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XRの無限の可能性を示すカンファレンス──AWE視察から見えてきたもの
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XRの無限の可能性を示すカンファレンス──AWE視察から見えてきたもの

XR技術の黎明期であった2010年にスタートし、以後毎年開催されてきたXRカンファレンス「AWE(Augmented World Expo)」。今年の5月31日から6月2日に米カリフォルニア州サンタ・クララで開催されたAWE2023には、博報堂DYホールディングスマーケティング・テクノロジー・センターの3人のメンバーが参加しました。カンファレンスではどのようなテクノロジーが紹介され、どのようなメッセージが発信されたのでしょうか。XRの未来を示したAWE2023について、視察したメンバーたちに語ってもらいました。

目黒 慎吾
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター
上席研究員 / テクノロジスト

三浦 慎平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター
研究員 / テクノロジスト

平沼 英翔
博報堂DYホールディングス 
マーケティング・テクノロジー・センター
テクノロジスト

AIがXRを加速させていく

──2023年のAWEに3人で参加したとのことです。まず、このカンファレンスの概要をお聞かせいただけますか。

目黒
AWEはXR業界で世界最大規模のカンファレンスで、開催されるのは今年で14回目になります。講演・セミナー、展示、アワードの大きく3種類のコンテンツで構成されていて、世界中から、IT企業、スタートアップ、規格団体、大学・研究機関、通信インフラ企業、ハードウェアメーカーなどの関係者が毎年参加しています。近年では、建設、医療、自動車など、いわゆるIT関連ではない企業の関心も高く、今年の参加企業は300社、参加者は5000人を超えました。もちろん、日本からも多くの方々が参加しています。

今年の AWEを捉える上でのキーワードの1つが「R.I.P.METAVERSE(さようならメタバース)」でした。生成AIの登場でテクノロジーの世界では一気にAIの注目度が高まり、人材や投資もAIにシフトしている。結果、メタバースの勢いが減じているように見える。メタバースは終わってしまったのだろうか──。そのような現状を表現したキーワードです。

AWEの創設者でもあるオリ・インバー氏は、カンファレンス冒頭の講演でいくつかの視点からその見方に反論しました。現在のXRのマーケット規模は約5.4兆円で、ユーザーは世界でおよそ12億人にのぼっている。AWEにもフォーチュン・グローバル5000にランクインしている企業の関係者がたくさん参加している。それだけを見ても、メタバースやXRが終わったとは到底言えない。それがインバー氏の見解でした。

さらに彼は、XRに対するネガティブな意見の典型を6つ挙げて、それぞれに対する反証を提示しました。例えば、「XRを活用するためのハードウェアがなかなか汎用化されない」という意見があります。これに対しては、「ハードウェアは劇的な進化を遂げている。普及するのはまさにこれからである」というのが彼の反論でした。また、「XR用のグラス型デバイスはデザインがクールではないので誰もかけないだろう」という意見に対しても、「デバイスのデザインはどんどん洗練されてきている。英国の貴族が傘を日常生活に取り入れるようになるまでに200年かかっている。それよりもはるかに速いスピードでXRデバイスは人々に受け入れられていくだろう」と話していました。

著作『スノウ・クラッシュ』で"メタバース"の名称を生んだSF作家ニール・スティーヴンスン氏(右)とオリ・インバー氏(左)

もう1つ、とくに重要だと思われた論点が、先にも触れたAIとの関係です。XRはAIにどう伍していくのか。それについてインバー氏は、「AIは戦う相手ではない。むしろ、AIがXRを加速させるのだ」と語りました。例えば、空間にパース線を引いていくと、そのパース通りの3Dモデルと空間が生成される ソリューションがあります。同じように、テキストからバーチャル空間に3Dを生成する研究も進んでいます。これらは、まさにXRと生成AIを組み合わせたテクノロジーです。

つまり、XRはAIのインターフェースの1つになりうるということです。ChatGPTはAIのインターフェースを文字ベースの対話システム(=Chat)にしたことによって爆発的に普及しました。今後、AIが認識したものや生成したものをVRやARで「視認」させていく仕組みが確立すれば、XRはChatGPT以上にビジネスや人々の生活に浸透していく可能性がある。それがインバー氏のメッセージの核心でした。

──「生活者インターフェース市場」の拡大を提唱している博報堂DYグループにとっても、たいへん重要な論点と言えますね。

目黒
そのとおりです。マーケティング・テクノロジー・センターでは、まさにXRを「次世代顧客接点」と捉えてこれまで研究を続けてきました。わが意を得たり、という感じでしたね。

