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日本データバレー生みの親渡辺啓太さんに聞く(前編)ー試合に勝つためのデータ活用 アナリストが選手のためにできること
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日本データバレー生みの親渡辺啓太さんに聞く(前編)ー試合に勝つためのデータ活用 アナリストが選手のためにできること

スポーツアナリストの先駆者として、バレーボール日本代表をはじめ数多くの選手をサポートしてきた、日本バレーボール協会ハイパフォーマンス戦略担当・シニアアナリストの渡辺啓太さん。現在は競技の枠を超えた日本スポーツアナリスト協会代表理事としても、スポーツ界全体のデジタル・トランスフォーメーション推進に取り組んでいます。今回はその渡辺さんをお招きし、本サイトで連載執筆中の博報堂プロダクツ・大木真吾が、スポーツアナリストの仕事について、たっぷりとお話を伺いました。勝負の世界ならではのデータとの向き合い方や、バレーボール日本代表の舞台裏も交えた興味深い対談内容を、前編・後編に分けて紹介します。
(以下、敬称略)

代表チームの落とし穴!4年ごとにデータが消えていく…

大木
渡辺さんと知り合ったきっかけは、私が合宿所に飛び込みで押しかけたんですよね。代表の選手が練習しているさなかの体育館で、30分間だけということで出てこられたのが渡辺さんで、わーっとお話させていただいて。もう2~3年前ですけど、スポーツに関わるデータ活用にあまり馴染みがなかったので、すごく新鮮だったんです。それで今回、社内にも外部の方にもすごく新鮮に聞こえるだろうなと思って、対談をお願いしたんです。
渡辺
大変光栄です。よろしくお願いします。
大木
今はスポーツアナリスト協会を率いていらっしゃるんですよね。
渡辺
そうですね。2004年から10年以上にわたって、「女子のバレーボールチームを強くする」と「バレーボール界のアナリストを育てる」ということをミッションに仕事をしていました。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックが終わってからは、女子の現場からは一歩引いて、男子も含めたバレーボール全体の強化を担うハイパフォーマンス戦略担当としての仕事を、バレーボール協会からいただいて、支援をやってきました。
大木
具体的にはどういったことをされているんですか?
渡辺
まず、オリンピックスポーツのチームって特殊で、現場の監督以下スタッフや選手たちは、4年後のオリンピックでメダルを取ろうと必死になって、持っているもの全てを注ぎ込んで4年間走り続けるわけです。それが、終わってしまうと、そこでたまったデータとか、集積されたはずのナレッジが、現場任せであるがゆえに、全部どこかへ行っちゃう。結果が出ないとスタッフが変わるのはトップスポーツの世界では仕方のないことですが、そうなった時、それらの情報をNF(国内の各競技団体)の中で財産として管理し、資産として活用するみたいな視点がものすごく落ちていたんですね。そこにテコ入れしなきゃならない、と思っていて。
そこで、まずは女子・男子のデータをちゃんと荷卸する場所が必要だと考えました。例えば、選手の体力測定データやパフォーマンスに関するデータ、あるいは選手がどれだけメディアに取り上げられたか、なども含めた「選手」という「人」に関するデータです。フィジカル目線やコンディショニング目線、パフォーマンス目線やメディア目線のあらゆるデータを一元管理できるようなプラットフォームを構築しようということで。その仕組みづくりをようやく始めたという感じですね。
今まで、現場では勝つために次の目標までのことしか考えていなかったわけで、せっかく頑張ってもそれが次につながらず、4年ごとのプロジェクト単位で物事が終わってしまう状態でした。バレーボールに限らず、恐らくプロスポーツ含めてそういう課題は多いと思うので、その解決となるひとつのモデルが作れればと思っています。
大木
そういったデータは、選手が所属しているチームに戻すんですか?
渡辺
そうですね、いわば選手を代表チームにお借りしている立場ですので。預かっている期間は、体重の変化はもちろん、痛みを訴えたので注射して水を抜きましたとか、怪我に対してどれだけケアや治療をしたか、マッサージをどれぐらい受けたかとかの記録は、こまめに選手と連絡を取って、必ず報告書にまとめていました。実は、それを昨年、デジタルのプラットフォームに乗せ替えしたんです。
それまで、怪我をするとドクターが書いていた障害レポート、トレーナーが毎日手書きで書いていた日々のコンディション、選手たちが毎日自分でつけていた体重の記録などを、デジタル・トランスフォーメーションし始めたところで、徐々にデータが貯まりやすくなってきた、というのが最近のバレーボール界の流れです。
それと、2012年あたりから、スポーツ界全体で、いわゆるアナリストといったデータ分析に関わるようなスタッフが各競技で配置されるようになってきて、その頃からアナリストの種目間勉強会を始めました。実は、最初はバレーボール界の中だけで、アナリストを集めたトップアナリスト会をやっていたのですが……皆それぞれがライバルチームなので、そこまで活性化しなくて。そこで2012年に、競技の壁を越えた勉強会をやったところ、面白いくらいに皆さんオープンマインドで。
日本バレーボール協会ハイパフォーマンス戦略担当・シニアアナリストの渡辺啓太氏
大木
他の競技なら、ライバル関係がないから自分たちもオープンにできると(笑)。その勉強会には、どういうスポーツの方がいらっしゃったんですか?
渡辺
球技でしたらサッカー、野球、バスケットボール、卓球、バトミントン。格闘技系でしたら、レスリング、柔道、競泳、テコンドー……など様々。変り種でいうと近代五種とか。20種目以上のいろいろなスポーツに広がってきて、かなり活性化してきましたね。

