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アートはオルタナティブな未来の実験場となる

データ・クリエイティブ対談 第二弾
ゲスト:バイオアーティスト長谷川愛さん

データ・クリエイティブの進化の在り方について、博報堂DYグループ社員と識者が語り合うデータ・クリエイティブ対談。第二弾のゲストは、バイオアーティストの長谷川愛さんです。アートを通じて生命や倫理に関わる問いを投げかけてきた長谷川さんに、オルタナティブなデータ活用について、博報堂DYメディアパートナーズの篠田裕之が話を聞きました。

テクノロジー先行の時代にアートが果たす役割

篠田: マーケティングにおいて、データ活用が、最適化や効率化のためであることがあります。つまり、誰をターゲットに、どの場所で、どのようなメッセージを出したら、より多くの人がこの商品を買ってくれるだろうかということを行うためのデータ活用です。ですが、果たして最適化や効率化だけがデータの使い方なのだろうか? という疑問を抱いています。
一方で、長谷川さんは世の中を最適化するというよりもオルタナティブを示すために、テクノロジーやデータを使われていると思います。テクニカルには実現できることでも、その方向に向かうのが是か非か、あるいはそのような未来になったら何が起きるだろうかという議論をアートで喚起させているのだと感じています。そして、そのようなことが、まさに広告表現においても、もう一つのデータの使い方としてあり得るかもしれないと思っています。
今日、いくつかお聞きしたいことがありますが、まず一つ気になっていたのは、バイオ領域を表現の手段として取り入れられたのは、なぜだったのでしょうか?

長谷川:私が通っていたロンドンのRoyal College of Art(RCA)の先生たちは、「デジタルは皆の手の中にある、その次はナノテクノロジーやバイオテクノロジーになるだろう」と仰っていてとても先見の明がある方たちでした。そのようなテクノロジーがサイエンスの研究者以外の人たちが持ったときに、何が起きるのだろうと考えていたんです。
私がそこで言われたのが、「私たちがやっているスペキュラティブ・デザイン(※)は、未来予測ではない」ということです。最初はすごく混乱しましたが、おそらく彼らが言いたかったのは、あるデータを提示して、その延長線上に来ると予測できるものは誰でも考えられる。重要なのは、そうはならないときもあるし、ときには皆が必ずしも望まない、思いがけない未来も起こり得るということです。そういった盲点みたいな所を突く能力と、デザイナーやアーティストの発想や、多様な文化を混ぜ合わせると、それまで見えてこなかった別の多様性や、オルタナティブな未来、可能性が出てくるということだと思います。

※スペキュラティブ・デザイン
RCAの教授であったDunne & Rabyが提唱した、未来を思索し問題提起に重点を置くデザインの方法論

篠田:オルタナティブを示す際に、今の時代では、バイオテクノロジーを選択するのが良かったということですね。

長谷川:そうですね。それにロンドンは、LGBT系はもちろん、国籍や人種も多様で、彼らの持つオルタナティブな文化の中で日本ではあまり考えつかないような欲望や価値観にも出会うんです。おそらくこれからの日本は人口が減ることによってマーケットが縮小していくので、その範囲の中だけでずっと考えていると、世界で戦うときに負けてしまうと思いました。ですから、私たちがやるべきことは、みんなの未知だったり盲点だった欲求を煽ること、あるいは発掘していくことです。私は、テクノロジーを作ることはできませんが、テクノロジーが使える文化的下地をアートで作ることで、そこにマーケットがあることに気付かせることはできるかもしれません。

篠田:今の時代はコミュニティのあり方をテクノロジーが先行して規定している側面があると思います。たとえば、まず先にテクノロジーの発展に伴い様々な企業が様々なサービスをリリースし、それを用いる生活者によって後から文化が変わっていく。昔から、そのような側面はあったかもしれませんが、現在はそのスピードがものすごく速いため、果たしてその変化が本当にいいのかを、後追いでもいいから誰かが議論として投げかけないと、どんどん技術ばかりが先行してしまう時代に向かうと思います。バイオ領域でも今は、個人が自宅で研究を行えるDIYキットがありますから、これまでのデジタルやソーシャル以上に慎重に議論する必要があるのではないでしょうか。

