“人間でも機械でもない“生成AIキャラクターが握るインタビューのカギ―従業員インタビュープログラム「ボボットウ」<AI技術編>
近年、中長期的に企業価値を向上させていくための経営手法である「人的資本経営」が注目されています。企業が持続的な成長を果たすためには、人材を“資本”として捉え、その価値を最大限に引き出すことが、より重要性を増していると言えます。このような背景のなか博報堂では、従業員の仕事に対する主観性やモチベーションを可視化するだけでなく、自分の中に眠る内なる本音を引き出すソリューションとして、2023年12月に生成AIを活用した従業員インタビュープログラム「ボボットウ」をリリースしました。ボボットウを開発した背景や実際の活用事例から見るサービスの有用性、それらを実現するAI技術や今後の展望について、<サービス概要編><AI技術編>の二編をお送りします。
本稿<AI技術編>では、社会的に大きな注目を集める生成AIをインタビューに活かし、従業員の内なる本音を引き出すためにどのような工夫や技術的なチャレンジを行ったのかについて、プロジェクトメンバーの滝口 勇也(博報堂 上席研究員/クリエイティブファシリテーター)と林 竜太郎(博報堂 ストラテジックプラナー)、畠山 卓也(博報堂テクノロジーズ DXソリューションセンター プロジェクトマネージャー)、牧野 壮馬(博報堂 データサイエンティスト)に話を聞きました。
サービス編はこちら
(写真左から)
林 竜太郎
博報堂 ストラテジックプラナー
畠山 卓也
博報堂テクノロジーズ DXソリューションセンター プロジェクトマネージャー
牧野 壮馬
博報堂 データサイエンティスト
滝口 勇也
博報堂 上席研究員/クリエイティブファシリテーター
生成AIによって、性格や喋り口調にもキャラクターの“人格”を反映
── はじめに、生成AIをデプスインタビューに取り入れる際に留意した点を教えてください。
- 林
- まず、ボボットウでは 生成AIを使っている部分と使っていない部分があります。というのも、社会的な生成AIに対する期待感や万能感がある一方で、生成AIにすべて自由にインタビューさせるには技術的な発展が追いついておらず、まだ早いと考えているからです。また、AIには長期記憶を持ちにくい性質があることから、例えば30分~60分という時間でインタビューを行う場合、当初の目的を忘れてしまうことも起こり得るでしょう。ですから現時点では、そういった技術的制約から インタビューフロー自体は人間が作り、生成AIが質問を生成して問いかけるといったハイブリッドの形にしています。また、基本的な生成AIの制御はプロンプトエンジアリングをメインに使っていますが、インタビューのデータを取った後の分析はPythonで行っています。企業によって課題感が異なるなか、定性的に聞かないとわからない現場のモチベーションの実態を、インタビュー結果から構造的に分析して、次の打ち手に繋がるきっかけになればと思っています。
- 畠山
- 一つひとつのインタラクティブな会話の中で、AIはある程度の短期記憶を引き継ぐことはできますが、生成AI単体のAPIを使う観点でいくと、人間と同じように質問を繰り返していくうちに最初の方で話した質問を忘れてしまう性質があるんですよね。
- 牧野
- インタビュー時間が短く、そんなに凝ってない内容のものであればできると思いますが、企業向けに一定の専門知識を持った状態でインタビューを遂行していくのは、現状のLLM(大規模言語モデル)だと難しいと思います。
- 畠山
- もちろん、そこは生成AIをカスタマイズしていけば解決できるところではありますが、単純に生成AIの制御や完了要件を決めるのが難しいという側面もあるんです。インタビューを実施するときは「何を持ってゴールとするのか」、「何を聞き出したいのか」といった目的をしっかり定義しなくてはなりません。特に、後者の「何を聞き出せば成果とするのか」という部分をAIが判断するのは非常に難しく、現実的ではないんですね。こうした背景から、ボボットウでは人間の考えるインタビューフローと生成AIで対応するところを棲み分けていて、現段階では最低限の目的を達成するというような仕組みを取っているわけです。ボボットウの根幹である、従業員の本音や仕事へのこだわり、好きを引き出すために、人間が用意した固定の質問を引き継いで、「〇〇と言ってましたけど、本当はどう思っているんですか?」とAIが問いかけていくことで、インタビュイーの懐に入っていくように設計しています。
──従業員の思いは千差万別と言えますが、本音を引き出すために生成AIを活用した創意工夫はどこにあるのでしょうか。
- 林
- サービス編の話と繋がる部分としては、生成AIにボボまるというキャラクターの“人格” を目一杯注入したことです。プロンプトの指示によって、性格や喋り口調にもキャラクターの人格を反映させ、統一されたUXの中で温度感や手触りのあるインタビューにすることを目指しました。キャラクターが一貫性を持って質問してくれるようにすることで、なんとなく人間と話している感覚になっていき、次第にボボまるとの関係性が構築され本音を言いやすくしていく。設問の過程で、少しずつ自分のことをわかってくれていると感じるようなユーザー体験を意識しました。「距離感を少し縮められる人格を作る」ことにこだわったことで、サービスのテスト段階では、回答した従業員の方から「次回のインタビューでも、ボボまるに自分のことを忘れないでいてほしい」という声をいただくことができました。
- 滝口
- また、企業が抱える組織課題やインタビューの範囲(正社員、パート・アルバイトなど)に合わせて、「組織風土改革カセット」や「採用ブランディングカセット」、「離職率低下カセット」など、あらかじめ用意している質問群(カセット)をもとに、人間がインタビューフローを設計しています。
インタビューフローの中でも、AIに合わせる部分はプロンプトを作成しているメンバーに渡す必要がありますし、定量的にデータを取りたい部分などはUIを設計するメンバーにお願いしなくてはいけないので、その辺りの取り回しや後工程を意識しながらインタビューの中身を作っています。
進化の早いAIに期待しながらスピード感をもって開発することが重要
── AIインタビューならではのUXづくりで意識したのは何ですか?
