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メディア×コマースの今 ~中国ライブコマースから読み解く 変容のあり方~  (メ環研の部屋 レポート)
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メディア×コマースの今 ~中国ライブコマースから読み解く 変容のあり方~ (メ環研の部屋 レポート)

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の研究員が日々追いかけているトレンドや、調査速報等を発表し、ご関心をお持ちの皆樣とカジュアルに意見交換・議論をする「メ環研の部屋」。

2021年5月20日開催のオンラインイベントのテーマは「メディア×コマースの今~何が重要な変化なのか?~」。中国を中心に急拡大する「ライブコマース」を題材にいま起きていることをご紹介しつつ、議論しました。

メディアとコマースが融合していく中での、メディアの役割、ライブコマースの価値とは。メ環研の山本グループマネージャー(以下、山本GM)、森永上席研究員、野田上席研究員と一緒に考えていきます。

◆中国ではすでにライブコマースが消費行動に大きく影響する存在に

ライブコマースは、「ライブ配信とコマースを掛け合わせた販売業態」を指します。2021年3月にメ環研が実施した「第5回メディアイノベーション調査」によると日本で「ライブ配信を通じた買物をしたことがある」との回答はわずか3.9%であるのに対し、中国は49.3%。

また、2020年11月に中国で行われた博報堂生活綜研(上海)の調査では「買物の際に影響を受けた情報源」の第2位に「オンライン生中継」が挙がるほど、中国ではライブコマースが消費行動に大きな影響を与える存在なのです。

中国のライブコマースでは、食品や化粧品等の日用品から高級車や不動産まで多種多様の商品が扱われています。変わったところでは、4時間で600軒の売却に成功した不動産の事例やロケットのネーミング権が4000万元(約6億8000万円)で売却されたことも。

中国ライブコマース界におけるメジャープレーヤー3社の2020年上半期流通総額は、下記のようになります。
〇 アリババが運営している「淘宝直播(タオバオジーボー)」(4.5兆円)
〇 Tik Tokの中国国内版「抖音(ドウイン)」(6000億円)
〇 動画メディア「快手(クアイショウ)」(1.5兆円)

「EC出身と動画メディア出身のプレーヤーが同じ土俵でしのぎを削っているのは、メディアのコマース化という点で非常に面白いポイントではないでしょうか」と山本GMは話します。

◆日本におけるライブコマースの現状は?

それでは、日本のライブコマースはどうでしょうか? 2021年5月、九州の百貨店が接客力を活かしたライブ配信で売り上げを伸ばした事例や、2020年に大手百貨店がライブコマースでお中元を販売したところ、視聴者が3万人を突破し売上が2倍になった事例も。日本でも浸透の兆しが見えてきました。

ここで、日本におけるライブコマースの可能性を考えてみましょう。近年の販売のDX文脈で言えば、スーパーやコンビニエンスストアなどでのセルフサービス販売のDXがECサイトだとすると、百貨店や家電量販店などでの対面販売のDXのひとつがライブコマースではないかと見立てることもできます。

つまり、9兆4865億円の対面販売方式の市場がライブコマースに置き換わるチャンスがあるという見方もできるのです。

では、実際に生活者はライブコマースをどう利用しているのでしょうか。生活者の興味・関心を捉えるポイントを検討するために、3名の中国在住者にインタビューを行いました。

◆事例1:Lさんの場合(女性 / インターン生)「情報を引き寄せられるのが良い」

Lさんは、ライブコマースアプリを利用するようになってから、SNSを使うことが減ったそうです。その大きな理由が「情報引き寄せ力」。

一般的なSNSのタイムラインでは、フォローしているアカウントのみが表示されますが、Lさんがよく使うライブコマースアプリでは誰かをフォローしなくても、過去にチェックしたページを元にアルゴリズムが働き、トップページが生活者の好みに合わせて最適化されます。

自動でカスタマイズされ集まってくる情報から、商品を知り、欲しいものリストを作成できるのです。これはLさんがライブコマースを「とても良い」と感じている点です。

さらに、Lさんの話からは動画で商品を紹介するコンテンツが生活者に受け入れられている理由も見えてきました。Lさんがよく見るのは、ニコニコ動画に似たインターフェイスの動画サイト「bilibili(ビリビリ)」のメイク系動画。「メイクの情報は静止画より動画の方が断然良い」のだそう。中国のメイク紹介動画の場合、アップ主とコスメブランドのタイアップコンテンツが数多く見られます。

