資産運用を当たり前へ。日本には、いま何が必要か? ターングループ×HAKUHODO Fintex Base(連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.14)
目次
「人生100年時代」と言われる中、日本政府は新NISAを開始するなど、資産運用立国を目指す取り組みを進めています。それに併せて、高校教育における「資産運用」の必修化など、金融リテラシー向上の機運も高まっています。生成AIなど、金融に関する学習に役立つテクノロジーも急速に進化してきました。
ターングループ株式会社は個人向けに金融リテラシーを向上させるアプリを提供するなど、資産運用トレーニング事業に挑戦している1社です。同社のニコラス・グールド代表取締役Founder/CEOと、Fintechサービスにより生活者の金融体験がどう変化するかを研究しているHAKUHODO Fintex Base代表の山本が、日本の資産運用の現状や、国外との違い、より個人投資家を増やすための施策、生成AIがもたらすインパクトなどについて語り合いました。
HAKUHODO Fintex Base代表
山本 洋平
ターングループ株式会社 代表取締役Founder/CEO
ニコラス・グールド氏
個人投資家の力になりたいと考え、事業を開始
- 山本
- まずは自己紹介をお願いいたします。
- グールド
- 私は、オーストラリアで生まれ、大学では経済学を勉強しました。卒業後は投資銀行に勤め、オーストラリアのシドニーとイギリスのロンドンで11年間、機関投資家向けのビジネスを経験しました。その間、出張で日本によく来ていて、「いつか日本に住みたい」と考えるようになりました。
なかなか機会に恵まれなかったのですが、絶対に日本で働きたいという思いから、2009年に日本に移住し、自分で事業を立ち上げました。でもしばらくして、「このまま自己資金で事業を続けるのはリスクが高い」と考えるようになり、日本の証券会社に勤めることを決めました。
その証券会社では、個人投資家向けのサービスに携わり、リテール投資の世界を理解しました。その際に、個人で投資をされている方が、投資への知識がないために非常にリスクの高い投資をしていたり、投資に対して不安を抱いたりしていることが分かりました。
その後、日本のIT企業で金融システムのソフトウエア開発も経験しました。金融とITの知識を身に付けたことで、「この両方を生かせば、日本の個人投資家の方のお役に立てるはずだ」と考え、2023年にターングループを設立しました。

- 山本
- 日本の個人投資家に、投資に対する教育をする必要がある、とお考えになったのですね。
- グールド
- はい。ただし、簡単ではないということは証券会社に勤めていた当時から分かっていました。その証券会社でもお客様向けセミナーなど金融教育の取り組みはしていたのですが、あまり上手くいきませんでした。
お客様には共通して、「稼いでいる投資家は、何か特別な秘密、コツを知っているはずだ」という思い込みがありました。実際にはそんな秘密やコツはないのです。しかし個人投資家の方はセミナーでそういったことを教えてもらえると期待して参加し、そうでないと分かると関心が離れてしまうようでした。
私は投資銀行に所属していた際、誰も投資のやり方を教えてくれませんでした。マニュアルもありません。でも、投資で駄目な行動をすると物凄く上司に怒られました。そうして、長く経験を積むうちに投資が分かるようになっていったのです。
私は日本に15年住んでいますが、まだ日本語が上手くありません。でも私より後に日本に来た外国人から、「日本語が上手いですね」と褒めてもらえることがあります。一方で、私より遥かに日本語が上手い外国人が知り合いにいます。彼は18歳から日本に来ていますから当然ですよね。投資も同じで、しっかりと経験を積むことが重要なのです。
日本の個人投資家の方には、1年間で資産を2倍にしたい、といった考えの方が多くいます。これはギャンブルです。プロの投資家でも、年間15%利益を上げれば褒めてもらえます。そういったことについて1つずつ学んでいくべきです。
ただし、投資をする多くの方は、家族がいるなどの理由で自由に使える時間が限られています。それが理由となり、すぐに役立つ秘密の方法やコツを求めてしまうのだと思います。ですから、そういった方でも、無理なく投資について学べる仕組みが必要だと考えていました。
投資を始めるための手続きからサポートする
- 山本
- ターングループで取り組まれている事業について教えてください。

- グールド
- BtoCとBtoBで事業を展開しています。
BtoC事業では、個人向けに金融リテラシーを向上させるアプリを開発しています。アプリを使うことで、安全な環境で金融市場について学び、実践経験と自信を積むことができます。現在、トレーディングに特化したアプリ「Turn Trade」と、個人のお金の管理をサポートするマネーリテラシーに特化したアプリ「Money Mentor」の2つを提供しております。