長谷川:そうですね。データはまだ規制などで後戻りがある程度可能なので、何かが起きてから議論をしても間に合いますが、バイオの場合はそうもいきません。例えば、遺伝子組換えのバクテリアや植物が野に放たれた場合、その拡散を止められずに後戻りができなくなる可能性もあります。人の命に関しても、何かが起きたときに生命に対してどう責任を取るのかを、後から議論をして止めるのはなかなか難しいこと。だからこそ、まずアートを通してその辺りに関する議論を喚起して場を温めて待っていようかなと思っています。特にバイオに関しては、倫理的な議論がすごく大切です。

篠田:デジタルやデータの世界で今起きている問題が、バイオ領域でも問題になる可能性があると思います。例えば、フィルターバブル。ユーザーに表示される情報がSNSなどに登録されたユーザー属性や、そのユーザーが「いいね!」をクリックした情報に基づいて最適化されたものに偏ることが問題になっています。バイオ領域においては、それが生体として起きると考えると、特性が偏って後戻りできなくなることが起きたら、大変なことになりますね。

AIは人の持つバイアスを外すのに役立つだろう

篠田:先ほどロンドンという街に多様性があるという話を伺って思ったのは、フィルターバブルに関連しますが、データ活用によって多様性をいかに担保するかということです。例えば観光マーケティングにデータを活用するとして、過去行動などから一人ひとりに対して旅行プランを過剰に最適化して提示すると、多様性がなくなる可能性があります。ビッグデータの分析から、「この人にはこういう情報を与えるべきだ」というシナリオを作ってしまうと、情報提示がむしろ人の行動を狭めることもあり得ます。

長谷川:確かにそうですね、それは効率を求めているからそうなるのだと思います。多様性を増やすことを目的にチューニングすれば、また別の結果が出るのではないでしょうか。例えば、そのユーザーがたどり着いていない情報への誘導を促すことで行動が変わるかもしれません。そのようなデータ活用は、アメリカでは選挙コンサルティング会社がSNSのデータを政治利用していた疑惑があったように、データ活用は使う人のさじ加減ということです。

AI、特にディープラーニングは、言語化しづらい共通項を集めて形にすることに長けています。今は社会的なバイアスをそのまま受け継ぐことを許可する方向で、データ利用されることが問題になっているのではないでしょうか。それなら、バイアスがどこにあるかを特定し、キャンセリングして意図的にズラせばいいと思います。そのような形でバイアスのカウンターを作ってオルタナティブな価値観を入れることで、社会の多様性を担保でき、公平な社会を作ることができると思います。今探っているのは、その手法です。

例えば、黒人=犯罪者というバイアスがアメリカ社会にあることで、黒人が警察官に射殺される事件が後を絶ちません。その差別へのカウンターとして起きたムーブメントが「Black Lives Matter(黒人の命も大事)」です。その活動後、警察官にボディカメラをつけて仕事中の様子を記録することになったけれど、裁判ではデータの3分の1くらいしか提出されない。ということは、撃った後にその攻撃が本当に妥当だったかを確認することすらできない訳です。それなら、例えば銃に画像解析用のディープラーニングを実装して、撃たれやすい人が検出された場合「あなたの抱くバイアスによって撃とうとしていませんか?」というアラートを出せば、引き金が引きにくくなって公平性を保てるようになるかもしれません。アルゴリズムが人をコントロールすることで生じるディストピアの話は、テクノロジーとデータの使い方に関する話題でよく出てきますが、今の段階でポジティブな有効利用がどのように可能かを考えてみようとしています。

篠田:データをもとに「この商品はこういう人が買うかも」と仮説を立てるときでさえ、どうしても先入観が入ってしまうものです。ディープラーニングの良い所は、過程がブラックボックスであるがゆえに、人間にとってのわかりやすさというバイアスに陥らないようにできることです。なぜこうなったのかを人間にとって分かりやすく解釈することは、クライアントに対する説明責任を果たすという意味ではいいかもしれませんが、皆が共有できる「やっぱりそういうことだよね」という納得感を恣意的に探してしまう可能性もあります。それは偏りを生むでしょうし、ともすれば情報操作という意味で、すごく危ないことになるかもしれません。