- 畠山
- インタビューをひとつのUXだと捉えたときに、答えやすくするとか、緩和を取るといったものに加え、「何秒そこで停止させるか」という技術的な細かい調整も行っています。ボボまるが質問した後、可読時間を予測した上で2秒後に回答を記入できるようにするなど、よりインタラクティブな会話ができるようなUXを意識しました。
- 林
- インタビュー後に話した内容を総括して、生成AIがユーザーにキャッチコピーをつけるのも、ユニークな体験かもしれませんね。
- 滝口
- どういうところに情熱を持っているのか。何がやりがいになっているのかなどをもとに、最後の質問項目で「あなたの仕事のスタイルにキャッチコピーをつけてください」というのを設けているんですよ。その際に、“例えば案”をいくつか提示して、 自分なりにキャッチコピーをつける作業をユーザーにやってもらっています。そうすることで、「自分は仕事の中でこういうことを大事にしてるんだ」というのがあらためてわかりますし、キャッチコピーがあると同僚や上長とも共有しやすく、会話が広がるきっかけにもなるわけです。最初の段階では、サービスのオリジナリティを出しすぎないというか、まずは既存のコンポーネントの中でベストなUI/UXを作っていくのを、プロジェクトメンバー全員が共通認識として持っていました。
- 畠山
- アジャイル開発を念頭に置きながら、段階的に機能を拡張していくことを考えていて、現状はある程度失敗してもいいように、プロンプトの制御やUXの担保を行っていますね。
- 牧野
- やはり、AI業界の進歩はものすごく早いので、機能を作り込んでいるうちに新しい機能がアップデートされることはよくあるんですよ。例えば、AIに正確に答えさせるというのは技術的に難しかったのですが、RAG(Retrieval-Augmented Generation:外部情報の検索を組み合わせることで、生成AIの回答精度を向上させる技術)が出てきたことで、その課題もクリアできるようになりました。また、単体のAIで答えさせるのではなく、マルチエージェント(複数のAIを組み合わせること)にすることで多面的に考えられるようになり、AIが苦手としていた“飛んだアイデア”も出せるようになってきています。このように、「今はできないけど、そのうちできるようになる」というのが前提になっているなかで、ひとつの機能を作り込むよりも、いずれAIでできるようになることを期待しながら、スピード感持って開発していくのが大事なスタンスだと思っています。
インタビューフローとレポートの作成がサービスの肝になる
── ボボットウのサービス設計で心がけた点についてお聞かせください。
- 畠山
- 現時点のボボットウにはそこまで高度な技術は必要なく、「ケースに応じた最適なインタビューフローをどのように作成していくのか」という点と、「インタビュー結果を反映させたレポートをどのように1つのカセットとして作るのか」という設計の方が肝になると考えています。ただ、企業向けに一定のフォーマットに沿ったレポートを出すのも必要ですが、企業のニーズに合わせてカスタマイズしていくことでサービスの付加価値が出るため、インタビュー実施後における調査レポートの「カスタマイズ化」と「フォーマット化」の線引きは、コストとのバランスを鑑みながら議論しているところです。
- 林
- ボボットウの導入目的としては、離職防止や従業員満足の向上、パーパス・ビジョンの浸透など企業ごとに異なるわけですが、技術的な視点では「質問の形式」や「生成AIに投げる質問項目の定義」が重要になってきます。企業の課題に合わせてインタビューフローに落とし込み、一つひとつ精査していくと、生成AIに投げる質問と固定で投げる質問のバリエーションがほとんど共通しているんですよ。例えば、ある項目に対して10段階評価してもらったり、100 点満点中何点かと自己評価してもらったりというのはパターン化できるわけです。そうした共通のパターンを集約していくと、目的や課題によらなくても、同一の基盤上で同じ業務フローを通じてサービスの提供が可能になるんです。
── 生成AIのリスクを考えたときに、安全性の担保について取り組んでいることはありますか。
- 牧野
- 生成AIのハルシネーション(嘘回答)を防ぐための対策として、ユーザーとエージェントの間にフィルターを何重にもかけ、いろんな角度から生成AIの制御を行っています。
- 滝口
- AI側が積極的に何かを喋るのではなくて、ユーザーが「仕事がやりがいなんです」と答えたら、「仕事がやりがいなんですね」と繰り返すのがインタビュアーの基本スタンスです。なので、別のところから何かを持ってきて、勝手にAIが発言を始めることは避けるようにしていますね。また、リスク管理の取り組みとして、ユーザーの個人情報は取得しないようにし、安心して回答できる環境を提供する点も意識しています。