XR技術を活用した「スクリーン革命」

──AWEの展示内容についてもお聞かせください。

三浦
さまざまな展示がありましたが、とくに興味深かったのは、XREALと、Sightfulの展示でした。シリコンバレーでは一時期、デスクトップPCをカフェに持ち込んで仕事をする人が増えたそうです。ディスプレイのスクリーンサイズが大きいと作業がしやすいからです。しかし、デスクトップPCを持ち運ぶのは容易ではありません。持ち運ぶ手間がかからず、かつ大きなスクリーンを使えるデバイスはないか──。そんなニーズを満たすのが、XREALとSightfulが開発したプロダクトです。

XREALがつくったのはサングラスのようなスマートなデザインのARグラスで、これをかけると、空間上に120インチのディスプレイが表示されます。専用の中継デバイスを使うことで、このARグラスとスマートフォン、PC、ゲーム機などをつなぐことができて、いろいろなコンテンツを見ることができる。そんな仕組みになっています。

一方、Sightfulが開発したのが、世界初の「拡張現実ラップトップPC」です。これはディスプレイのないPCで、グラスをかけるとやはり空間上にディスプレイが表示されて、キーボードで入力できるというものです。いずれのプロダクトも、まさしく「持ち運ぶ手間がかからず、かつ大きなスクリーンを使える」デバイスです。

目黒
どちらの製品も、コアにあるのは「スクリーン革命」というコンセプトであると言っていいと思います。物理的なスクリーンがなくなることで、モビリティと拡張性が実現し、それにともなって人の行動も変わる。そんな新しいプロダクトです。
三浦
今後はスクリーンだけでなく、フィジカルなキーボードがなくなる可能性もあると言われています。音声、指の動き、顎の動き、視線の動き、皮膚の電圧変化などによってPCを操作する技術の研究やプロダクト開発が現在進んでいます。
目黒
イーロン・マスクは、脳の信号を直接読み取る方法を研究していますよね。いわゆる、ブレインマシーンインターフェース(Brain-machine Interface : BMI)と呼ばれる機器の領域です。
三浦
ラップトップPCは、この30年ぐらい形状がほとんど変わっていませんでした。しかし、XR技術によってまったく新しい形に生まれ変わる可能性があります。

──生成AIに関連するプロダクトの展示もありましたか。

三浦
メタバース上に生成AIでキャラクターをつくって、そのキャラクターと対話できるプロダクトがありました。Chat系生成AIのインターフェースの形の1つですね。ゲームでの利用を想定したものでしたが、店頭やビジネスシーンなどで活用できる可能性も大いにあると思いました。

評価の高いXRプロダクトに共通する要素とは

──アワードの結果を見ての感想をお聞かせください。

平沼
毎年AWEでは 「Auggie Awards」 という世界で最も認知度の高いXR業界の賞を扱っています。本賞は2010年にスタートして今年は14回目。カテゴリは年々更新されており、生成系AIが盛り上がった背景もあったためか、BEST USE OF AIが追加されたり、QualcommがBEST Snapdragonの賞を新規設営されていました。
最終日に発表されたアワードを見て感じたのは、受賞したサービスやプロダクトには共通する3つの要素があるということでした。「すでに社会実装されていて生活者に何らかのベネフィットを提供できていること」「誰もが使えるユニバーサルデザインが意識されていること」、そして「プロダクトやサービスを構成している先端技術と、それよってもたらされるエクスペリエンスがしっかり説明できていること」です。

例えば「Best Societal Impact」という賞を受賞した「Zapvision」というプロダクトがあります。これは、店頭でスマホを棚にかざすと、探している商品に近づいたことを音や振動で知らせてくれるアプリというものです。これによって目が見えない人でも自分で買い物ができるようになります。また、自宅の中で必要なものを見つけられるようにアイテムを自分で登録できるなどカスタマイズすることも可能です。まさに生活者にこれまでなかったベネフィットを提供できるプロダクトということです。
また、「Best Consumer App」という賞に選ばれた「Central Library of Düsseldorf」というアプリも印象に残りました。図書館の中で探している本への道順を教えてくれたり、図書館のコミュニティへの参加者と対話できたり、子どもにARで3Dの動物などを見せたりすることができるアプリです。このアプリを使うことによって、子供から大人まで誰でも図書館での体験が圧倒的に楽しくなることがとても上手にアピールされていました。

