
デジタル時代の「新・ブランド論」【第8回】 「自分と似ている」と感じるインフルエンサーを信頼する?
SNSなどデジタル環境の変化に伴い、生活者の情報選択・購買・消費行動は大きく変化しています。また、様々なテクノロジーの登場によって、企業の行うデジタルマーケティングも日々進化しています。その一方で、長期的な視点に立った企業と生活者との絆づくりである「ブランド」はどうでしょうか?デジタル時代において、改めてブランドとは、ブランディングとはどうあるべきなのか──そんな問題意識からスタートした「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクト。
本連載では、マーケティング、消費者行動論、社会心理学などに精通した研究者と博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターのメンバーによって進められているプロジェクトをご紹介します。
第8回では、前回に引き続き、購買行動における「共感」について、またインフルエンサーなど他者との「類似性」が与える影響について話していきます。
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<プロジェクトメンバー>
(写真左から)
石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授
柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表
澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表
杉谷 陽子氏
上智大学経済学部経営学科 教授
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員
※肩書は取材当時のものです。
“感情を揺さぶる人”が購買のトリガーになっている
- 西村
- 前回は、私自身が友人のすすめで買った男性用化粧品にハマり、洋服など異なるカテゴリーの新規購入にも結び付いているという話から、“人”が購買のトリガーになっているところを議論してきました。
- 杉谷
- デジタルで何が変わったのかが語られるとき、私はそこまで消費者の意思決定プロセスがガラッと変わったわけではないと思っています。ただ、圧倒的に変わったのは、情報量が格段に増えたことです。
以前はひとつの製品がいいなと思ったら、消費者はそのメーカーやそのブランドに対して好感を持ち、購買意思決定の拠り所にしていました。でも、今はネット上で情報が集められるので、ブランドのイメージやブランドへの信頼だけではなく、インフルエンサーなど「この人いいな」と思う人の推薦も利用できるようになりました。つまり、情報の単位や発信元がメーカーやブランドではない場合も増えているわけですね。
- 西村
- そうですね。今の杉谷先生のご指摘は大きな論点で、人が購買のトリガーになるとき、ブランドにとってはいかに「生活者の感情や共感を掻き立てるか」が重要になると思いました。エッジが立った商品や世界観が統一された商品は、やはり生活者を惹きつけています。
- 柿原
- 西村さんのお話は、ご友人のおすすめで男性用化粧品を買うまでは、“感情ドリブン”ですよね。現時点では、特定のメーカーが気に入ったら直販サイトで買うかもしれないけれど、感情の動きによってはその流れに乗らないかもしれない。メーカーの視点で考えると、マーケティングのアプローチはこれまでと変わらない気がしますが、入口の部分は大きく変わっていますね。感情を意識して目に留めてもらうための工夫や、情報の集約が要るのだと思います。
- 西村
- そうですね。記事も音楽も今までは提供側が束ねていたのが、デジタル時代になってバラバラになり、それを改めてプレイリストのように“まとめる人”に信頼性が生まれているというのは大きな変化です。
- 柿原
- 一方で、購入者としては、そんなに入念に調べたり考えたりしてモノを選ぶことは少なくなっていると思います。以前はブランドに対して「これなら信頼できる」と直観的に購入を即決していたのが、今は信頼されなくなりつつある。さらには、「より感情を揺さぶる人」によって「ほしい!素敵!」だという感情が喚起されて、共感につながっていると感じます。
- 米満
- ブランドからよりも、自分以外の他者からのおすすめのほうにより感情が揺さぶられる、と。
- 柿原
- はい、ソーシャル上で、素の感想を語っている人のほうが、ブランド主語の情報よりも中立で本物っぽく感じる側面があります。そうなると、相対的にブランドへの信頼性がつくられにくくなっているのではないか、というのが私の感覚です。
- 澁谷
- 「“人”で買う」という行動はアジア圏でも起きているようですね。大学のアジア圏からの留学生でも、親戚が起業しているという人がとても多いのです。なので、ブランドで選ぶのではなく「親戚の会社で、親戚の店で扱っているから買う」という意識がとても強い。
- 西村
- 信頼性は究極的には“人”に行き着く、と。サービス業の販売員さんや営業さんも、この人だから買うという要素が強そうですよね。
「感情」による買物行動は、アイデンティティにも影響する?