AIによる対話型インタビューの実現に向けた技術的チャレンジ
── 今後の技術的チャレンジについて、考えていることを教えてください。
- 畠山
- まず足元では、ボボットウのマルチデバイス対応を進めていきます。ボボットウは、18歳から70歳までと非常に幅広い年齢層のユーザーが使うものですが、人によってモバイルやPC、タブレットなどインタビューに答える際のデバイスが異なるので、どの環境であっても答えやすいようなUIを作っていく予定です。また、中長期的には「AIによる対話型インタビューの実現」も見据えています。この研究分野は、人工知能学会などのアカデミックな機関でも注目されているトピックですが、まだまだ発展途上で技術的にどこでブレイクスルーを迎えるかが不透明になっています。だからこそ、ユーザーからフィードバックをもらいながら、着実に実績や信頼を積み上げていくのが正しいやり方だと考えています。
そうした背景の中で、具体的には「ローコード化/ノーコード化」や「音声入力化」にも取り組んでいきたいと考えています。現状はインタビューフローを人間が作成し、それをシステムチームがUIに落としていくためのシステム化を行っていますが、将来的には非エンジニアでもインタビューフローを自由にカスタマイズできるようにしたいですね。音声入力化についても、今のテキストインタビュー形式だとどうしても考えを整理してからでないと入力できませんが、音声であればインタビュイーが自分の中で回答が整理できていなくても喋り始められるため、テキストに加えて音声入力にも対応できればと思っています。
- 林
- 畠山さんが説明した内容のほかに、レポートの使い勝手のバリエーションも増やしていく予定です。現在は従業員や部署ごと、会社単位での発行になっていますが、自分の振り返り用や面談での活用、他者との共有などいろんなレポートの使い方があるので、用途に応じてレポーティングできるような機能も追加していきたいと思っています。
- 牧野
- レポートの自動生成で言えば、この1年間で劇的に変わりました。プロジェクトを立ち上げた当初は、正確なデータ分析をLLMが行うのは難しい領域で、人間が分析の内容を定義し、手作業でインタビュー内容を分析していたんです。それが直近半年くらいで、正確な演算が可能になってきたことで1項目ずつデータをLLMに読ませて統計値を出したり、自然言語処理させたりすることができるようになりました。インタビュー全体を自動化するのはまだ少し先になると思いますが、データの構造的な分析ができることで、例えば部署ごとのモチベーション構造の相違を発見し、人材マネジメントに活かせるようになると考えています。また、ボボットウのインタビューの仕方に関しても、AIが感情や発話意欲を認識し、従業員ごとに聞き方や例示を変えていくことで、相手の真意を開示しやすくするなど、「インタビューの質や個別性の向上」にも取り組んでいきたいですね。
キャラクターが人間でも機械でもない、独自のポジションを確立していく可能性
── 最終的には、どのような到達点を目指しているのでしょうか。
- 畠山
- インタビューのテーマや目的からインタビューフローを設計し、インタビューの実施を経てレポートを生成するところまで、全て生成AIで完結するようにすることを最終形として思い描いています。例えば、博報堂からあるプロダクトに関するテーマのもとインタビューの依頼がされた場合には、それらを入力するだけでインタビューの質問項目やゴールが設定され、AIが従業員へのインタビュー実施からレポートの自動生成までを担うようになるということになります。個人的には、牧野さんが話した「発話意欲の認識による高度なインタビュー」を実現したいと思っています。曇った表情や興奮している表情、興味がある表情など今まさに研究されていて、そうしたインタビュイーの表情の機微に応じて、質問を変えたり自己開示度を測ったりすることができれば、よりインタビューの精度が高まるわけです。
滝口さんは長年の経験から培われたプロのインタビュアーとして、相手の非言語的な特徴や動的なアクションを見ながら温度感を判断し、臨機応変に対応していると思うんですが、それをAIでも実現できるようになりたいですね。ボボまるが自分でインタビューの内容を考えて進めていくなかで、人間のように音声で相手とインタラクティブな会話をしていく。つまり、生成AIによるインタビューを「いかに人間に近づけていくか」がポイントだと考えています。
- 滝口