Lさんお気に入りのアップ主は「堂妹(タンメイ)さん」。動画では堂妹さんがメイクで変身する姿が映し出され、実際に使っている商品が紹介されます。そしてメイク終了後は衣装を変え、ロケあり、ダンスあり、殺陣まである美しい映像で幕を引く……。日本のメイク動画が商品紹介で終わるところ、1つの映像作品として作りこまれているのです。

メイク動画からドラマ風の映像作品に展開する堂妹さんの動画

Lさんの話からは、動画をエンタメとして楽しみながら、商品の使い方や効果等リアルな情報の収集を行っている様子が見て取れます。(2021年4月取材)

◆事例2:Gさんの場合(女性 / 学生)「番組が面白いから見ている」

日常の買物の半分をECで済ませるGさん。彼女もLさんと同様にライブコマースのアルゴリズムで商品を知り、欲しいものをリスト化しています。さらにGさんは、口コミやショップ評価等を検証してから購入するそうです。その際、最も信頼できる情報源として「動画」を挙げました。

また、ライブコマースの試聴が習慣化しているのも興味深い点です。Gさんが毎週試聴しているのは、中国のトップ・ライブコマーサー薇娅(ウェイヤー)さんの番組。番組自体は通販番組ではなくバラエティ番組に近い作りです。

動画では、薇娅さんと有名人ゲストがトークやゲームをしながら「ちょっとこの食品を食べながらやりましょう、おいしいですよ」と紹介。その商品が視聴者に購入され、1回の配信で何億円も売上げます。

Gさんは、番組のトークや視聴者とのインタラクティブな交流を楽しんでおり「購入するとは限らないけれど、面白いし、欲しいものがお得に買えるかもしれないから見ている」と話しています。(2021年4月取材)

◆事例3:Iさんの場合(男性 / 会社員)「ライブコマーサーの人格が魅力」

さらに、ライブコマースの視聴が日常化しているのが会社員のIさんです。プライベートな時間だけでなく、仕事の休憩時間にも視聴しています。

特に気に入っているのは羅永浩(ルオ・ヨンハオ)さんというライブコマーサーの配信です。紹介する商品はインスタント火鍋などですが、動画は商品紹介よりトークが中心で1回が90~120分ほど。

Iさんが魅力を感じている点は何と言っても羅さんの人格。企業家で事業の失敗経験もある羅さんの言葉からは、生きるためのヒントや哲学が得られるそうです。

「商品を推すだけのライブコマースはつまらない」とIさん。たとえ有名人であっても、商品情報だけの番組なら見なくなると思うそうです。一方で、話が面白ければ多少割高でも番組の応援のために購入することも。(2020年10月取材)

ここからは3名の事例からわかった、ライブコマースを成功させるために重要なポイントを整理します。

◆ポイント1. アルゴリズムで商品認知、動画で理解と気持ちを高め、失敗したくないときは口コミ

ライブコマースにおける購買行動には、アルゴリズムを用いた情報のカスタマイズにより、生活者は好みの商品を認知し、動画から商品理解と購買意欲を高め、さらに口コミで検証して購入するプロセスがあることが見えました。

◆ポイント2. 商品販売ありき、ではなく、面白い「人/プログラム」ありき

中国の人気ライブコマーサーの番組はあくまでもエンタメ。視聴者の興味をかき立て、信奉者とも言えるレベルのファンを獲得しています。反対に商品販売ありきの番組は飽きられる土壌があるため、第一義として視聴者を楽しませるコンテンツ作りに重きが置かれています。

◆ポイント3. 「人/プログラム」を応援するために買う

中国のライブコマース・ユーザーはエンタメとして番組を視聴し、さらに購買行動の過程で、商品がそこまで欲しくなくても、好きな人や番組を応援するためにモノを買うという行動が生まれていることが判明しました。

これら3つのポイントから見えるのは、中国においてライブコマースは便利な「買物情報源」の範疇を越え、商品×人がテーマとなったエンターテイメントとして日常的に楽しまれていること、そしてその結果商品が買われていく構造ができていることです。

この構造を踏まえた上で、山本GMは新しいメディア×コマースを「オーディエンス発想での商品・ブランドエンタメ」と定義しました。


オーディエンス発想とは「生活者の喜怒哀楽、侘び寂び、萌えというあらゆる感情を揺さぶられ、興奮したいというインサイト」を指します。

つまりオーディエンス発想のコマースとは、生活者の中の「消費の側面」でのインサイトではなく、「コンテンツを観て興奮したい」という「オーディエンスとしての側面」のインサイトを重視することです。中国のライブコマースの盛り上がりは、この生活者のオーディエンスという側面でのインサイトを掘り下げられるインフルエンサーの登場が大きな要因になっているのではないか、と森永研究員は分析します。

では、日本のライブコマースはどうしたら盛り上がるのでしょうか?