BtoB事業では金融機関向けにアプリなどのシステムを開発したり、金融に関するコンテンツを提供したりしています。コンテンツの提供とは例えば、我々が開発したトレード分析システムのユーザーである金融機関様向けに、トレードのデータを基にした詳細なレポートを作成し、アドバイスを行う、といった具合です。
- 山本
- 先ほど「個人投資家にセミナーを受講してもらっても、金融リテラシーを高めるのは難しかった」というお話がありましたが、アプリではどういった工夫をしていますか。
- グールド
- Money Mentorを例にお話します。私は証券口座の開設をはじめとした各種手続きなど、実際に投資に至るまでのハードルが高いと感じています。私自身、日本で証券口座を開く手続きに非常に苦労した経験があります。ですので、そこを乗り越えてもらうためのサポート機能をアプリで提供しています。このサポート機能は、忙しい人でも投資ができるように配慮していることも大きな特徴です。
具体的にお話します。例えば、「NISAに挑戦して、投資信託を運用してみたい。でも時間が取れるのは月、水、金の夜1時間だけ」という人がいるとします。その人がMoney Mentorに希望を伝えると、Money Mentorがカレンダー上でスケジュールを組みます。「まず〇月〇日月曜日に証券口座開設のために必要となる書類を集めましょう、次に二日後の〇月△日水曜日に証券会社で証券口座開設の手続きを始めましょう」といった具合です。こうした手順で、NISA口座開設や、投資信託といった各プロセスを少しずつ進めていきます。
NISAや投資信託どういったものかを理解してもらうために、教材やクイズなど様々な教育コンテンツもアプリ上で提供しています。アプリを使っていただければ、投資に必要な手続きが進み、同時に必要な知識も身に付けられる、という訳です。
Money Mentorは投資に限らない、総合的な金融プラットフォームです。そのため、保険購入や住宅ローンなど、他の金融分野でも手続きをサポートし、教育コンテンツを提供しています。
銀行や証券会社を自分で立ち上げたい
- 山本
- とても面白いアプリですね。投資をしたいと思っても、何の手続きから始めたら良いかが分からない、という人は多いと思います。アプリではマネタイズについてどのようにお考えですか。

- グールド
- マネタイズの方法はいくつかあるのですが、今の時点ではまだ大きなビジネスに繋げるのは難しいかなと考えています。例えばアプリ上での証券口座開設の手続きの際に、特定の証券会社を紹介してフィーを得る、といった形も検討しています。ただし、この形では大きな利益には繋がりません。
私の夢としてあるのは、自ら銀行や証券会社を立ち上げ、アプリ上で連携する金融機関を全て自社運用することです。これを実現するには、多くの人にアプリを使ってもらって実績を作り、ベンチャーキャピタルを説得できるようにしなくてはなりません。ですから、まずはアプリをより魅力的なものにし、ユーザーを増やすことを考えています。
日本人の多くは、資産運用について自分で考えることに不安を覚え、ファイナンシャルプランナー(FP)などのプロに任せたいと思っています。確かにFPは豊富な金融の知識を持っていますが、ビジネスの構造上、より価格が高い商品を売って多くのマージンを得る、ということを優先せざるを得ません。
私は個人投資家の方に、しがらみなく最適な選択肢を提示できるサービスを提供するのが目標です。そのためには、最終的に自社で金融機関を運用する必要があると考えています。

- 山本
- では当面はどのように収益を上げていくのですか。
- グールド
- 先ほどお話したBtoBビジネスで収益を上げることができています。BtoBビジネスを展開しつつ、将来的にはBtoCビジネスを大きくして行けたら、と展望しています。
友人とお金の話をして欲しい
- 山本
- 一般的な話に移りますが、日本の金融教育の状況についてどう見られていますか。
- グールド
- コロナ禍を経て、投資に興味を持つ人が増え、良い状況に変わって来ていると感じます。動画サイトでも、テレビ番組と同じレベルの金融教育コンテンツを気軽に見られるようになりました。
ただし、「投資についてのコンテンツを見る」のと「実際に投資する」には大きな違いがあります。実際に投資に踏み出してもらうための後押しが必要になっている状況だと感じます。
- 山本
- 実際の投資に移れないのは何故でしょうか。日本人は海外に比べて資産運用のリテラシーが低い、といった課題があるのでしょうか。
- グールド
- 例えば、投資の判断をするとき、「100万ドルを得る確率が30%、20万ドルを失う確率が70%」だとしたら、その期待値を計算します。この場合、期待リターンは16万ドル(1,000,000 × 0.3 − 200,000 × 0.7)になります。損をする確率の方が高くても、確率的に見ればリターンはプラスになるのです。
海外の方が、挑戦を尊ぶ傾向も強いように感じます。私は子供の時にオーストラリアで、「新しいことにどんどん挑戦しよう」と言われて育ちました。「仮に失敗したとしても、勉強になるから怖くない」とも教わったため、失敗を恐れず挑戦することができました。海外では、私と同じような環境で育っている人が多いです。こうした考えを持つ人は、投資に踏み出しやすいはずです。
一方で日本人の場合、間違えることを恐れる傾向が強いです。失敗するリスクがあるならやりたくない、という人が多い印象です。私も15年日本に住んで、日本人の考え方が分かるようになりました。どんどん失敗を恐れるようにもなっています(笑)。
日本人の考え方は、社会のシステムに根差したもので、素晴らしい点も沢山あります。平和を好み、謙虚である日本人を私はとても尊敬しています。
- 山本
- それでも「投資をした方が良い」という機運は高まって来ているので、日本人も少し変わっていかなくてはならないタイミングに来ているということですね。