- 西村
- 「感情が動いてすぐ購入する」ことがデジタル上で起きているのは、いくつかの事例をベースに確認できたかと思います。この研究会でもたくさんの商品やサービスがあげられ、購買行動の立脚点として「感情」が重要だというのは、一定のコンセンサスがあったかと。
杉谷先生はどのようにお感じになられていますか?
- 杉谷
- 前回議論になりました、製品単品じゃないとなかなか興味を持ってもらいにくいという点は、“タイパ”重視に通じるところがあるように思います。情報が多すぎるので、消費者は情報処理をさっさと終わらせるようになり、また、ネットの検索機能の影響で簡単に答えが出る環境にも慣れてしまっています。
一方、従来のブランド論で言われていたような、ブランドを理解したり、そこに自分らしさを見出したりするプロセスは、ある程度の情報処理能力を前提としていたのではないか、と感じました。時間もないし、情報処理も面倒だということになってしまうと、ブランドのストーリーに触れたり、それに共感したりして、買ってもらうというアプローチは難しくなりそうです。すでに存在しているファンに、より熱心になってもらうことはできても、新規層やライト層を取り込むには向かないのではないか、と考えていました。
- 西村
- たしかに、タイパ重視と、ブランドとの関係構築は対極にありそうですね。
- 杉谷
- どこかに、世代の分断があるのかもしれないです。私は「自己とブランドの関係性」について調査を続けてきましたが、ある程度の年代に達しないと“自分らしさ”が見えていないので、自分らしいブランドは見つけられないという傾向も見られました。発達心理学でも、二十歳前後は、まだアイデンティティが明確ではない年頃だとされています。
私自身は、SNSで見てパッと買うことはないので、単品しか売れないと結論付けてしまうことには違和感があるのですが、デジタルネイティブ世代とそれ以上の30代以上の生活者では、違うことが起きていると考えることも必要かもしれません。
- 柿原
- わかります。私もZ世代やその下の世代を調査していますが、物心ついたときにスマートフォンやSNSがあったかどうかで、ブランドへの心理や購買行動などが大きく違うなと感じています。SNSのフィードに、情報がフローでどんどん流れて行ってしまうのがデフォルトで、振り返ったり調べたりする時間もないので、「出会った瞬間にピンときたらパッと買う」行動が広がっているのではないかと。
- 西村
- となると、今のα世代が30代や40代になって自分らしさが見えてきたとき、自分にふさわしいブランドを見つけられるのか、それとも今のままなのかというのは大変興味深いですね。ぜひ経年分析したいところです。
「感情」を揺さぶり、共感を広げるブランディングとは?