長谷川:本当にそうだと思います。これからのPR系企業は、例えばお金に効率化を求めるクライアントがいるときに、それと社会正義をいかに両立できるように説き伏せていくかという点で、とても重い責任を負うと思います。日本の炎上を見ると、もう少し正義や公平性、どのような未来を望むのかということを自分たちで考えれば、答えはすぐそこにあるはずなんです。

新たなテクノロジーは、新たな権利問題を生む

篠田:最近データに関して話題に上がるのが、GDPR(General Data Protection Regulation)についてです。先ほど話があったようなSNSなどのデータが第三者利用されることに対して、非常に厳しい規制がEUで制定されました。近年、自分が、あるECサイトの購入履歴をそのサイトの運営企業のみに対して提供しているつもりだったのに、そのデータがサードパーティーデータとして広まり、広告配信などに活用されるなど、予期しない所で自分のデータが使われていることが起きています。
今後はバイオデータでも同じことが起きるかもしれません。心拍データや歩行データ、発汗データなど、非常にセンシティブな個人のバイオデータが、どんどん市場に出ていったときに、一体どこまでは許容されて、どこからはデータプロテクションをかけるべきなのかを議論する必要があると思います。

長谷川:GDPRについて、私はヨーロッパの人たちは頭がいいなと思いました。それは、本質的に自分たちがどういった生活がしたいかに、フォーカスを当てているからできた規制だと思うからです。データを提供しすぎると、どうしてもコントロールされて、拘束されてしまう気がします。それがもたらす未来よりは、ある程度の自由を担保する方を選びたいので、やはりGDPRのようなデータ利用の規制はあるべきだと思います。

篠田:問題は、自分がどれくらいのデータを企業に提供しているのかを自分で把握できないこと、そして自分が渡していると考えている企業以外にも渡っていることだと思います。一方、EUではインターネット上に残り続ける個人情報を消去する「忘れられる権利」が認められています。新しいサービスやテクノロジーが出てきたとき、生活者が自由であるために、同時に新しい権利について考える必要があるのかもしれません。

我々のアイデンティティは流動的なものである

篠田:今、長谷川さんがバイオ領域で注目されている新しいテクノロジーはありますか?

長谷川:バイオ系だとCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)というゲノム編集技術で、人間の受精卵を編集する人たちが出始めています。将来的には遺伝子操作で、親が望む外見を持つデザイナーベイビーに結びつくものになるはずです。あとDNAプリンタというのもあって、現在は少量のデータ出力しかできませんが、もし将来的に長いデータのプリントが実現したら、アップロードされた高精度の遺伝情報をプリントアウトして、細胞に落とし込むと子どもを作ることもできるかもしれません。そのように、遺伝情報とデータが懸け橋でつながったところが面白いと思っています。

篠田:すごくドキッとしますね。その人らしさやアイデンティティは、何に表れるのでしょうか? 広告業界では、生活者を知る手段として、昔からアンケートやデプスインタビューが採用されてきました。近年は、その人の個性や特性をWebサイトの閲覧履歴などで測ろうとしています。あるいは、購買履歴やオフラインでの移動データに表れるかもしれません。さらに、味覚や脳波をリサーチすることでわかることもあるのではと考えています。長谷川さんは、個人のアイデンティティはどこに表出されると考えていますか?

長谷川:なかなか難しいですね。ちょっとズレるかもしれませんが、人って瞬間瞬間に育って変わっていく存在だと思うんです。今日の自分は昨日の自分の延長にある気がしますが、10年前の自分がどうだったかは、もはや忘れはじめていたりする。あのときの自分と今の自分が隣に立っていたら、多分別人のように感じるのではないでしょうか。アイデンティティも瞬間瞬間のものであるし、環境とのインタラクションによっても変化していくのだと思います。

篠田:確かにそうかもしれませんね。人を動的に捉えることがすごく大事だと。「この人ってこういう人だ」と一面的に見るのではなく、多面性を誰もが持っているという前提で見た方がいい。

長谷川:人間に自由意志はあるのかという議論も面白いですよね。そう考えると、水の流れをコントロールするのと同じように、ある程度はコントロールできたとしても、完全には計算し切れないのかなと思います。

