
デジタルマーケティングの最前線 【博報堂デジタルイニシアティブの挑戦 Vol.6】「データクリーンルーム」を活用した広告効果測定の新たな方法論
個人情報の取り扱いのルールが厳格化され、Cookieなどの利用が制限される中、これまでとは異なるデータ分析とデジタル広告配信の手法が求められるようになっています。博報堂DYグループのデジタル専門家集団である博報堂デジタルイニシアティブ(HDI)は、プラットフォームの「データクリーンルーム」とクライアントが保有するファーストパーティデータを活用して広告効果を測定する新しい方法にチャレンジしています。その方法論について、HDIのメンバーに解説してもらいました。
寺田 耕陽
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)/博報堂デジタルイニシアティブ(HDI)第一ビジネスデザイン本部
服部 光太朗
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)/博報堂デジタルイニシアティブ(HDI)第一ビジネスデザイン本部
「広告純増効果」の割合をいかに可視化するか
──今回は、HDIが新たに取り組んでいるデータクリーンルームを活用した広告効果測定の方法論についてお話しいただきます。まず、データクリーンルームとはどのようなものなのか、あらためてご説明いただけますか。
- 寺田
- ご存知のとおり、個人情報を保護する動きが世界的に進んでいて、従来のようにCookieを使った広告配信や分析が難しくなってきています。Cookieに代わるデータとして重視されるようになっているのが、メールアドレス、電話番号、端末情報、会員登録情報などのユーザーIDです。もちろん、ユーザーID自体が個人情報に該当する場合が多いので、個人情報保護法に則って、取り扱いには十分に注意しなければなりません。
そこで、各プラットフォームは、セキュリティを万全にした状態でユーザー許諾の取れたIDなどのデータを分析できる「箱」を用意するようになりました。それがデータクリーンルームです。いわば、手術を行う無菌室のようなもので、そこに複数のID情報や広告配信の情報を入れ、データを暗号化したうえで突合することによって、さまざまな分析値を抽出することが可能になります。あくまでも、個を特定しない群の「数字」として分析結果を見ることを可能にするのがデータクリーンルームの機能です。
──そのデータクリーンルームを利用した広告効果測定の方法をお聞かせください。
- 寺田
- 僕たちのチームのミッションは、クライアントが提供しているサービスの利用率を上げることです。そのためには、「該当のサービスをスマートフォンにインストールしているけれど活用していない人」に対して、広告を配信し利用率をあげることが必要になります。ターゲットに対してどのような広告を配信するとサービス活用率が上がるのか、その「広告純増効果」の傾向を明らかにすることで、広告の投資対効果を高めることが可能になります。
では、「広告純増効果」の割合を明らかにするにはどうすればいいか。
それは、スマートフォン端末それぞれに付与されているIDの活用です。ユーザー許諾のとれたIDから「サービスをスマートフォンにインストールしているけれど活用していない人」を抽出し、そのグループを2つに分けます。そして、一方のグループには広告を配信し、もう一方のグループには広告を配信しないことで、広告後のサービス活用率にどのような差が生まれるかを検証します。その差分を広告の「純増効果」という形で導きだしています。
そこで役に立つのがデータクリーンルームです。「箱」の中にIDと広告配信情報を入れることによって、「広告を配信したID」と「広告接触後にサービスを利用したID」が突合され、広告接触とユーザー行動の関連が明らかになるわけです。
──なるほど。例えば、広告に接触していない人の利用率が10%で、接触した人の利用が60%だとすると、その差分の50%を広告による純増効果としているということですね。
- 服部
- そうです。その検証結果をその後の広告配信に活かすことで、投資対効果の高い広告配信が可能になります。
広告の「無駄撃ち」を避け、投資対効果を高める
──この施策が実行されるようになった背景をお聞かせください。
- 寺田
- 一般に、サービスを普及させるフェーズにおいては、ユーザーの絶対数を増やすことが重視されます。この段階では、顧客一人当たりの獲得コストをある程度設定したうえで、大量に広告を投下していく戦略がとられます。一方、サービスが普及してきたフェーズにおいては、それをたくさん使ってもらって収益に結びつける施策が必要になります。
僕たちのチームの役割は広告を通してサービス利用を促進することですが、同時に、広告の投資対効果を高めたいというクライアントのニーズもありました。収益性を高めていくフェーズにあるサービスにとって、広告を配信せずとも利用してくれるターゲットへ広告配信することは、「無駄撃ち」になってしまいます。そういった「無駄撃ち」を減らしていくための手段として、IDとデータクリーンルームを活用した「純増効果」の検証を行っています。
──これはかなり難度の高い取り組みなのでしょうか。
- 服部
- かなりハードルの高い取り組みと言っていいと思います。