- 西村
- 感情をベースにしたブランディングを考えるにあたっては、基本的には主語はメーカー側で、ブランドが世界観やストーリーをつくって感情を込めていく……と想定して議論してきました。ですが、ここまで出てきたように、それほど熱心にブランドに共感する人は少なくなっていて、むしろ用意された世界観に対しては本物らしさを感じられないような気もしてきました。
一方で、ブランドの世界観とは切り離されたところで発信されるインフルエンサーの動画には共感が広がって、ライト層にも広がっていく。これは、エモーショナルな思いを直接伝えたいブランドにとってはつらい状況ですが、ライト層を取り込む策にはなっていると思いました。
- 石淵
- そうですね。以前この研究会で実施したインタビューからは、消費者がインフルエンサーに対して共感できるところを積極的に見つけだそうとしているようにもみえました。
感情には、ポジティブな感情とネガティブな感情があり、その広がり方が違います。ネガティブな感情を持つと、問題解決に一点集中して周りが見えなくなりがちです。その一方で、ポジティブな感情を持つと積極的に視野を広げていく傾向があるとされています。そう考えると、例えばインフルエンサーの動画を見てポジティブな感情が生まれた場合には、その感情が起点となって信頼性の判断が拡張されることも起こっているのでは、と思いますね。
- 柿原
- それでいうと、インフルエンサーの活用は昔からあるテレビショッピングと近いようで違うのかもしれないですね。テレビショッピングでは、進行役とは別のMCが、「その商品、ほしい!」と感情的に話したりはしていますが、視聴者はその人に対して共感して買うわけではなく、番組やMCへの信頼がベースになっていると思います。また、中国や東南アジアではライブコマースが日本以上に盛んですが、これもお勧めしているインフルエンサーへの信用が大きそうですね。
- 石淵
- インフルエンサーは、見る人に共感を抱いてもらうことに長けていそうです。あるインフルエンサーさんの記事を読んで、それを実感したことがあります。その方は、キャラをつくったりせず、素の自分の感情を出して商品をすすめていったらどんどん支持されるようになったそうです。
- 西村
- 前回、今回(連載第7、8回)の議論は、総じて「人、人、人」という感じですね。とするとメーカー側ができることとして、インフルエンサーが取り上げたくなる、彼らの感情を動かすようなモノづくりやコンテンツづくりが挙げられそうです。
- 杉谷
- インフルエンサーの影響を、情報に最初に接触した時点の感じ方から考えていくのは、新しくて興味深いですね。
- 米満
- そこには更にプラットフォーマーのレコメンド機能、そのアルゴリズムも大きく影響しています。SNSのフィードには、自分が共感を抱きそうなインフルエンサーがたくさん並んでいるわけですから、情報処理環境の前提が異なっていることを前提にコンテンツを考える必要がありそうです。
- 西村
- やはりコンテンツベースなんですよね。となると、膨大なコンテンツが流れる中でパッと目に留まるか、感情が動くかどうかがカギになりそうです。
- 米満
- 前回、今回と何がトリガーになって購買行動が起こるのかを中心に、感情や共感だけでなくプレイリスト、アイデンティティなど様々なキーワードも新たにでてきました。次回は、また新たなテーマでみなさんと議論できればと思います。ありがとうございました。
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澁谷 覚氏早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、『消費者行動研究』編集長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
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柿原 正郎氏東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
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石淵 順也氏関西学院大学商学部 教授関西学院大学商学部中途退学(大学院飛び級入学のため)。同大学商学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。福岡大学商学部専任講師、助教授を経て、2006年4月関西学院大学商学部助教授(現准教授)、2011年4月より現職。専門は、消費者行動論、マーケティングリサーチ、商業論。特に、買物行動、消費者行動における感情の働き、商業集積の魅力などを研究。主著に『買物行動と感情―「人」らしさの復権』(有斐閣, 2019年)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事、日本マーケティングサイエンス学会学会誌編集委員等を歴任。
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杉谷 陽子氏上智大学経済学部経営学科 教授慶應義塾大学商学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。上智大学経済学部経営学科助教、准教授を経て、2019年より現職。専門は消費者心理学、ブランド論、マーケティング論。日本商業学会関東部会理事、日本マーケティング学会常任理事、消費者行動研究学会理事。日本商業学会『流通研究』編集委員、消費者行動研究学会『消費者行動研究』副編集長等を歴任。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員マーケティング・リサーチ会社勤務の後、株式会社博報堂にてストラテジックプランニング・ディレクターとして、事業・ブランド戦略立案から顧客獲得、コミュニケーションに関するプラニングに従事。VoiceVision、ブランド・イノベーションデザイン局にて、生活者共創やユーザー・イノベーションを専門に、コミュニティ・プロデューサーとしてプロジェクト推進を行う。2021年より博報堂DYホールディングスにて、マーケティング実践領域の研究開発に従事。経営学修士(MBA)。博⼠後期課程。大学非常勤講師(マーケティング、消費者行動)。