- メンバーみんなの話を聞いていて、裏側が日進月歩でアップデートされていくからこそ、最初の段階で僕らがUI/UXに注力していたのは正しかったなとあらためて感じました。どんなに技術のスピードが早くなって、より正確になっても、「このインタビュアーに話したい」と思ってもらえるかどうかが、インタビューを行う上で一番大事なわけです。そういう意味では、AIが人間に近づくことで、本当にいいインタビューになるのかについては、ちょっとまだわからないと言えるかもしれません。優秀だけど、当たり障りのない質問ばかりしてしまい、本質を突かないインタビュアーになりそうだなという気もしているんですよ。例示を出すのがAIにしかできないインタビュー手法だったように、今後さらに技術が進歩しても、人間ではなくAIがやるからこそ、もっとすごいインタビューの形はあると思うので、トライ&エラーを繰り返しながら、理想の形を見出していきたいなと考えています。
- 林
- いわゆる教科書的に上手なインタビューは、AIの技術が進化すればできるようになってくる一方で、人間がインタビューを行う場合、相手が答えに詰まった時に、飛んだ角度から質問したり話題を切り替えたりもすると思うんですよ。果たしてそれがAIにできるようになるのかと考えた際に、現段階では技術的な問題をクリアする期待と、本当に可能になるのかという疑問の両方が入り混じっている感覚を持っています。
- 畠山
- 他方でLLMは、こういう場面で飛んだアイデアを出すという法則性があるので、飛んだアイデアを出すのは得意な領域なんです。ただ、実は“人間臭さ”の部分はまだ解明されていなくて、言語化できてないところも多い。そこが技術的にチャレンジポイントになると思っています。AIもハルシネーションを起こすし、愚かなんですよ。その愚かさをより人間に近づけるのか、あるいは違う形で改善していくのかなど、色々なやり方があると思いますが、「制御する人間側がどのようにやるか」が大事になってくるのではないでしょうか。
- 牧野
- あとは生成AIだけではなく、予測AIも組み合わせて使うのもひとつの方法だと思っています。予測AIで相手が話しそうなことはある程度わかったとして、そこからずれるということは、その人のことをまだわかっていないと言えますし、「なんで?」という質問が出るはずなんですよね。そして、予測がどんどん進んでいくと、相手のことが少しずつわかってきて、“友達”としてはかなり距離が近くなっていくわけです。生成AIだけだと不十分な部分もあるので、これからは昔からある予測AIの技術もうまく活用していくことが求められるのではと考えていますね。
- 畠山
- 生成AIはクリエイティブなことは得意だったりするんですけど、正しく予測するとか正しい答えを出すというのは苦手なんですよね。だからこそ、 そういった既存の機械学習の予測モデルを組み合わせ、正確性を担保していくのは、技術的な取り組みとして有用だと捉えています。
- 滝口
- 「人とAIは対峙で語られること」が多いわけですが、 今回の対談を通してあらためて感じたのは「キャラクターがいることの重要性」でした。アンケート結果で出ているんですが、人は人に喋るよりAIに対しての方が喋りやすい。AIの方が喋りやすいけど、無機質だと喋りたくない。一方で、キャラクターが喋るとか話を聞くというのは、今までできなかったから研究もされていないんです。「AIが人間のように聞く」ことは研究が進んでいる一方で、「キャラクターがキャラクターとして聞く」のは全然違う気がしているんですよ。人間でもなくて機械でもない、独自のポジションを作っていく。こうした方が、人間にとっても心地よく感じるのかもしれません。AIと人間の対比はもう古いというか、単なるスペックの争いではなく、新しい関係性を作ろうとするのが重要になるのではと思っていますね。
- 牧野
- 極論言えば、今の会社を辞めて違う会社に行っても、ボボまると話せるという「ポータビリティの高さ」はキャラクターならではだと思います。普通なら、勤め先のキャリアコンサルタントと話していても、転職すれば関係が切れてしまうわけですが、ボボまるに「どこの会社へ転職しようかな」と相談できるのはすごく大きなメリットですよね。ずっと自分がボボまるとどういう会話をしてきた、相談してきたという「蓄積」はあるからこそ、信頼できるというか。ある種、企業とインタビューを分離する役割をキャラクターが担っていると言えるのではないでしょうか。
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博報堂 ストラテジックプラナー
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博報堂 上席研究員/クリエイティブファシリテーター