柳本監督の鶴の一声で、バレーボール初のアナリストに

大木
渡辺さんはスポーツアナリストの先駆けといえると思うのですが、渡辺さんの経歴から、こんにちまでのスポーツアナリストの普及についてお聞かせいただけますか。
渡辺
アナリストとしては、2004年、学生時代にバレーボール代表チームに呼ばれたのが最初でした。その頃はスポーツ界でも「アナリストって何?」といわれていて、当時の協会からのミッションは、「チームを強くする」と「アナリストを育てる」の2つでした。学生に「アナリストを育てる」というのもおかしな話ですが、そもそもそれくらいいなかった、という状態から始まっているんです。
そうやってアナリスト育成のセミナーやアカデミーをやっていくうちに、アナリストが徐々に増えていきました。同時に「バレーボール代表チームで『アナリスト』っていうのを採用したらしい」という話も広がっていって、そこから2~3年で、各Vリーグのチームに、アナリストという専門職が成り立つようになったんです。僕が大学を卒業する時は、どこの企業からも「渡辺さん来てよ」とは言われなかったのに、2~3年後には、「データバレーが打てます」というと就職できてしまうという、ものすごいバブルが起きてですね(笑)。
大木
それも渡辺さんの功績ですね。渡辺さんご自身が、本格的にアナリストになられたのは?
渡辺
大学時代に代表チームをサポートしていた頃は、テレビの中で見ている憧れの選手たちを中側でサポートできるなんて、これ以上ありがたいことはないと思っていたんですが、卒業後の進路を考えるときには、就職を優先しました。その就職先が認めてくれる範囲で、代表チームをボランティアベースでサポートできれば良いな、と思っていたんです。一般企業に就活をして、内定もいただいて……という中での1月か2月くらいに、当時の柳本(晶一)監督や協会の方々から、「次の北京五輪までお前の力が必要だ」という話をいただいて。内定先を辞退して、そこからバレーボールの道に入り始めてしまった、といったところです。
それまで「アナリスト」という職が、バレーボール協会としてなかったので、私が女子バレー初の専属アナリストになったんですけれども、それは当時、柳本監督が、「世界では、日本の大会に3~4人はアナリストを連れてくるのに、日本には全然そういうポストがない」と協会に強く言って、設けてもらったポストだったんです。その後3~4年で男子でもアナリストという専門職ポストができ、徐々に代表チームに広がっていきましたね。

人生を賭けて戦う選手に、データを受け入れてもらうために

大木
印象深いのは、眞鍋(政義)監督が常にiPadを片手に試合をしているシーンです。あれがテレビにも映って、あそこで一体何を見ているんだろう、どうやらすごいデータ分析をやっているらしいと話題になりました。あれで、データバレーという認知がすごく広がった印象がありますね。
博報堂プロダクツ 大木真吾
渡辺
データバレーの土壌自体は2004年くらいからあったんですけど、それまでは試合期間以外にもビデオとかコンピュータを使ってアナリストが合宿から日常的に張り付いて分析するという習慣がなかったのが、徐々に下地ができてきた、という感じです。
最初の頃って、アナリストとしてチームに入っている側も、何をすれば選手やチームのために貢献できるのかあまり分かっていないですし、逆にチームの選手や監督からしてみても、「『アナリスト』っていきなり入ってきたけど、ビデオを撮ってもらう以外何をしてもらうの」「合宿中からいる意味があるのか」という感じです。だから最初のうちは、できるだけコミュニケーションを取り、選手たちの生の声を聞きながら、「ニーズが何なのか」「何で貢献できるのか」を僕らは考え、監督や選手たちも「アナリスト」をどうやったら生かせるのか、お互い膝を突き合わせて、濃い時間を持ちながら模索してきた、という感じですね。
大木
ニーズを拾い、提案できるまでにコミュニケーションを取るためには、合宿まで一緒に行くことが大事だと。
渡辺
理由は大きく二つあります。まず、代表チームの大きな大会は年間で2~3大会、試合数でも30~40試合と限られています。その時だけ来てデータサービスを提供しても、選手やコーチたちがそれを吸収して上手に使うことは難しい。
もうひとつは、選手たちは人生を賭けて試合をしているとういことです。「相手チームの分析データです」と渡されたアウトソースのレポートが、どんなにきれいで一生懸命つくられたものであっても、人生を賭けた試合に、誰がつくったかわからないデータを簡単に受け入れる気にはなれませんよね。日頃からチームのスタッフの一員として汗だくになってボールを拾ったり、荷物を運んだりしながら、データや映像を使って会話をできるような人間としての信頼関係を選手との間に作っておくことが、データ以前にとても大切なことなんです。
大木
私たちのビジネスも受託支援型なので、特に気をつけなければならないことですね。クライアントの多彩なデータをお預かりするときには、できる限り現場の方へのインタビューをセットにしています。日々クレーム対応をしているコールセンターの方、売り場で足を棒にしてお客様と接している方と会話をせずして、データだけで見てはいけないという学びが過去にありまして。最たるパフォーマンスを発揮しなければならないフロントの方を支援するのがデータだとしたら、そういう心構えが必要というのはすごく共感できます。