日本の課題1:ライブ視聴の習慣化
中国では日常の一部と化したライブコマースですが、日本では「まだ一過性のイベントになっており、告知と集客が必要」と話す森永上席研究員。

野田上席研究員は「配信が不定期であるがゆえに、視聴者にライブ配信を見る習慣が定着していない」と指摘しています。メディアにも視聴者にもまだハードルがある状態です。

◆日本の課題2:心理的な距離感の解決
また、日本では有名人がSNSなどを通じて商品紹介をすると生活者が引いてしまう傾向があることにも触れられ、議論はライブコマースの比較対象によく挙がる「TV通販」にも及びました。

メ環研の部屋イベントの参加者からは「定着しているTV通販でも、ファン以外には心理的な距離感がありなかなか広がらないのではないか」という考察が寄せられました。

心理的距離感の観点から見ると、中国の生活者が話す「面白いからつい見てしまう」「応援するために買う」は、「買物したいモード」で番組を見るのではなく番組やライブコマーサーが好きだから見るという「心理的距離感の近さ」を示した現象ではないでしょうか。

森永上席研究員も「インフルエンサービジネスの話になりますが」とした上で、中国のライブコマーサーは「ファンに対して間違いのないクオリティの内容を定期的に発信すると約束し、最優先にしている」と話します。つまり、販売する商品のメーカーやスポンサーは二の次。「こういったファンへの姿勢が、普段から発信を見たいと思える心理的距離感づくりに作用しているのではないか」と着目しています。

◆ライブコマースが「いつもの楽しみ」になるために
上記の課題から、日本でライブコマースが盛り上がるためには、

〇キャラと商品を相性よくかけ算し、買物モードでなくても楽しめるコンテンツを作れるインフルエンサーが生まれる
〇その人が定期的なコンテンツ配信でチャンネルを維持する
の2点が求められていると言えます。

その上で、日本においてライブコマースをより多数の生活者の「いつもの楽しみ」にまで引き上げるには何が必要なのでしょうか?

そこで参加者から出てきたのは「コネクテッドTVの普及が鍵になるのではないか」という意見。「確かに日本はテレビをつけっぱなしという方が非常に多いという世界的に珍しい国。より操作性が高く常時ネットと繋がったコネクテッドTVで気軽に商品を買えるようになった瞬間に、日本は違う変化をするかもしれません」と森永上席研究員。

山本GMも「コネクテッドTVでTV通販×インフルエンサーの掛け合わせで何気なくみても面白い番組を制作し、そのままTVリモコン操作で商品も買えるのならば、一気にライブコマースが普及する可能性があるのではないか」という見解を示し、議論は締めくくられました。

◆まとめ
ライブコマースが日本で盛り上がるまでにはまだまだ課題があります。これらの課題を解決し、日本のライブコマースが9兆円規模の対面接客市場をDXしていく日は来るのでしょうか? メ環研では今後もライブコマース、そして関連領域であるソーシャルコマース領域を追っていきたいと思います。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

 

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  • 博報堂DYメディアパートナーズ 
    メディア環境研究所 グループマネージャー兼上席研究員
    2003年博報堂入社。マーケティングプランナーとしてコミュニケーションプランニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?~情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等
  • 博報堂DYメディアパートナーズ 
    メディア環境研究所 上席研究員
    通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。 コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。 テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。 WOMマーケティング協議会理事。共著に「グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか」(マガジンハウス)がある。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ
    メディア環境研究所 上席研究員
    2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、食品やトイレタリー、自動車など消費財から耐久財まで幅広く、得意先企業のブランディング、商品開発、コミュニケーション戦略立案に携わる。生活密着やインタビューなど様々な調査を通じて、生活者の行動の裏にあるインサイトを探るのが得意。2017年4月より現職。生活者のメディア生活の動向を研究する。