篠田:自由意志の話は、行動の連鎖はどこまで遡れるのかということだと思います。例えば僕が長谷川さんにお会いして対談してみたいと思ったのは、ある本を読んだからで、その本を読んだきっかけは、ある美術館に行って見た展示が面白いと思ったからです。その美術館に行ったのは…、というような連鎖です。
さらに最近では、ストレスが遺伝で伝わっていくという説も出てきています。つまり、人は育ってきた環境や自分の選択した行動によって変化していくものですが、遺伝によるストレス特性で自分の行動が影響される可能性があるとしたら、ますます自由意志って何だろう? という話になってきますよね。

長谷川:遺伝も人間の能力とすごく密接に関わってきますが、遺伝情報も環境も先天的なもので、自分が勝ち得たものではないですよね。少なくとも自分自身で最低限の努力をすることを前提にしつつ、遺伝情報と環境というある種の宝くじによって、私たちが決まっているということを考えると、人に対して優しくもなれるし、厳しくもなれるなと思います。

篠田:人のアイデンティティは 2層構造で成り立つイメージで、ベースラインとなる第1層は、遺伝や育ってきた環境によって構成されている。次に第2層として、瞬間瞬間に起きる自分の思考や出来事があり、それが行動につながる。第1層のベースラインに依存する部分はあるうえで、何をやってきたかという上積みが2層目となり今の自分が形成されているのだと思います。

長谷川:少し話はずれますが、以前ボストンにいたときに、MITやハーバードに通う非常に優秀な日本人の言動に違和感を感じて。というのも、「自分はがんばったからここにいるんだ」と言う傾向が強かったんです。もちろんそれ自体を否定するつもりはありませんが、それは努力がちゃんと返ってくる状況に運良くいられたということでもありますよね。そのことに無自覚な人たちが、社会の上層部に行くことに危機感を覚えました。

篠田:そういうことがあるからこそ、テクノロジーばかりを先行させるのではなく、文化的なアプローチで問いかけていくということを、やっていかないといけませんね。

長谷川:基本的に人間は、自分たちが信じたいものしか信じないし、見たいものしか見ないものですからね。そこをどうやって、データを使った過ちの逆張りをできるのかが重要だと最近は思っています。それと資本主義がうまく手を結べたら、良い結果が出るかもしれません。ですから、どういった人生を歩みたいのかを真剣に広い視点で考えられる人がこれからは必要。そうではない人たちに任せていくのは、絶対にダメだと思います。

篠田:誰かが独善的にルールを決めるのではなく、自分の過去の価値観に縛られるのでもなく、あるいは、また、テクノロジー先行で、誰も社会全体のことを考えていない、ということでもなく、社会および一人ひとりの幸福をオルタナティブな視点でディスカッションしていくことが重要ですね。その手段としてテクノロジーやデータを活用できればいいですね。

■データ・クリエイティブ対談 バックナンバー
データ・クリエイティブ対談 ・キックオフ座談会(前編)
データ・クリエイティブ対談 ・キックオフ座談会(後編)
データ・クリエイティブ対談 第一弾 ゲスト:ロボットクリエイター高橋智隆さん

プロフィール

長谷川 愛
アーティスト、デザイナー、東京大学特任研究員

岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(通称 IAMAS)にてメディアアートとアニメーションを勉強した後ロンドンへ。数年間Haque Design+ Researchで公共スペースでのインタラクティブアートなどの研究開発に関わる。2012年英国Royal College of Art, Design Interactions にてMA修士取得。2014年から2016年秋までMIT Media Lab,Design Fiction Groupにて研究員、2016年MS修士取得。2017年4月から東京大学特任研究員。(Im)possible Baby, Case 01: Asako & Morigaが第19回文化庁メディア芸術祭アート部門にて優秀賞受賞。バイオアートやスペキュラティブ・デザイン、デザイン・フィクションなどの手法によって、テクノロジーと人がかかわる問題にコンセプトを置いた作品を多く手がけている。

篠田 裕之
博報堂DYメディアパートナーズ
データドリブンメディアマーケティングセンター
データビジネス開発局 ビジネス開発部
兼 グローバルビジネス局 戦略企画グループ

データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。

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