得!」といった短期的な目標も重要かもしれませんが、顧客の長期的な変化が見えていないと、落とし穴にはまっているかもしれません。CRMの真価は、顧客との信頼関係を築き、長くお付き合いいただくことで生まれる「顧客生涯価値(LTV)」を最大化することにあります。短期的な成果に囚われすぎると、無理なプッシュで顧客を疲弊させたり、ブランドイメージを損ねたりするリスクが高まります。
【落とし穴パターン4:部門間の分断】
営業、マーケティング、カスタマーサービスなど、各部門が個々に顧客と接しているのに、情報が共有されず、顧客体験が分断されているというパターンです。問い合わせに対して、以前話した内容をまた一から説明させてしまうのは、顧客にとって大きなストレスです。顧客から見れば、誰と話しているというよりも会社全体とコミュニケーションしているという感覚が強いはずです。部門間の連携不足は、「また同じ話をさせられた」という不満を抱かせ、結果的に企業への信頼を損ないかねません。これは組織内の大きな課題であり、情報がサイロ化する原因となります。
これらの「落とし穴」にはまる組織では、CRMが単なる「顧客情報管理」で終わってしまい、顧客との「関係構築」という本来の目的を果たせていないケースが少なくありません。
停滞を乗り越える「組織の秘訣」:『成長思考』と『人の力』
CRMの停滞を乗り越え、顧客と共に持続的に成長していくためには、特別な解決策は必要ありません。大切なのは、組織全体で「成長思考」を持ち、そこにいる「人々」の力を最大限に引き出すことであり、企業の持続的な成長には顧客との長期的な関係構築が不可欠だと考えます。
「成長思考」で組織全体が常に進化する
「成長思考」とは、絶えず改善を重ね、組織全体を進化させるマインドセットを指します。現状に満足せず、常に「もっと良くできるはず」という意識を持ち、小さな改善を積み重ねていくイメージです。
「成長思考」による組織の進化は3つのステップに分けられます。
図:「成長思考」による組織の進化
【ステップ1:プロセスの見える化と無駄の排除】
まず着手すべきは、顧客がどのような体験をしているのかを明確にし、CRMプロセスに潜む「無駄」や「ボトルネック」を徹底的に洗い出すことです。顧客からの問い合わせ対応や情報発信のフローなど、一つ一つの業務を見直すことから始めます。「成長思考」による組織の進化において顧客体験の可視化と、CRMプロセスにおける無駄・ボトルネックの洗い出しが、最初のステップです。
【ステップ2:PDCAサイクルを回し続ける】
実施したCRM施策は、必ずその効果を多角的に検証し、改善点を見つけて次の施策に活かすサイクルを回します。単にメールの開封率を見るだけでなく、「なぜこの顧客は行動したのか?」という顧客心理まで深く掘り下げて分析する力を組織全体で育みましょう。施策の効果を検証し、改善サイクルを継続的に実行することが求められます。
【ステップ3:改善が当たり前の文化の醸成】
顧客と直接接する現場の社員こそが、顧客の課題やニーズを最もよく知っています。彼らの意見やアイデアを積極的に吸い上げ、改善提案として活かせる仕組みを作りましょう。ステップ3まで進化が進んだ「現状維持」ではなく「常に改善」が当たり前の文化の組織は非常に強くなります。
人の力を最大限に引き出す組織の土壌
CRMの成功は、ツールやデータがどれほど優れていても、それを使いこなし、顧客と向き合う「人」の存在なくしては成り立ちません。我々は、従業員一人ひとりを「知恵を生み出す源泉」として尊重し、彼らの成長を支援し、「人の力」を最大限に引き出す組織の土壌づくりが重要だと考えます。
「人の力」を最大限に引き出す組織の土壌づくりの条件は3つあげられます。
図:「人の力」を最大限に引き出す組織の土壌
【条件1:育てる視点での人材育成】
CRM担当者を単なる作業者ではなく、顧客との関係を築く「プロフェッショナル」として育成しましょう。データ分析スキル、顧客心理の理解、効果的なコミュニケーション方法など、CRMに必要な多岐にわたるスキルを習得できる研修や学習機会を積極的に提供します。社員一人ひとりの成長は、組織全体の顧客対応力向上に直結します。
【条件2:やりがいを引き出す環境づくり】
CRM担当者が、自分の仕事が顧客の喜びや会社の成長に繋がっていると感じられるような環境を整えることが大切です。無理な目標設定や過度な業務量を避け、顧客とじっくり向き合える時間を与え、自律的に改善に取り組める権限を与えることも有効です。
【条件3:部門を超えた「連携」の文化】
顧客体験は、複数の部門の連携によって創造されます。部門間の壁を取り払い、お互いを「協業者」として尊重し、協力し合う文化を醸成しましょう。定期的な情報共有の場を設けたり、共通の目標を設定したりすることで、顧客情報をスムーズに連携させ、顧客に一貫した体験を提供できるように導きましょう。
「顧客中心組織」へと進化するための改善ループ
CRMの停滞を乗り越え、真に顧客と成長できる組織になるためには、単にCRMツールを導入するだけでなく、上記の「成長思考」と「人の力」を核とした組織能力の強化が不可欠です。我々は、この変革が以下の「改善ループ」によって継続的に推進されると考えます。
図:改善ループ
この変革は、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。短期的な売上だけでなく、顧客との信頼関係という「資産」を、時間をかけて育む長期的な視点が求められます。組織全体が顧客を深く理解しようと努め、そのインサイトを基に、常にプロセスを磨き、従業員の成長を支援し続けること。
これこそが、CRMの本当の価値を引き出し、企業に持続的な競争優位性をもたらす「顧客中心組織」へと進化するための、何よりも大切な「知恵」と言えるでしょう。
博報堂のCRMコンサルタントは、この深い生活者理解と、戦略立案、クリエイティブ開発、メディアプランニング、デジタルマーケティングといった幅広い知見を統合し、CRMが単なる管理ツールではなく、顧客とブランドが共に成長する戦略的な『場』となるよう、その最適な道筋を共に創り上げてまいります。
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株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 マーケティングプランニングディレクター2011年、自動車業界にて社会人生活をスタート。 マーケティングプロモーション、システム/オペレーション開発・導入、CRM、新規事業開発など、多岐に渡る業務を担当。 2022年、博報堂入社。事業会社出身の強みを生かしたマーケティング戦略・クリエイティブから 現場運用まで一気通貫した提案を心がける。