クライアントが保有しているIDを広告プラットフォーム内で突合して広告を配信し、データクリーンルームを使ってその結果を分析する。それがこの取り組み全体のプロセスです。概念的にはシンプルに見えますが、これを実行するのは簡単ではありません。コンプライアンスを順守し、ユーザーの許諾を取り、必要なデータを集め、配信結果を係数化するといった細かなタスクを一つ一つ確実に実行していかなければならないからです。
デジタルリテラシーと生活者発想のバランスを
──この取り組みで発揮されているHDIならではの強みはどのような点にあると思われますか。
- 寺田
- 僕たちはデータサイエンティストやデータアナリストではありませんが、この取り組みでは、データの専門家が通常行うような領域にも携わっています。その一方、クライアント側のご担当者と直接コミュニケーションをとったり、広告配信のプラニングを行ったりする仕事も担っています。各チームメンバーがマルチタスクに対応することによって、クライアントのデジタル領域ニーズに対し、100%に近い形で応じることができるのがHDIの強みだと考えています。
- 服部
- マルチタスクへの対応力が求められると同時に、それぞれのメンバーの得意な領域もあります。自分のスキルをいかしながら、タスクの領域を越境し、足りないスキルがある場合はグループ内のほかのメンバーの協力を仰ぐ。そんな柔軟なチームプレイが可能なのが僕たちの持ち味だと思います。
- 寺田
- 博報堂DYグループ内の会社や組織のハブになって、デジタル領域でイニシアティブを発揮することがHDIの1つの役割です。その役割をこれからも果たしていきたいですね。
──今後のデジタルマーケティングに求められるものは何か。それぞれのお考えをお聞かせください。
- 寺田
- 個人情報の取り扱いに関する規制が厳しくなる一方で、クライアントはより精度が高い広告配信を求めるようになっています。この相反する動きに対応していくことが、これからのデジタルマーケティングの大きな課題だと思います。その課題を解決するには、何よりも僕たち一人ひとりがデータ活用に対するリテラシーを上げていかなければなりません。どのようなデータをどう活用すれば、コンプライアンスを守りながらクライアントの事業に寄与していけるのか。その方法を見極めるためにも、マーケターがある程度のデータリテラシーを身につけることが必須になっていくと考えています。
- 服部
- 一方で、生活者発想を忘れないことも重要だと思います。インストールしたのに便利なサービスを使っていないのはなぜか。どうすれば使ってもらえるのか。そういったことを生活者の視点から考えるのは、これまでのマーケティング同様、変わらず大切なことです。僕自身、いつも自分自身を一生活者の立場に置いてクライアントの課題を考察するようにしています。
- 寺田
- 生活者発想がないと、データはただの数字になってしまいます。分析結果を解釈し、それに意味を与え、いわば血の通った情報とするためには、生活者が何を求めているか、生活者にとっての本当の利便性とは何かといった視点を抜きにはできません。データを起点として、生活者発想をベースに仮説を立案し、それを立証していく。そんな取り組みが求められていると思います。
デジタル起点のパートナー主義
──注目を集めている生成AIの活用可能性がありましたら、お聞かせください。
- 寺田
- 広告における生成AI活用の可能性はさまざまだと思いますが、僕が着目しているのは、広告効果の検証モデルのパターンづくりに生成AIを使う方法です。
現在のところ、検証モデル設計はすべて人手でやっているのですが、そこにはかなりの時間と労力がかかっています。もし、AIが検証モデルや集計方法の候補をたくさん出してくれて、そこから優れたものを僕たちが選んでブラッシュアップしていくプロセスをつくることができれば、広告効果検証の作業が効率化され、モデルの質も上がっていくと思います。
──最後に、HDIのメンバーとして今後にかける意気込みをお聞かせください。
- 服部
- クライアントの皆さんの多くは、データ分析や活用を内製化したいという思いをお持ちです。その思いを実現するために、内製化のお手伝いをしながら、内製化しきれない部分をサポートしたり、新しいデータ活用の方法をご提案したりすることがHDIの役割の1つです。HDIにはさまざまな力を持った人材が集まっています。その人材力を生かしながら、これまでになかったデータの活用法を考え、クライアントの事業に貢献していきたいと考えています。
- 寺田
- 僕たちの専門はデジタルマーケティングですが、デジタル領域にとどまらない幅広いご相談をクライアントからいただく機会が増えています。そんなとき、「自分の担当ではないから」と考えるのは「もったいない」と僕は思っています。
どんなご相談にも親身に対応すること。自分にはわからないことがあっても、ほかのセクションのメンバーの力を借りながら責任をもって相談にお応えしていくこと。そんなスタンスを大事にしたいです。博報堂DYホールディングスは、パートナー主義をグループポリシーに掲げています。僕たちの役割は、デジタルを入り口にクライアントの力強いパートナーとなることです。チームの仲間と一緒に「デジタル起点のパートナー主義」を実行していきたいですね。
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デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)/博報堂デジタルイニシアティブ(HDI) 第一ビジネスデザイン本部
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