上記2つは既にアプリストアでも配布されており、生活者からも高い評価をうけているプロダクトでもあります。

XR活用のトータルな画を描いていきたい

──今年のカンファレンスに参加してどのような手応えを得たましたか。

目黒
XRはまだまだこれから可能性が広がる技術であることを強く実感しましたね。そのことを、博報堂DYグループのメンバーやクライアント、あるいは広く生活者の皆さんに伝えていきたいと思いました。

今回僕たちも、パートナー企業であるMESONと共同開発した「Spatial Message」というARソリューションを出展して会場で大きな注目を集めました。また、マーケティング・テクノロジー・センターはAWEアワードのファイナリストになったことがこれまで何度もあります。しかし、それらの事実は博報堂DYグループ内でもあまり知られていません。今後XRへの関心が高まって、グループとしてのさまざまな取り組みが進んでいけばいいと思っています。

──XRの社会実装の道筋を考えたり、XRによって新しい生活者エクスペリエンスを生み出したりする取り組みは、博報堂DYグループが得意とするところですよね。

三浦
そう思います。社会課題を解決したり、世の中の人たちの喜びや利便性につながったりするXRの使い方をこれから考えていきたいですね。今年のカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル (以下、カンヌライオンズ)では、「生成AIを使っていかに社会や生活者の課題を解決していくか」という視点が強調されていたと聞いています。AWEはカンヌライオンズと比べるとまだ注目度は低いですが、最新のテクノロジーを新しいエクスペリエンスの創出や課題解決に結びつけようというコンセプトは共通しているように思います。グループ内のクリエイターや、クライアントと向き合っているビジネスプロデューサーの皆さんにも、AWEに関心を持ってもらえるといいですよね。
平沼
僕は日本全体でXRへのチャレンジがもっと活発になっていくことに期待しています。技術力という点で、日本企業は海外企業に引けを取っているわけではりません。違いは「慎重さ」にある気がします。海外企業は、プロトタイプをつくって、それを世の中に出してみて認知を広めつつ、フィードバックを得て改良を重ねていくという動きに長けています。それに対して日本人は、どうしても世の中に出すまでに時間をかけて慎重に物事を進めていこうとする傾向があります。新しいものをもっと大胆に広めていくべきだし、そのような動きを博報堂としても支援していきたいですね。

──「XR×課題×ビジネス」の掛け算をうまく成立させることが必要になりそうですね。

平沼
合わせて「見せ方」も大事だと思います。AWEの展示を見ていて感じたのは、最新技術は「見せ方」によって印象が大きく変わるということでした。こういう技術がある。その魅力や、それがもたらすベネフィットを世の中の人たちに伝えるにはこう見せた方がいい──。そんなクリエイティブなアイデアが非常に重要です。その部分でクリエイターの皆さんと連携していけるといいなと思っています。
目黒
先ほどお話ししたように、AWEにはテクノロジー系ではない企業もたくさん参加していました。ビジネスにXRを活用できる可能性がそれだけ広がっているということです。博報堂DYグループが次にやらなければならないことは、個々のビジネスのバリューチェーンのどの部分でXRを使うべきかを緻密に設計していくことだと思います。それは、世界を見渡してもまだほとんど手つかずの領域です。ビジネスにおけるXR活用のトータルな画を描いて、グループ企業、パートナー企業、クライアントの皆さんともにそれを実現していく。そんな取り組みが進んでいくよう、働きかけを続けていきたいと考えています。

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  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター
    上席研究員 / テクノロジスト
    University College London MA in Film Studiesを修了後、2007年に博報堂入社。
    2018年より現職。現実空間と仮想空間とを統合した「サイバーフィジカル空間」における次世代サービスUX、体験デザインについて研究。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター
    研究員 / テクノロジスト
    2015年博報堂入社。サイバーフィジカル空間における体験評価や生活者動向にまつわる研究、ユースケース開発に従事。また、コンテンツを起点としたビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のメンバーとして、特に、音楽におけるコンテンツ消費動向研究も行う。
  • 博報堂DYホールディングス 
    マーケティング・テクノロジー・センター
    テクノロジスト
    2018年博報堂入社。ストラテジックプラナーとして SVOD・ゲームアプリ・キュレーションアプリを始め獲得系案件や商品開発の案件など幅広く担当。2021年からはR&D部門であるマーケティング・テクノロジー・センター開発1Gに異動し、テクノロジストとしてXR/メタバース領域の業務に従事している。

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