- グールド
- 一番変わると良いなと感じるのが、知り合いとお金について話すのをためらうことですね。海外では、もっとお金について友人同士で話す機会が多いと思います。例えば、私は日本に住む外国人の友人グループがあり、お互いにお金や投資、キャリアの目標について情報を共有しています。アドバイスをし合ったり、意見を交換したり、支え合ったりする関係です。時には、こうして話をするだけで、新しい解決策や視点が見つかることもあります。
一方で、日本人の友人と話すと、こうしたお金の話にまだ慣れていない方が多いと感じます。それでも、最近は少しずつ変わってきていて、お金や金融について話すことが日本でも受け入れられつつあると思います。この流れはとても良いことだと感じています。
投資はスポーツと似ているところがあります。私が投信銀行に所属している際は、まるでチームスポーツをしているかのように、複数人で動いて利益を出していました。日本の個人投資家の方も、友人と情報を交換し、考えを相談し合い、共に成長して行くことができれば、成功に近づくと思います。
すぐには成功できない点もスポーツと一緒です。野球をやり始めてすぐにメジャーリーグには行けません。投資においても、少しずつ成長することを目指しましょう。
投資には正しい方法はなく、時には自分で判断する必要すらありません。友達の考えに乗っただけだとしても、儲けられればそれが正解です。オープンな心で、投資に取り組んでもらえたらと思います。
生成AIは有用だが、人間の判断との組み合わせが欠かせない
- 山本
- ターングループのアプリには、AIが資産運用を支援する「AIコーチ」の機能があります。他の金融系サービスにおいてもAIを使った様々な機能が搭載されるようになってきました。生成AIをはじめ急速に進化するAIは、金融や資産運用にどのようなインパクトがあるとお考えですか。
- グールド
- 生成AIはリサーチと学習のための素晴らしいツールです。「資産運用におけるリスクとは何か」といったことを調べたい場合、Web検索だと調べるのに苦労することがありますが、生成AIを使えばすぐに調べることができます。これまでプロフェッショナルのみがアクセスできた強力な分析ツールについても、多くの人がAIを介して容易にアクセスできるようになりました。
しかし、生成AIの回答は、あくまでWebにある情報を参考にしたものです。現状では、質問への完璧な回答を生成AIに求めるのは難しいと感じています。例えば税金の支払いについて何らか質問する場合、90%は生成AIの回答で問題無いと思いますが、最後の10%はプロである税理士の方に相談した方が良いでしょう。
生成AIに完璧な回答を求められないとしても、使うメリットは十分にあると思います。税金の支払いの例で言えば、初歩的なことから全て税理士の方に質問するとコストがかかり過ぎてしまいますから。税金以外の分野も同様で、経験を持つ人間の判断を組み合わせることが欠かせないと考えています。
- 山本
- ありがとうございます。生成AIが金融不安を取り除くバディとなり、最後はリスクテイクしていく、それくらいの勇気を日本国民が持てるようになると、本当の意味で資産運用立国になっていくかもしれませんね。金融教育も資産運用の民主化も長い目線でみるとまだ始まったばかりです。日本国民の一人ひとりの勇気ある一歩が、大きな一歩になっていくことを期待しています。
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HAKUHODO Fintex Base代表/博報堂ストラテジックプラニング局 チームリーダー新卒で外資系大手SIer入社。その後、大手メディアサービス企業にてネット業界ブランディングに従事、総合広告会社を経て現職。クリエイティブ・事業からシステム基盤と振り幅の広いスキルを最大限に活かすフィールドを求め、博報堂に転身。現在は、BtoB、飲料、通信・自動車・HR・Fintechとあらゆる業種を担当し、事業視点からのマーケティング戦略を策定するチーフイノベーションディレクターとして活動。JAAA懸賞論文戦略プランニング部門3度受賞、共著「ウェルビーイング市場を拓く技術開発戦略」
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グールド ニコラスターングループ株式会社 代表取締役社長タスマニア大学経済学部卒業。シドニーおよびロンドンの投資銀行で10年間、コモディティトレーダーとして勤務。2009年に来日後は、日本の証券会社およびIT企業にて、テクノロジーを活用した個人投資家の金融リテラシー向上に注力。2023年12月に日本のベンチャーキャピタル企業からのシード資金を受け、ターングループ株式会社を創業し、代表取締役社長に就任。