大事なのは数字じゃなくて、アクションの「基準」があること

大木
あと、ご著書を拝読してものすごく印象に残ったのは、分析した内容をどう選手に伝えるか、伝え方に腐心されているところです。
渡辺
代表選手たちって、ちょっと失礼な言い方に聞こえてしまうかもしれないのですが、スポーツ界ではエリートです。女子バレーでは、高校を卒業したら大学よりも企業に行く割合が高いんですね。そういうエリート選手は、ミーティングでデータや数字、映像を使って、「明日の相手のアメリカは……」なんて説明しても、そもそも30分席について話を集中して聞いてもらうことが、実は大変なんです(笑)。データとか数字の話がそんなに好きではないので、興味関心をまず惹かせないといけない。ミーティング中にも、選手が髪の毛をいじりだしたら負けだと思ってました(笑)。
そこで学んだのは、別にデータとか数字を前面に押し出す必要はないってことです。例えば天気予報で、「降水確率80%」といったらみんな「傘を持っていこう」と考えるけど、「その80%はどう算出したのか」を知っている人はほとんどいないんですよ。ただ、「80%」という数字が「傘を持っていこう」というアクションにつながり、生活の役に立つことができる。要するに80っていう数字が高いのか低いのかをちゃんと理解できて、判断の参考にできていることが大切なんですよね。
選手たちのデータとの向き合い方もそれで良くて、細かいロジックより、大事なのは基準がちゃんとあること。基準がないと、いっぱい数字があってもそれが良いのか悪いのか、もっと頑張んなきゃいけないのか満足して良いのか分からない。体温を測ったときに38度だったら「ヤバい」と思うのと一緒で、バレーボールの数字を見るときにも、基準だけはちゃんと作ることを意識しています。
あとは伝え方ですね。例えば、渋谷のTSUTAYAさんのスターバックスにはワンサイズしかない、という話。お客様の選択肢を絞ることによって、待ち時間が短くなり、オペレーションがやりやすくなる……といった身近な話から入るんです。そこから、「じゃあみんなが相手と戦うときの攻撃パターンは、今の数でいいのか?」と投げかけて、「攻撃のパターンがもう少し多かったら、相手のブロッカーが迷うよね」という話につなげていく、みたいな。
大木
そこまで細かく気を使って選手と話をされているのですね。
渡辺
僕たちのアウトプットを最大限活かしてもらうためのターゲットは選手です。もちろん、媒介者として監督やコーチはいますが、僕たちの働きをコートの中で体現してもらえるのは選手しかいません。そのために、選手たちの戦略的なマインドセットも作らないといけないし、最後は自分で意思決定できるようなトレーニングもしなければならない。それを難しい話にすると絶対ダメなので、いかに選手たちの興味関心に近いところから入口をつくり、本質的な話につなげていくかは、かなり工夫をしましたね。
大木
「基準」という意味合いでは、私たちの中では、KPIという言葉を用います。普段様々な業種のマーケティング課題を解決するプロジェクトに参加しているのですが、その定例ミーティングには営業、マーケティング、システム、グループ内他業種など、いろいろな領域の方十数名にお集まりいただくこともあります。KPIなるものをいかにヨコ串の共通言語として機能させ、つまり全員が納得できて、それが上がった下がったで、領域をまたいだ一喜一憂ができるかどうかが、私たちのミッションだと思っています。あまり難しくなくてキャッチーな、ユニークで覚えやすいネーミングも大事かなと思っていて、そこには苦労しています。そういった意味ですごく通じる部分があると感じました。

後編へつづく

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  • 渡辺 啓太
    渡辺 啓太
    日本スポーツアナリスト協会 代表理事 日本バレーボール協会 ハイパフォーマンス戦略担当 シニアアナリスト
    専修大学ネットワーク情報学部在学中に、柳本晶一監督率いるバレーボール全日本女子チームのアナリストに抜擢。世界で初めてiPadを用いた情報分析システムを考案・導入し、眞鍋政義監督率のもと、2012年ロンドンオリンピックでは、28年ぶりの銅メダル獲得に貢献。情報戦略マネジメントのエキスパートとして活躍している。
  • 博報堂プロダクツ データビジネスデザイン事業本部 エグゼクティブデータマーケティングディレクター
    データに立脚した顧客理解を。 目指すは、良質な顧客体験の創出。
    2005年博報堂プロダクツ入社。 データ分析に立脚した戦略設計、施策プランニングから実施・効果検証までワンストップで対応するマーケティングプランナーとして、様々な業界のデータドリブンなPDCAを支援。