荒井
ありますね。

小野
車が色々なものに繋がっているので、車の中にカーナビゲーションだけではなく、いろんな機能やサービスを盛り込みましょう、という発想。車が移動していくあらゆる場所で同じ品質のサービスを提供できるように、何をどうやって標準化するのかという多拠点展開の話が当てはまるでしょう。
これに関係する3つ目のタイプは、ネットワークで動いているサービスです。例えば、鉄道や航空など。張り巡らせたネットワークの中で、どうやって品質を高めるか、あるいはお客さんの体験をどうつくっていくのかということです。コネクテッドカーに盛り込まれた機能やサービスは、自動車メーカーやその傘下のベンダーだけで完結するとは限らず、他のパートナーにも門戸が開かれたネットワークとなることで、ユーザーへの訴求力が高まる。
1社で完結しない、という現代のUX、CX(カスタマー エクスペリエンス)の課題は、ある意味、それに反映されているところもあります。つまり、どこか他のパートナーと提携してサービスを提供して行く中で、顧客体験がつくられていく時、UX、CXのコントロールというのは1社で完結しきれなくなり、その分のコストが上がり、いい面も難しい面もある。
ネットワーク型と少し似ているのが、4つ目のプラットフォーム型です。プラットフォームの両側に利害の異なるお客さんがいるタイプです。典型的なケースとして、企業と生活者とが両側にいる仲介などのサービスです。その間に立って、単なる中継地点にとどまらず、ユーザーが利便性高くそれを使えるかということや、あるいは発見する楽しみを与えられるかなど、ある種の編集力やデザイン力、価値の設計、そして調達力というのかな、そういう部分が求められるのだろうと思います。

荒井
いずれのパターンにおいても、1社で完結できないことが多くなっていると思います。特にネットワーク型・プラットフォーム型は顕著ですよね。では、そのように水平分業を前提としてサービスを設計していかなければならない時に、どのようなUX価値を提供していくのかということをちゃんと規定し、様々なパートナーに共有することが一番重要になってくるんだろうなと。そこが今、多くの会社が悩まれているところなんです。例えばメーカーはサービス業としての組織構造や考え方を持っていないことが多いので、UX価値をどのように規定するのか、サービスレベルをどう決めて計測していくのかを作り・運用することに慣れていない。もちろん、そもそもその規定の中に戦略性が必要です。他社と違って、自社ではここの部分のUXが一番大事で、こんなふうにしないといけない。それはその事業のブランドやコンピタンスと繋がっていないといけないし、業績向上に繋がらないといけない。つまり、事業の成功要件を描くことと同じだと思うんですね。

小野
何をもって成功なのかということを考えた時に、メーカーはどれだけモノが売れたかというモノサシで業績を管理しているから、サービス業的発想にはならないですね。

荒井
そうですね。成功要件から落ちるUX価値としてのKPIを持つことがサービス業として成立する第一歩だと思うんです。メーカーの場合、KPIはビジネス視点で設定されることが多い。例えば、「初月販売台数◯◯台」、「ブランド認知◯◯%」等です。これだとサービスの開発や品質向上には繋がりにくい。UX価値としてのKPIは、生活者にとって価値を提供できているか、そしてビジネス成長に繋がるかという2つの視点を満たすものです。例えば、実際はこんなに単純ではありませんが、ある自動車の強みが一人でドライブしたくなる車だとして、それが販売を加速させる要素になっていることが証明されているとします。その場合、実際に一人でドライブしている人の数がUX価値としてのKPIです。このKPIを高めるために店頭では何をするべきか、販売後に何をするべきかを設計しないといけない。それがUX起点でサービスを設計するスタートになると思いますし、リピートを高めていくことになっていきます。

小野
サービス業ももちろんどれくらい売れたかという部分はありますが、どれだけ継続してお客さんに来てもらえるかというところも大きいですよね。店をつくったら、初期投資を回収することといかにお客さんのリピート率を上げるかということをやっていかないと、やっぱり商売にならない。でも、メーカーの場合は、売れなかったら廃盤にして新商品をつくるということができますよね。事業のコミットの仕方が少し違うのかなという印象があります。

荒井
そうですね。UX価値としてのKPIは基本的に1つの事業で1つの成功要因に絞り込み、それにコミットし続けるという組織のあり方が重要ですよね。もちろんそのKPIは事業の状況に合わせて変えていく必要がありますが。

小野
ある飲料メーカーの海外本社が、マシンを職場へ無償で提供して自社のコーヒーを飲んでもらうというサービスを生み出した時、それこそ1年2年の話じゃなくて、確か10年くらいのスパンで改革に取り組んだという話があります。それは、その仕組みづくりだけではなく、お客さんにどれだけコーヒーを買い続けてもらえるかというところへ評価基準を変えていくというような、本当に人事制度も含めた上での組織改革をやりましたというケースなんですね。プロダクトからサービス業へという話は昔からよくあるんだけれども、そこまでやらないと動かないのではないかと思う部分もあります。

エクスペリエンスが多層化し、顧客の性質によってUXをつくる時代へ

小野
サービスの研究で言うと、2000年以降はデータがたまりやすい環境になったこともあって、CRM(カスタマー リレーションシップ マネジメント)やカスタマーマネジメントの研究が非常に盛んになりました。顧客データに基づいて、このお客さんはどれほどの価値を自社にもたらしてくれるお客さんなのかというLTV(ライフ タイム バリュー)をはじめとして、お客さんのセグメンテーションをしっかりして、限られた資源を適切に配分する手法や枠組みについての研究が次々と開発されてきました。お客さんと直に接して、さらに顧客接点のデータがたまりやすいこともあって、そうしたナレッジはサービス業に馴染みやすいのかもしれません。
今、馴染みやすいと言いましたが、それは立てた施策なりつくったサービスに対してどれくらい固定客をつくっていけるか、あるいは、そのお客さんがどれほどの価値をもたらしてくれるかというLTVが重要だからです。それは、UXの議論についても同じで、お客さんとの関係の深さによってUXも違っていいのではないかということがあります。例えば長く利用しているお客さんはスペシャルな体験ができるとか、そういうカスタマイズされたサービスとかがどれくらい有効かということ。
ロイヤリティプログラムの研究で面白い知見があります。ポイントやマイレージによる割引というのがありますよね。そうした金銭的な特典を一番喜ぶお客さんは、どれくらい関係の深度があるお客さんだと思います? 割と購入履歴が浅いお客さんか、ヘヴィなお客さんかでいうと。

荒井
ヘヴィなお客さんですか?

小野
と、思いますよね。でも、実はそうではないという研究知見もあります。わりと初期のお客さんのほうがリテンションや購買頻度に対して、ポイントが強く効きやすい一方、ヘヴィなお客さんに金銭的な特典を付与し過ぎると、逆に、高止まりになってしまうリスクもあるというのです。要は、自分にとって重要なことはお金ではないということ。プライスレスなものにすごく価値を置くような企業と顧客の関係のステージというものがどうやらあるらしいのです。

このように、カスタマーリレーションシップの研究は、どういう段階でどういうサービスをやっていけばいいかというところまで研究が進化しています。さらに、我々はマルチチャネルカスタマーと呼んでいますが、チャネルが増えてユーザーのエクスペリエンスがまさに多層化している今、どのチャネルから入ってきたお客さんのLTVが高くなる確率が高いかというようなことも、かなり研究されています。そんな中でUXについてはお客さんの性質っていうのかな、そういうものを見分けた上でつくっていくというふうに変わってきているのではないかと思います。

※後編へ続く

※本記事は博報堂HPに掲載した記事を転載しています。
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